これからのこと
天喰が瑠璃のところに来たのは夜だった。
瑠璃は約束通り一番に会いに来てくれた天喰に、殆ど飛び掛かるように抱き着いて歓迎した。天喰も一瞬固まったものの、瑠璃の背に優しく腕を回してくれた。
「おかえりなさい。大変だったでしょう?」
「まぁ……うん、そうだね。大変だった」
「ほんとに怪我はしてない? 無事?」
「無事だよ。ほら、どこも怪我してないだろう?」
少し屈んで瑠璃によく見せるように顔を近づける天喰に、瑠璃は真剣な顔でぺたぺたとその顔をひとしきり触ると、満足したように破顔した。
「ええ、どこも怪我してないわ」
納得した瑠璃に天喰は内心でほっと息を吐いた。本当は顔面にひびが入っていたのだけれど、リカバリーガールが病院まで出張してくれたおかげでこうして無事な姿を見せることができたのだった。
もし、リカバリーガールが来てくれなかったら顔の半分を包帯で覆った天喰に「怪我してないって言ったじゃない!」と悲鳴をあげていたことだろう。本当にリカバリーガールが来てくれてよかったと思うのだった。
「心配かけてごめんね。それと、会いに来るのも遅くなっちゃって……」
「そんなのいいのよ。約束通り一番に会いに来てくれて嬉しいわ」
「俺も瑠璃ちゃんに会いたかったからだよ。君が頑張れ、勝って来いって言ってくれたから……俺ももっと頑張れたんだ」
激戦だったと天喰は昨日の戦いを振り返っていた。
太陽すら喰らう者、サンイーター。大事な友のために、小さな女の子を救けるために。強い絆で結ばれた三人の構成員を相手取り、窮地に陥ったその時浮かんだのは瑠璃の応援だった。瑠璃に応援されて、勝つことを望まれて、負けていいはずがなかった。天喰は瑠璃が望むのであれば岸壁に咲く花も、深海の珊瑚も手に入れて、アフリカゾウにだって勝ってみせるから。あの瞬間は太陽にだって負けなかったと思えたくらいだった。
瑠璃はきょとんとしていたが、すぐに嬉しそうにはにかんだ。
「それならよかった。私、応援なら得意よ。これからもずっと環くんのこと応援してあげるわ」
「それは光栄だ……君がそうしてくれるなら、俺はもっと強くなるよ。太陽すら、喰らえるくらい」
天喰の宣言に瑠璃は満足げな表情を浮かべる。
そうして肩にかけていたバッグからクッキーを取り出して一つ摘まんだ。
「じゃあまずはこれを食べてもらおうかしら。はい、あーん」
「え、クッキー? あ、あー……」
「どう? 美味しい?」
「……ん、美味しい。それに可愛かった」
「ちゃんと見ててえらいわ、環くん。そうでしょう? 一生懸命作ったのよ」
「え……作ったの!?」
にっこり笑って肯定する瑠璃に天喰はもったいないことをしたと後悔した。まずは思う存分眺めるところから始めて、そこからゆっくり味わうように咀嚼して……とブツブツ呟く天喰に瑠璃はくすりと笑った。
「本当、環くんって私のこと好きね」
「大好きだよ……そんな貴重なクッキーと知っていればこんなにすぐ食べなかったし、飲み込まなかった……ハッ、再現すれば瑠璃ちゃんのクッキーがずっと楽しめる……?」
「落ち着いて。出てくるのは多分小麦じゃないかしら?」
「うっ……瑠璃ちゃんのクッキー……」
本気で落ち込む天喰に瑠璃はたまにおバカさんになるのよねと思った。そんなところも可愛いと思えてしまうくらいには瑠璃も天喰のことが好きだったのだけれど。
瑠璃は優しく天喰の頬を撫でて「はい」とクッキーの包みを差し出した。
「環くんの分よ。私ひとりじゃ無理だったから、相談役と友だち一号と一緒に作ったんだけどね」
「心操くんと……ああ、あの子。随分仲良くなったんだね。よかった……ありがとう、大事に食べるよ」
「ええ。それと――これ」
「? これは……?」
瑠璃が差し出したのは随分可愛い缶だった。
若干緊張した面持ちで「あのね」と切り出した。
「あの人に……渡してほしいの」
「あの人って……え、波動さん……!?」
「……ええ」
こくりと頷く瑠璃に天喰は驚いた。何せ波動は瑠璃が大分嫌煙していた人物である。
仲直り以降は若干遠回しにはなってしまったが、瑠璃が波動と自分の仲にやきもちを焼いていることを伝えられたので、波動もそれを理解して不安を抱かせないようにと気を遣ってくれていた。
なんでまた、とは思ったけれど瑠璃の顔を見て天喰はこの行動の意味を察するのだった。
「……瑠璃ちゃんから渡した方が喜ぶと思うけど……どうする?」
「……まだ、無理。だから、環くんから渡して……メッセージカードは入れといたから……」
「そっか。わかったよ。絶対喜ぶと思う」
「……うん」
天喰はこれを渡したときの波動の反応が目に浮かぶようだった。波動なら絶対に喜ぶはずだ。こんなに可愛いクッキーを瑠璃が波動のために焼いたと知ったら、満面の笑みを浮かべてくれるはずだ。
だからこのクッキーなのだと天喰は合点がいった。どういう心境の変化があったのかまでは分からないけれど、瑠璃も色々考えて頑張ってるんだろうなと天喰は思った。
「あとこっちも……通形先輩に。B組に寄ってくれる?」
「ミリオのも用意してくれたんだ。ありがとう、寄っていくよ」
「テレビで通形先輩のインターン先も参加してたの流れてたから……あ、環くんの後輩は私どんな人か知らないから……用意しなかったけど……意地悪じゃないわ」
「ははっ……分かってるよ。そうだな……今度切島くんも紹介するね。彼も太陽みたいな人なんだ」
用意しなかったのを意地悪じゃないと弁解する瑠璃が何だか可愛いと天喰は思った。
切島はまだ紹介してなかったなと思ってそんなことを言えば、瑠璃がもじっとした様子でツンとそっぽを向いた。
「……私も太陽みたいに眩しいわ」
思わずもらったクッキーを落とすところだった。ちょっとやきもちを焼いたらしい。
天喰は「う゛」っと胸を押さえた。切島くん男なのにやきもち焼くんだと新たな発見だった。天喰は咳ばらいを一つする。
「んん゛っ、瑠璃ちゃんは太陽というか……こう、幻というか……美しすぎて眩しい……」
「私が一番?」
「それは間違いない」
「……ならいいわ」
すりっと頬を擦り寄せられてドキドキと心臓が脈を打つ。
天喰は今こそ決める時だと決死の覚悟をして瑠璃の頬におそるおそる手を添えると、不思議そうに見上げてきた瑠璃の顔に近づいて……そのままキスをした。
「ん……」
「……よかった、今回はちゃんとできた……」
「……え、ええ。ちゃんとできたわ……」
クッキーに負けないくらい甘い空気が漂っていた。
瑠璃が僅かに背伸びをして可愛いリップ音と共に頬に贈り物をする。暗がりでもわかるくらい恥ずかしさに目を潤ませた瑠璃に天喰は面食らった。
「……だめ、やっぱりまだ恥ずかしいわ」
「あ……うん」
「環くんに先を越されるなんて……」
「それは……うん、俺もびっくりした」
瑠璃ちゃんて、シャイだったんだと意外な発見だった。あんなに愛情表現をされてきたのに、今だってそうだけれど、キスには大分壁があるようだった。
一見出来たことが出来なくなって遠ざかっているようにも見えるけれど、天喰はそれが嬉しかった。本当に自分のことが好きなのだと伝わるから。シャイな君が愛しいと言ったら、きっと照れて拗ねてしまうだろうけれど。
「ありがとう、瑠璃ちゃん。ずっと待っててくれて」
「? 変な環くん。私、特に待ってないわ」
「待ってたよ。ずっと、待っててくれたよ」
(俺が愛情表現できるまで、待っててくれた)
愛想を尽かされずに付き合い続けてくれたのが天喰は奇跡だと思っている。そのおかげで今があるのだと信じている。
今自分がこんなに幸せなのは、君のおかげなんだとどれだけ伝えても伝え足りないだろう。瑠璃は「変な環くん」と言って笑うだろう。そういうのが当たり前に想像できた。
――愛は囁くもので、その手で、唇で感じるものだから。
それが当たり前になるくらい、これから先も一緒にいたいと待っていてくれた瑠璃にそう思うのだった。
瑠璃は約束通り一番に会いに来てくれた天喰に、殆ど飛び掛かるように抱き着いて歓迎した。天喰も一瞬固まったものの、瑠璃の背に優しく腕を回してくれた。
「おかえりなさい。大変だったでしょう?」
「まぁ……うん、そうだね。大変だった」
「ほんとに怪我はしてない? 無事?」
「無事だよ。ほら、どこも怪我してないだろう?」
少し屈んで瑠璃によく見せるように顔を近づける天喰に、瑠璃は真剣な顔でぺたぺたとその顔をひとしきり触ると、満足したように破顔した。
「ええ、どこも怪我してないわ」
納得した瑠璃に天喰は内心でほっと息を吐いた。本当は顔面にひびが入っていたのだけれど、リカバリーガールが病院まで出張してくれたおかげでこうして無事な姿を見せることができたのだった。
もし、リカバリーガールが来てくれなかったら顔の半分を包帯で覆った天喰に「怪我してないって言ったじゃない!」と悲鳴をあげていたことだろう。本当にリカバリーガールが来てくれてよかったと思うのだった。
「心配かけてごめんね。それと、会いに来るのも遅くなっちゃって……」
「そんなのいいのよ。約束通り一番に会いに来てくれて嬉しいわ」
「俺も瑠璃ちゃんに会いたかったからだよ。君が頑張れ、勝って来いって言ってくれたから……俺ももっと頑張れたんだ」
激戦だったと天喰は昨日の戦いを振り返っていた。
太陽すら喰らう者、サンイーター。大事な友のために、小さな女の子を救けるために。強い絆で結ばれた三人の構成員を相手取り、窮地に陥ったその時浮かんだのは瑠璃の応援だった。瑠璃に応援されて、勝つことを望まれて、負けていいはずがなかった。天喰は瑠璃が望むのであれば岸壁に咲く花も、深海の珊瑚も手に入れて、アフリカゾウにだって勝ってみせるから。あの瞬間は太陽にだって負けなかったと思えたくらいだった。
瑠璃はきょとんとしていたが、すぐに嬉しそうにはにかんだ。
「それならよかった。私、応援なら得意よ。これからもずっと環くんのこと応援してあげるわ」
「それは光栄だ……君がそうしてくれるなら、俺はもっと強くなるよ。太陽すら、喰らえるくらい」
天喰の宣言に瑠璃は満足げな表情を浮かべる。
そうして肩にかけていたバッグからクッキーを取り出して一つ摘まんだ。
「じゃあまずはこれを食べてもらおうかしら。はい、あーん」
「え、クッキー? あ、あー……」
「どう? 美味しい?」
「……ん、美味しい。それに可愛かった」
「ちゃんと見ててえらいわ、環くん。そうでしょう? 一生懸命作ったのよ」
「え……作ったの!?」
にっこり笑って肯定する瑠璃に天喰はもったいないことをしたと後悔した。まずは思う存分眺めるところから始めて、そこからゆっくり味わうように咀嚼して……とブツブツ呟く天喰に瑠璃はくすりと笑った。
「本当、環くんって私のこと好きね」
「大好きだよ……そんな貴重なクッキーと知っていればこんなにすぐ食べなかったし、飲み込まなかった……ハッ、再現すれば瑠璃ちゃんのクッキーがずっと楽しめる……?」
「落ち着いて。出てくるのは多分小麦じゃないかしら?」
「うっ……瑠璃ちゃんのクッキー……」
本気で落ち込む天喰に瑠璃はたまにおバカさんになるのよねと思った。そんなところも可愛いと思えてしまうくらいには瑠璃も天喰のことが好きだったのだけれど。
瑠璃は優しく天喰の頬を撫でて「はい」とクッキーの包みを差し出した。
「環くんの分よ。私ひとりじゃ無理だったから、相談役と友だち一号と一緒に作ったんだけどね」
「心操くんと……ああ、あの子。随分仲良くなったんだね。よかった……ありがとう、大事に食べるよ」
「ええ。それと――これ」
「? これは……?」
瑠璃が差し出したのは随分可愛い缶だった。
若干緊張した面持ちで「あのね」と切り出した。
「あの人に……渡してほしいの」
「あの人って……え、波動さん……!?」
「……ええ」
こくりと頷く瑠璃に天喰は驚いた。何せ波動は瑠璃が大分嫌煙していた人物である。
仲直り以降は若干遠回しにはなってしまったが、瑠璃が波動と自分の仲にやきもちを焼いていることを伝えられたので、波動もそれを理解して不安を抱かせないようにと気を遣ってくれていた。
なんでまた、とは思ったけれど瑠璃の顔を見て天喰はこの行動の意味を察するのだった。
「……瑠璃ちゃんから渡した方が喜ぶと思うけど……どうする?」
「……まだ、無理。だから、環くんから渡して……メッセージカードは入れといたから……」
「そっか。わかったよ。絶対喜ぶと思う」
「……うん」
天喰はこれを渡したときの波動の反応が目に浮かぶようだった。波動なら絶対に喜ぶはずだ。こんなに可愛いクッキーを瑠璃が波動のために焼いたと知ったら、満面の笑みを浮かべてくれるはずだ。
だからこのクッキーなのだと天喰は合点がいった。どういう心境の変化があったのかまでは分からないけれど、瑠璃も色々考えて頑張ってるんだろうなと天喰は思った。
「あとこっちも……通形先輩に。B組に寄ってくれる?」
「ミリオのも用意してくれたんだ。ありがとう、寄っていくよ」
「テレビで通形先輩のインターン先も参加してたの流れてたから……あ、環くんの後輩は私どんな人か知らないから……用意しなかったけど……意地悪じゃないわ」
「ははっ……分かってるよ。そうだな……今度切島くんも紹介するね。彼も太陽みたいな人なんだ」
用意しなかったのを意地悪じゃないと弁解する瑠璃が何だか可愛いと天喰は思った。
切島はまだ紹介してなかったなと思ってそんなことを言えば、瑠璃がもじっとした様子でツンとそっぽを向いた。
「……私も太陽みたいに眩しいわ」
思わずもらったクッキーを落とすところだった。ちょっとやきもちを焼いたらしい。
天喰は「う゛」っと胸を押さえた。切島くん男なのにやきもち焼くんだと新たな発見だった。天喰は咳ばらいを一つする。
「んん゛っ、瑠璃ちゃんは太陽というか……こう、幻というか……美しすぎて眩しい……」
「私が一番?」
「それは間違いない」
「……ならいいわ」
すりっと頬を擦り寄せられてドキドキと心臓が脈を打つ。
天喰は今こそ決める時だと決死の覚悟をして瑠璃の頬におそるおそる手を添えると、不思議そうに見上げてきた瑠璃の顔に近づいて……そのままキスをした。
「ん……」
「……よかった、今回はちゃんとできた……」
「……え、ええ。ちゃんとできたわ……」
クッキーに負けないくらい甘い空気が漂っていた。
瑠璃が僅かに背伸びをして可愛いリップ音と共に頬に贈り物をする。暗がりでもわかるくらい恥ずかしさに目を潤ませた瑠璃に天喰は面食らった。
「……だめ、やっぱりまだ恥ずかしいわ」
「あ……うん」
「環くんに先を越されるなんて……」
「それは……うん、俺もびっくりした」
瑠璃ちゃんて、シャイだったんだと意外な発見だった。あんなに愛情表現をされてきたのに、今だってそうだけれど、キスには大分壁があるようだった。
一見出来たことが出来なくなって遠ざかっているようにも見えるけれど、天喰はそれが嬉しかった。本当に自分のことが好きなのだと伝わるから。シャイな君が愛しいと言ったら、きっと照れて拗ねてしまうだろうけれど。
「ありがとう、瑠璃ちゃん。ずっと待っててくれて」
「? 変な環くん。私、特に待ってないわ」
「待ってたよ。ずっと、待っててくれたよ」
(俺が愛情表現できるまで、待っててくれた)
愛想を尽かされずに付き合い続けてくれたのが天喰は奇跡だと思っている。そのおかげで今があるのだと信じている。
今自分がこんなに幸せなのは、君のおかげなんだとどれだけ伝えても伝え足りないだろう。瑠璃は「変な環くん」と言って笑うだろう。そういうのが当たり前に想像できた。
――愛は囁くもので、その手で、唇で感じるものだから。
それが当たり前になるくらい、これから先も一緒にいたいと待っていてくれた瑠璃にそう思うのだった。
top