天喰が何故瑠璃に「頑張れ」や「勝ってこい」と言った言葉を言わせたのか分かったのはそれからすぐのことだった。指定敵団体、死穢八斎會の解体に天喰たちビッグ3のインターン先の事務所が乗り出していたのだ。
テレビで報道されているのを心操が気づき、瑠璃にも声をかけたのだった。


「き、聞いてないわ……」
「箝口令しかれてたんだろ。こんだけ大掛かりな作戦なんだ。どこで情報がもれるか分からない」
「分かってるわ……」

不安げにテレビを見る瑠璃に心操はどうしたものかと頬を搔いた。
ヒーロー社会となってからこういった組織は次々と摘発・解体され、オールマイトが平和の象徴として確固たる地位を築いてからは完全に終わったものとされていた。摘発を免れて生き残った勢力も勢いはなく、こういった大規模な解体に乗り出すのは珍しいことだった。


(ま、それだけこの組織が危険だったってことだよな……揚羽も気づいてるよな……)

ビッグ3という名は伊達じゃない。そこらのプロより実力を持つというのは有名な話だ。天喰がそう簡単にやられることはないだろうけれど、だからって心配しないわけじゃないよなと心操もどう元気づけようかと考える。


「あー……まぁ、その……大丈夫だと思うよ」
「なにがよ……」
「彼氏さん。強いっしょ、ビッグ3だし。だから大丈夫だと思う」
「根拠は何?」
「んー……俺が言ってる。十分理由になる・・・・・でしょ」

真面目な顔で心操が自分を指さすものだから、瑠璃はぽかんと小さく口を開けた。
それから呆れたような、どこか笑いを含んだ表情で瑠璃も頷いた。


「そうね。他でもないあなたの言葉だもの。大丈夫よね」
「……うん。だからまぁ、いつもみたいになんだっけ、花の砂糖漬け? あれでも食べてリラックスしてなよ」
「スミレの砂糖漬けね。……そうね、そうするわ」

心操の提案に乗って冷蔵庫から持ってくる瑠璃の手には、一緒に紅茶の缶やポット、ティーカップとティーセットが乗せられていた。瑠璃が気に入っているウェッジウッドの茶葉である。
瑠璃は慣れた手つきで茶器を準備すると「あなたも飲むでしょう」と当然のように心操の分まで用意された。


「ありがと」
「どういたしまして。これも食べる?」
「いや、いい……」
「そう」

差し出されたスミレの砂糖漬けに関しては心操も食べる勇気がなかった。花の砂糖漬けとは。花って食べるものなんだなと初めて見た時は驚いたものだった。それもはやただの砂糖なんじゃないのと思うが、瑠璃はこれが好きらしい。やっぱ蝶々関連の個性だから花が好きなのかなと心操は若干疑っている。
ぱくっとスミレの砂糖漬けを摘まむ瑠璃が「あのね」と話しかけた。そのあのねは癖なの、と思いながら心操は「何」と耳を傾けた。


「このスミレの砂糖漬けね、環くんが作ってくれたの」
「……ねだったの?」
「ええ。私ね、わがまま言ったの。最初はレモネードが飲みたいって言って、用意してくれたのにいらないって言ったわ。そんなことよりスミレの砂糖漬けが食べたいのって」
「わがままだなぁ」

心操も瑠璃がたまにレモネードが飲みたいと言っているのを聞いているから、この学校にレモネードがないことを知っていた。そのレモネードは間違いなく天喰が瑠璃のために用意したもので、それを言い出しておきながらいらないと言えるのも、同じく販売されていないスミレの砂糖漬けを更に要求するのもわがまますぎると思いながら瑠璃の話を聞いていた。


「でもね、環くん怒らないでそれも用意してくれたの」
「すごいな。聖人だ」
「……でも、私それもいらないって言ったわ」
「おまえ、本当に性格悪いな」
「……うん」

小さく頷く瑠璃に心操は呆れた。うんと言うときは瑠璃も後ろめたいことがあったり、反省してるときだと心操は図らずしももう知っている。伊達に相談役をしているわけではない。
「それでどうしたの」と先を促すと、瑠璃はまたぽつりと話し始めた。


「環くんね、これも怒らなかったの。それどころか……私のお願い一つ満足に叶えられない自分はダメな奴だって……沈んでた」
「……十分すぎるほどすごいと思うけど……」

正直心操は天喰を聖人か何かだと思っている。このわがまま放題の瑠璃に黙って付き合うどころか、瑠璃の期待に全力で応えようとするスタンスとか、そもそも十分怒っていいはずなのに一切怒らないところとか。
唯一欠点らしいものを上げるとすれば、女運が悪そうだなと言った感想くらいだった。誰とは言わないけれど。


「……ええ。だから可哀想になって、後でいただくわってもらったの。その時は特に期待してなかったんだけど……お家に帰って見てみたらね、すごく綺麗だったの」
「まさかとは思うけど、花から育てたの?」
「……半分正解。環くんね、個性で再現してたんですって。ここまでしてくれるって……思ってなかったの」
「それはまた……愛だな」

彼女のわがままのために個性を使う天喰に心操はすごいなという感想しかでなかった。なにせ瑠璃のわがままである。気分屋な瑠璃のわがままなんて正直無視して流していいと心操は思っている。瑠璃にとっても大体その程度の価値しかないから。
それでも天喰はいつだって瑠璃の些細なわがままを叶えるために一生懸命なのだ。心操はおまえにはもったいないなと思いながら口を開いた。


「大事にしろよ。多分、この人以上におまえを大事にしてくる人なんて、どこにもいないから」
「……分かってるわ。だいじに、する……」

大人しく心操のいうことを肯定して、また一つスミレを食む瑠璃に心操は瞬きを一つした。てっきり罵声の一つ飛んでくると思っていたから。


(こいつも……『頑張ってる』んだろうな……)

性格の悪さはなかなか直らないだろうけれど、前よりずっと他人を思いやれるようになっている気がする。
紅茶も、スミレの砂糖漬けもこうして分け与えることが出来る程度には。
これなら大丈夫かもしれないと、心操は少し離れたところで様子を伺っていた件のクラスメイトにこっそりゴーサインを出した。そのサインを受けたクラスメイトはどこか緊張した面持ちで、クッキーをその手に取った。


『揚羽の好きなもの? あー……レモネードと紅茶とスミレの砂糖漬け。でもこれ結構こだわりあるみたいから……無難にクッキーとかがいいんじゃない?』
『クッキー? まぁ、よく紅茶飲んでるし……おやつにはいいかもね』
『……ちょっと揚羽は気難しいところがあるから、よさそうな時に俺が合図するよ。急に近づくと、たぶんダメだから……』
『猫ちゃんかよ』

そんなやり取りを経て機を伺い続けること数日、ようやくその時が訪れた。
心操曰く、あの気の迷いが起きるまで遠巻きにしていたクラスメイト、揚羽瑠璃。
第一印象は「うわ、すごいのいるな」といった感想だった。綺麗な子だったけれど、その綺麗さは同い年とは思えないほど色気があって、端的に言うとバリバリの高嶺の花だった。何度「あんた絶対普通科じゃないでしょ。普通返上してこいよ」と思ったことか。
ほぼほぼヒーロー科の転科を目指す者ばかりというのに、瑠璃は違った。ヒーローになろうなんて思ってなくて、恋愛ばかりを楽しんでいるようなちゃらんぽらんな女だった。「好きになれんわぁ……」と思っていたのに、あの瑠璃を見たら何だか可愛くて、ほっとけなくなってしまった。ヒーロー科を目指していた手前、こう……庇護欲が刺激された。実にミラクルが起きていた。

緊張した面持ちで、それでも何とか笑顔を作って話しかける。


「あ、あのさ。クッキーあるんだけど……よかったらどう?」
「……」

話しかけられた瑠璃は一瞬、自分に話しかけられたのだと認識できていないようだった。
ぱちぱちと瞳を瞬かせて、それから心操の方を見る。


「心操、お呼びよ」

――思わずずっこけかけた。
いや、あんたに言ったんだけど!? と言いたいのをぐっと飲み込んだ。心操、どうすんのこれとアイコンタクトをとると、心操が面倒臭そうな顔をして瑠璃に教えた。


「俺じゃない。おまえにだよ」
「……私? 何故……?」
「そんなの、おまえと仲良くなりたいからじゃないの」
「……え」

瑠璃は何を言われたのかやはり理解できていないようだった。青天の霹靂とでもいうように、固まってしまった。
そんな意外だったのとクラスメイトは何とも言えない顔をした。心操も何だか呆れている。友だち、今までいなかったんだろうなと何となく察してしまった。
はっと意識が戻ってきた瑠璃は驚いたような面持ちでクラスメイトに声をかけた。


「あ、あなた……私と仲良くなりたいの……?」
「ま、まぁ……そうなんだけど」
「な、なぜ……私、あんまり性格良くないわ」

瑠璃の自己申告にクラスメイトと心操の心が「自覚あったんだ」と一つになった。
クラスメイトと心操は顔を見合わせて、それからどちらともなく小さく笑った。


「いいよ、それはもう……知ってるし」
「知ってるなら何故……」
「うーん……そうだな、揚羽の紅茶が美味しそうだったからかな」
「紅茶が飲みたいから仲良くしたいの……?」

本当は違うけれど、自分も心操みたいに頼ってほしいからなんて言っても絶対納得しないのを分かっているから、クラスメイトはそれを糸口にする。


「……ダメ? 理由とかきっかけなんてさ、そういうのでいいんじゃない? そっからお互い知っていけばいいんだし。私はあんたと仲良くなりたいよ。あんたは?」
「……だめ、じゃないわ……」
「じゃあそれでいいじゃん。クッキーあげるから、紅茶をちょうだい。等価交換。そんで、ついでに仲良くやってこ。私が……あんたの友だち一号ね」

友だち一号という称号に瑠璃は呆気にとられると、それから少し考えて尋ねた。


「……私は?」
「うーん……高校から数えても、10号かな。しょうがないじゃん、だってあんた……交流しないんだもん」
「……それは、そうね……しょうがないから、一号をあげる。光栄に思ってね」
「はいはい、恐悦至極〜」

相変わらず高飛車だったけれど、クラスメイトはそれに腹を立てることはなかった。
あの姿を見てから、何だか猫がふんぞり返っているようにしか見えないのだ。実際は見た目と個性からしてどちらかというと蝶々なのだろうけれど、猫がじゃれついていると思えば全部可愛く思えた。
新しく淹れられた紅茶と広げたクッキーにすっと瑠璃が「これもよかったらどうぞ」とスミレの砂糖漬けを差し出す。小さなお茶会がここに始まったのだった。


「初めてみたけど、綺麗なお菓子だね。このスミレの砂糖漬けっての」
「……環くんが上手なの。何でも上手に再現するのよ」
「へぇ、自慢の彼氏だ」
「……ええ」

瑠璃の顔が嬉しそうに綻んだ。テレビから流れる死穢八斎會解体の様子にも瑠璃はもう大丈夫だと信じていた。だって心操がそう言ったから。天喰の再現はすごいと知っているから。
意外と和やかに進むお茶会に心操は内心でほっと息を吐いた。友だち一号、出来てよかったじゃんと瑠璃を盗み見る。
これで自分もいつかはお役御免になるだろう。多分もう少しで、自分は瑠璃に話せるだろうと心操は確信にも似たものを抱くのだった。

瑠璃はクッキーを手に取ると、あの時のことを思い出した。


(あの人……私のためにクッキー焼いてたのよね……)

思い出すのは波動のこと。出会ったその日から瑠璃に絡んできたうざったい先輩。可愛い、先輩。
あれから天喰の寮に行っても波動と会うことはなかった。多分、天喰が何かを言ったのだと瑠璃は思っている。瑠璃のために会わないようにしてくれている。瑠璃のために、焼いてくれたのに。


「心操……」
「なに?」
「頑張れって言って」

このままじゃいけない気がした。不安げな顔でそう言ってきた瑠璃に心操はなんだよ、と思いつつもそれを叶えてやる。頑張りたいなら、頑張らせてやりたいから。
自分の言葉を魔法か何かと思っている瑠璃に応えてやる。


「頑張れ」
「……うん、頑張る」

頷いた瑠璃に心操はよくわかんないけど、いきなり無理はするなよと内心で心配した。今までがわがまま放題だったので、急に頑張られると倒れないか不安がよぎるのだ。
ついでに、素直な瑠璃を間近で見たクラスメイトが真顔で瑠璃の顔をガン見していたので、おまえそれは友だち一号返上もんだぞとアイコンタクトを送るのだった。


 


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