入学してからというものの、瑠璃はその美貌と奔放な性格から数多の浮名を流していた。
1年の揚羽さん、2年の経営科の人と付き合ってるんですって。その人とはとっくに終わってるよ、今は3年のサポート科の人。それももう終わってるって、今は確か同じ1年の普通科の子じゃなかったかなぁ。

ランチラッシュのメシ処で食事をとっていると、そんな声が聞こえてきた。たまたま一緒に席についていた心操が黙々とフランス料理を口に運ぶ瑠璃に真偽を問うた。


「――らしいけど、本当のところは?」
「全部はずれ。生憎今はフリーよ」

ワインを模したグレープジュースを軽く回して、こくりと飲む瑠璃に心操は若干呆れた眼差しを向けた。
瑠璃と心操はクラスメイトだが、友だちというわけではなかった。瑠璃は奔放で傍若無人な性質でクラスでは独特な雰囲気をまとっている。女子からは遠巻きにされ、男子からは「なんか揚羽って色気あるよな」と性を意識する人物として注目を浴びていた。そんなこんなだから、クラスでも割と浮いているのだ。
心操は瑠璃と席が隣で、グループ学習などで一緒になる機会が多かった。そのため何となく一緒にいることもあったのだった。


「おまえも飽きないなぁ……俺たちまだ入学して1ヵ月そこらなんだけど」

心操の言う通り、今は5月中旬。体育祭が最近やっと終わったばかりだった。心操はヒーロー科への編入を強く希望する生徒で、唯一普通科で本戦にまで進んでヒーロー科の生徒といい勝負をした普通科の期待の星だった。
瑠璃はこてんと小首を傾げると、面白そうにくすくすと笑った。


「噂は所詮噂でしかないのよ。言っとおくけどね。心操、あなただって無関係じゃないのよ」
「俺が? 何の関わりがあるんだよ」
「さっき言われてた1年の普通科の子ってあなたのことよ」
「ブッ!」

予想していなかった展開に心操が吹いた。
咽る心操を瑠璃は冷静な目で見つめて、ペーパーナプキンを差し出した。


「お行儀が悪いこと」
「ごめっ、でもなんでそんなことに……俺たち全然そんな感じじゃないんだけど……」
「だから言ったでしょう。噂は所詮噂でしかないって」

そう言ってグレープジュースが入ったワイングラスを静かに回す瑠璃に、こいつ本当に俺と同い年かと心操は疑った。妙にその所作が様になっている。クラスのやつらが色気があると言っていたのも分からないではなかった。


「じゃあ、揚羽はさ……別に言うほど遊んでるわけじゃないってこと?」
「そうね、いいなと思った人とはデートするわね」
「……何人くらいか聞いても?」
「いいわよ。ざっと10人前後かしら。土日は基本デートね」

けろっとした顔でとんでもない事を言いだす。入学して一ヵ月そこらで10人前後なら、全て違う人間とデートをしたようなものだ。心操は噂は所詮噂でしかないんじゃなかったっけ、と呆れた。


「一人に絞ろうとか思わないの」
「あら、思ってるわよ。でもしょうがないじゃない。この人とだけデートしたいって思うほど、素敵な人がいないんだもの」
「……素敵な人、ねぇ」

果たしてこの傍若無人な蝶々のお気に召す素敵な人とやらがこの世に存在するのだろうか、心操は若干疑問に思った。聞いといてなんだが、瑠璃が誰か一人を一途に想って添い遂げる姿が想像できなかった。むしろ多くの男を侍らせて女王様をやっていそうだった。
何とも言えない顔をした心操に瑠璃はくすりと笑って内緒話をするように顔を近づけた。


「ちょ、近」
「心操に教えてあげる」
「何を」
「私最近、そうなるかもしれない方を見つけたの」
「え……マジ?」

にっこり笑って肯定する瑠璃に心操はぱちりと瞬きを一つした。
瑠璃の顔が近い。距離を取ろうとする心操にその分だけ近づいて「ねぇ、視線を感じるでしょう?」と囁かれる。心臓に悪い。心操はどれだよと思ったが、それはすぐにわかった。何だかじとっとした視線を感じる。心操がそちらに顔を向こうとしたのを瑠璃が細い指先で静かに制した。


「ダメよ、彼シャイなの。視線を向けるとね、逃げてしまうのよ」
「ええ……」
「やきもちかしら。なんだか可愛いわよね」
「……分かっててやってるのかよ。悪趣味だなぁ」

心操の嫌味にも瑠璃はにっこり笑うだけだった。
ふわり、と蝶が舞う。瑠璃の周りをふよふよと飛ぶ青いそれは、まるで瑠璃そのもののようだった。













そうして瑠璃は間もなく行動を起こす。
シャイな彼と遊ぶために、ラブレターなんていう古典的な方法までとって。間違いだなんて思われないようにちゃんと宛名を書いて、来てくれるまでいつまでも待っているだなんて健気な真似をして。
そうして時間はかかったけれど彼はちゃんとやって来てくれた。


「え、なんで君がここに……」

辺りには誰もおらず、瑠璃と二人だけ。シャイな彼――天喰はそれはもう混乱していた。やはり何かの間違いだった、からかわれたんだとマイナス思考を繰り広げる天喰に瑠璃は踊るように軽やかな足取りで近づくと、ずいっとその顔を至近距離に近づけた。真っ赤になって狼狽する天喰ににこりと笑う。


「ねぇ、天喰先輩。私と遊んでみません?」
「……え」

なんと言われたのか、天喰は理解できなかった。遊ぶ、遊ぶとはいったい。というか君、俺の名前なんで知ってるのと若干パニックになっていた。瞳を泳がせてあーだのうーだの言いだす天喰に瑠璃はにこりと笑って追撃した。


「お付き合いのお誘いですよ」
「え……おおおおおお付き合い!?」
「ええ。私とお付き合いしましょう、先輩?」

甘く囁く瑠璃に天喰は思考が追い付かなかった。それは青天の霹靂だ。
天喰にとって彼女は聖域であり、神であり、絶対的に自身と交わるはずのない、境界線の向こうにいる者だった。
境界線越しに瑠璃を盗み見る日々。初めて瑠璃を見たのはランチラッシュのメシ処へ向かう途中の道で、そこで瑠璃を一目見た時から心を奪われてしまった。身分違いの恋だ、あまりに分不相応な想いを抱いてしまったと嘆く日々。瑠璃を忘れようとこの想いを消化しなければと一層訓練に身が入った。その甲斐あってか今回の体育祭では珍しく結果を残し、ビッグ3なんて呼ばれるようになってしまった。でもそうなっても瑠璃への想いを消化することは叶わず、むしろ日毎に惹かれていく自分に嫌悪していたくらいだ。

けれど何の因果か、自分は瑠璃に認知されていたようで、お付き合いのお誘いを何故か今こうして受けている。とてつもなく近い。近くで見る彼女も美しくて、上手く言葉にできなかった。
ちゃんとした返事を返せない天喰に焦れたのか、瑠璃は「ねぇ」と甘い声を吹き込んでくる。天喰の心臓が限界を迎えようとして、何か言おうと口を開いた瞬間、蝶が視界に映り込んできた。


(……オオルリアゲハ……)

蝶が舞っている。彼女の周りを踊るように軽やかに舞うそれは、酷く幻想的で美しく、気づけば彼女に誘われるままに天喰は頷いていた。


 


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