彼の真剣な告白から一夜明け、大学から帰ってきたわたしは、いつものように愛犬ポティロンと夕焼け空の散歩道を歩いていた。いつもと違うのはわたしの気持ち。



「はじめてきみを見たとき、飼い犬と一緒に遊んでいたときのあの笑顔がいちばん好き、ですっ!」



昨日の夜からジャガーさんの言葉ばかりが脳内でリピートされる。同時に思い出すのはあのときのジャガーさんの真剣な眼差し。呼吸を忘れてしまうほどの衝撃はわたしの心を掴んで離さない。



「わんっ!わんっ!」

「ちょ、ポティロン!?」



今までわたしに合わせて大人しく歩いていたはずのポティロンが、なにかを嗅ぎつけたのか突然走り出す。いつもは従順で大人しい子なのにいったいどうしちゃったんだろう?と思いつつわたしも走り出した。



「はあっ、はあっ…ポティ!もう体力の限界!」



大型犬の全力疾走は体育会系じゃないわたしにとって過酷以外のなにものでもない。すでにギブアップ寸前だった。ポティロンを止めようにも図体が大きくわたしの力では敵わない。わたしが唯一できることといえばリードを離さず爆走し続けるポティロンについて行くことだけだ。



「くぅん…」

「はあ、やっと止まった…。突然どうし…っ」



呼吸を整えるために俯いたわたしが視線を戻したときだった。ポティロンが尻尾を振って甘えている人物、ジャガーさんと視線がかち合ったのは。



「じゃ、ジャガーさん…」

「え、あの…あー…うん」



はじめて会ったときには想像もできないくらい歯切れが悪く少し頬を赤く染めたジャガーさんに、わたしまでぎこちなくなるし自然と顔に熱が集中する。そしてまた脳内でリピートされる昨日の彼の言葉。



「こっこんにちは」

「ど、どうも…」



暢気なのは愛犬のみ。わたしとジャガーさんの雰囲気は気まずく、ポティロンのジャガーさんに甘える鳴き声だけが空間を支配する。



「昨日は家まで送ってくださってありがとうございました」

「あ?ああ、うん」

「……」

「今、帰り?」

「えっ?あ、散歩中です」

「そっそうか…」

「…あの、ジャガーさんは今お帰りですか?」

「ああ、まあ…」

「そっそうですか…」

「……」

「……」



昨日のお礼からなにか話題を広げようと思ったが続かず、ジャガーさんが振ってくれた話題を膨らませようにも萎んでしまい、そしてまた沈黙に包まれる。

どきどきが支配する。心音で押し潰されそうだ。
こんな気持ち知らない。



「ポティロンったらジャガーさんにすっかり懐いちゃったみたいですね!」

「あー、そうだな」

「こんなに尻尾振っちゃって。すいません、身体が大きいから擦り寄られて重いでしょう?」

「いや、そんなことないよ」



そう言いながらしゃがみこみポティロンの頭を撫でるジャガーさんの笑顔は、夕陽に反射されてとてもきれいだった。ジャガーさんの夕陽と同じ色をした髪もきらきらしている。まるで一枚の絵画を見ているよう。



「きれい」

「え?」

「あっ…いえ、違うんです!気にしないでください!ってポティロンなにするの!?」



わたしの足をぐいぐいと押してくるポティロンのせいで徐々に近づいていくわたしとジャガーさんの距離。「やめなさい」と言っても全く言うことをきかない。いつもならちゃんときいてくれるのに!

なおも愛犬はぐいぐいと押してくる。そのせいでリードが足に絡みつき身動きがとりづらくなっていく。



「きゃっ!?」

「危なっ」



足に絡んだリードにつまずいてしまった。
きたるべき痛みに備えたのだが、いつまで経ってもやってこない。それどころか柔らかいなにかに包み込まれているようだった。視界いっぱいに広がったのは、前にも見た白色。



「大丈夫か?」



耳元で聞こえたのはジャガーさんの声。
どくん、と今まででいちばん強く心臓が高鳴ったのと同時に顔が燃えるように熱くなった。



「すいません!」



いくら事故とはいえ抱きついてしまった。すぐに離れようとしたが、リードががっちり絡まってしまい離れられない。

今顔をあげるわけにはいかない。赤い顔がばれてしまうし心臓がもたない。今ジャガーさんの目を見てしまったら、きっともうあとには戻れない気がした。

うつ向いてたせいで気がつかなかった。ジャガーさんの手がわたしの腕に伸びていたことに。



「じゃっジャガーさ…っ」

「好き」



腕を掴まれて抱き寄せられて言葉を遮られて。
この状況も把握しきれていないというのに、ジャガーさんの言葉でわたしの思考は完全に停止した。だからあんなにあげたくなかった顔をあげてしまったのだ。すぐそこに顔を真っ赤にして熱っぽい視線で見つめてくるジャガーさんがいた。



「名前のことが、好きだ」



ジャガーさんは不思議な人。ストーカーだと疑ったこともあったし、公共の場にパンツ一丁で平然といられるような人。そんな人に恋心を抱くわけがないってずっと思っていた。

でも、わたしに対してはいつだって真摯な対応をしてくれたし、おじさんに絡まれたときは身を挺して助けてくれた。

ちょっと不思議なところも、優しいところも、ぜんぶ本当のジャガーさん。

本当は気づいていた。この気持ちがなんなのか。彼はこんなに真っ直ぐなのに、わたしはそれが眩しくて逃げていたの。


はじめて呼ばれた名前に。熱が宿る視線に。想像以上の甘ったるい声に。真剣な愛の言葉に。もうあとには戻れないことを悟った。



「わたしも、ジャガーさんのことが好きです」



ジャガーさんの服を掴んだ手は馬鹿みたいに震えていて。心音はいまだにうるさかったが、それ以上に心が満たされていた。

想いを吐いてしまえば心は驚くほど軽かった。そしてそれはとめどなく流れていく。



「大好きです」



なんだか嬉しくてもう一度ジャガーさんに告白をすると、彼は真っ赤に染まった顔を隠すかのようにわたしを優しく抱きしめた。

恐る恐る、ジャガーさんの背中に手をまわす。もう手は震えていない。ジャガーさんから伝わる気持ちが、わたしを包み込んでくれるから。

こうして片想いは終わりを告げた。





さよなら、かたおもい
(愛犬が運んだ恋は夕陽のもとで結ばれたのです)



2019.11.22 fix.
愛犬の名前をポチにしようとして打ちこんだら、当時使っていた携帯の自動変換にポティロンと表示されたので気に入ってそのまま愛犬の名前にしました。ポティロンの本当の意味はわかりません。犬種はゴールデンレトリバーのイメージ。

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