仲直りをした後は分かれるのが名残惜しかった。
あまりにも離れがたくて、瑠璃は上目遣いに天喰を伺う。


「環くんのお部屋でお泊りしちゃダメ?」
「んん゛!!」

ねぇ、と繋いだ指先を絡められて天喰の心臓はうるさい音を奏でていた。
なけなしの理性で「だめだよ……」と言うと、瑠璃が追い打ちをかけてくる。


「どうしても……?」
「っ……どう、しても……!」

まるで捨てられた仔猫のような目だった。今すぐ拾って帰りたかったけれど瑠璃は仔猫ではなく人間で、彼女である。しかも今しがた完全に両想いだと発覚した珍しいタイプの恋人だった。
残念がる瑠璃に天喰が意を決して屈んでその唇にキスを贈ろうとして……若干頬に逸れた。


「う……ごめん、ずれた。まだはずかしくて……なれないな……」
「え、ええ。だ、だいじょうぶよ……これからも一緒にいるんだもの……いずれなれるわ……」
「そう、だね……」

なんだか空気が甘酸っぱかった。両想いってすごいと天喰は内心でごちた。
瑠璃が少し恥ずかしそうに視線をずらして、それからまた天喰の方を見て「屈んで」と言うから天喰は大人しく屈んだ。するとちゅっと可愛いリップ音と共に天喰の額にキスが贈られた。唇じゃなかったことが意外でぽかんとしていると、瑠璃も恥ずかし気な様子で毛先をくるくると指に巻いて弄っていた。


「わ、たしも……何だか恥ずかしいから……一緒になれましょう……」

天喰はこれは夢だろうかと思いっきり自分の頬を抓った。ものすごく痛かった。痛みに悶絶する天喰に瑠璃が「何してるのっ」と悲鳴を上げた。


「ごめ……あまりに俺に都合が良くて、これは夢の中なんじゃないかと……」
「もう、バカね。そんなわけないじゃない……それに、あなただけに都合がいいわけじゃないわ……」
「……やっぱり夢だ」
「夢じゃないわ! しっかりしてちょうだい!」

再度頬を力いっぱい抓ろうとする天喰を瑠璃が必死で止めた。何だか本当に甘酸っぱい。
そんな甘酸っぱい空気の中でまた明日と約束をして、今度こそ解散した。瑠璃は去っていく天喰の姿が見えなくなるまでぼんやりとその後ろ姿を見つめていた。

ようやく寮の中に入ると、共有スペースに心操がいたので驚いた。


「心操……なんで……」
「……まぁ、起きといてやるって言ったし……いちいち降りてくんの、手間じゃん?」

後ろ手で頭を搔く心操に瑠璃はふっと表情を緩めた。
心配してくれたのも、待っていてくれたのも嬉しかった。


「ありがとう、心操」
「いや、別に……俺が勝手に待ってただけだし」
「それもだけど……私、何度も頭の中の心操に助けてもらったわ」
「……何その、頭の中の俺って……」

微妙な顔をする心操に瑠璃はくすっと笑った。本当に何度も助けてもらった。しつこく尋ねてその度に頑張れると背中を押してもらった。心操がいなかったら瑠璃は頑張れなかっただろうと思う。こんな風に天喰と仲直りをして、新しいスタートを切れたのは心操の尽力があったからだ。


「あのね、心操」
「なに?」
「私、あなたの個性が洗脳≠ナよかったって思ったの」
「……え?」

そういった瞬間鳩が豆鉄砲を食ったような顔を心操はしていた。「なぁにその顔」とくすりと笑う。
心操が「おまえが変なこと言うから……」と変な顔をするから、瑠璃はまた「あのね」と続けた。


「何度もね、もう駄目じゃないかって思ったの。ものすごく後悔したわ」
「……なに、だめだったの?」
「いいえ、大成功よ」
「そりゃよかった」

ほっと息を吐く心操に瑠璃は「あなたのおかげよ」と答える。
いつになく素直な瑠璃に心操は薄気味悪ささえ感じた。ドン引きしている心操に「なによぅ」と瑠璃は片頬を膨らませる。まったく失礼ったりゃありゃしないわ。

でも、やっぱり心操にはずっとお世話になっているから、今回の多大な働きに免じて寛大な心で許すことにした。


「心操がね、何度も言ってくれたのよ。『頑張れるよ』って。私何度も『そうかしら』って聞いたわ。その度にね、心操が言うの『頑張れるよ』って。だから本当に頑張れたわ。だって、あなたの言葉……本当にそうみたいに聞こえるんだもの」

瑠璃が笑ってそんなことを言うから心操は呆気にとられた。
自分は瑠璃の脳内でさえ出張させられ、そこでもひたすら励ましていたらしい。心操は世話係って本当大変なんだな、あいつに務まるかなと若干遠い目をした。


「それって……暗示じゃん」
「そうよ。だから洗脳≠ネんでしょ」
「いや、俺の個性はあんま関係な――」
「あるわよ。だって私、あなたの言葉じゃなかったら聞いてないもの」

それはおまえが友だちいないからでしょ、とはさすがに言えなかった。だって、瑠璃の顔がどこまでも晴れやかで、そうだと信じて疑わない目をしていたから。
なんだよ、と心操は思う。これではまるで、まるで自分は――。


「だからありがとう。私、心操っていいヒーローになると思うわ。だって、この私を頑張らせたんだもの。きっと誰だって、何だって、あなたの言葉なら届けられるわ」

心操は一瞬言葉が出なかった。その言葉をまさか瑠璃から、誰かからもらえるとは思ってなかったから。よりによって女王様おまえが言うのかよと笑いすらこみ上げてきた。


「……は、はは。おまえが言うなら、そうかもな」
「そうかもじゃなくて、そうなの。だからこれからもよろしくね。私の相談役さん」

相談役さんと笑う瑠璃に心操はまたため息を小さく吐く。あくまで友だちではないらしい。でも、自分だってそうだとも思う。自分たちは友だちではない。傍若無人な幼い女王様とそれを支える相談役だ。
この幼い未熟なクラスメイトを支えるのは、まだ当分自分なのだろうと心操はやれやれといった面持ちで頷く。


「しょうがないから、最後まで面倒見るよ。女王様」
「ええ。絶対よ。約束破ったら許さないんだからっ」
「はいはい」

だから、今はまだ黙っていようと思う。大成功で終わったなら言えるタイミングが来るはずだから。
瑠璃に興味を示すクラスメイトだって出てきたのだから、きっと自分が傍にいなくても大丈夫な日が来るはずだから。

変わらず高飛車な瑠璃にやっぱ可愛くないんだよなと思いつつ、心操はそんなことを考えていたのだった。


 


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