天喰は通形と波動に無事にクッキーを渡すことに成功した。
通形は瑠璃が波動にアクションを起こしたことに対し「瑠璃ちゃん、可愛いとこあるよね」と笑っていた。可愛いクッキーに何気なく「エリちゃん、こういうのもらったら喜ぶだろうな……」と呟いた言葉が印象的で、天喰は「……今度、瑠璃ちゃんに頼んでみるよ」と交渉することにした。多分、嫌とは言わないだろうから。

そうして大本命波動だったが……概ね天喰の予想通りだった。


「ええっ!? これ揚羽さんが作ったの!? すっごく可愛い! どこで買ったのかと思っちゃった!!」
「瑠璃ちゃんがそれを聞いたら喜ぶと思うよ。波動さんに喜んでほしくて頑張ったみたいだから」

さっそく缶を開けて現れた、きゅるんとした瞳が可愛い動物のクッキーにはしゃぐ波動に天喰も表情を緩めた。
手作りクッキーというけれど随分と手が込んだ品だった。丁寧にアイシングでデコレーションされたそれは相当な時間がかかっただろうし、それを想像すると瑠璃の成長に天喰は感慨深いものすら感じていた。
波動は自分のために作ってくれた品だとわかると、一層嬉しそうに表情を綻ばせた。


「すっごく嬉しい! ねね、カードも入ってるんだよ! なんて書いてあったと思う?」
「え……何だろう……? ごめん、とか?」
「ふふっ、違うよー」

やけに嬉しそうな波動に何だろうと天喰は頭を悩ませた。
波動は「時間切れ!」と大して待つつもりもなくそんなことを言って、ネタ晴らしをした。それはもう、聞いてほしそうにして。


「『今度あなたのクッキーもちょうだいね』だって!」
「え……それって――」
「うんっ、一緒にお茶会してくれるってことだと思うの! すっごく楽しみ!」

天喰は満面の笑みではしゃぐ波動に、信じられない言葉を聞いた気になった。
瑠璃は口に入れるものに関してかなり繊細だ。形のいいものや、香りが良いもの。それらを好むので自分から何かを「ちょうだい」というのはかなり珍しいのだ。
それはまさに、瑠璃にとって「ごめんね」と「作ってくれてありがとう」と「あなたと仲良くしたいわ」というメッセージに他ならなかった。


「よ……よかったぁ……!」
「わっ、天喰くんどうしたの? 涙腺すごいよ?」
「もう、色々感無量で……瑠璃ちゃんがこんなにも愛しい……」
「相変わらず揚羽さんバカだね。でもちょっとわかるかも。だって揚羽さん、可愛いんだもん!」
「全面的に同意する……」

目を片手で覆ったまま、天喰は震えるもう片方の手でサムズアップをした。
よかったと思う。瑠璃が一歩進めたことに対してと、波動の仲良くなりたいが瑠璃に伝わって。

けれど同時に少しだけ寂しくもある。瑠璃の「ちょうだい」がもう天喰だけの言葉ではないことに。
スミレの砂糖漬け、レモネード。瑠璃が「ちょうだい」とねだったそれらと一緒に、今度は波動のクッキーもそこに入るのだろう。
でも、それは良い事だと思う。瑠璃が良いと思うものが、瑠璃がお金では買えないほしいものが増えるのは、きっと喜ぶべきことなのだ。

――だって彼女はどんどん素敵になっていくのだから。


「揚羽さんが好きなウェッジウッドだっけ? あれでクッキー焼くね。揚羽さんみたいな綺麗な形にするの」
「……喜ぶと思うよ。瑠璃ちゃんは綺麗なものと、香りが良いものが好きだから」
「だからスミレの砂糖漬けとレモネードなんでしょ? 知ってるよ。本当に蝶々みたいだなって気になってたから!」
「うん。そうだね」

蝶々の君は綺麗なものと素敵な芳香が似合うのだ。
どんなのにしようかなと思案する波動に、天喰が一つ提案する。


「紅茶のメレンゲクッキーなんてどうかな? 口金を変えて花みたいに絞れたら……見た目も綺麗なんじゃないかな?」
「あーそれいいかも! 食紅とか使ったらカラフルだし! それにする! ありがとう天喰くん!」

どんな絞り方があるかなと早速スマホで検索をする波動の姿に、きっとこのお茶会が実現されるのはすぐなんだろうなと天喰は思うのだった。
いい先輩後輩になると思う。瑠璃は意外と……押されると弱いところがあるので。








波動からのお茶会の招待を天喰経由で受け取ると、瑠璃はそれはもう緊張した様子で心操と友だち一号に泣きついた。


「助けてちょうだい! 手土産はっ、髪型はっ、お化粧はどうしたらいいの!!」
「「落ち着け」」

手土産はまだしも髪型もお化粧も気が動転しているとしか思えなかった。ここで真面目にでも、適当にでもアドバイスしたところで「正気!?」と何を提案しても返ってくるに決まっていた。そういうのは瑠璃自身が一番わかっているはずである。


「落ち着いてられないわ! あの人からの挑戦状なのよ! 完全武装して挑まないと鼻で笑われちゃうわ!!」
「そんな底意地の悪いことするのはおまえくらいだし、そもそも挑戦状じゃなくて招待状な」
「お茶会の招待状よ!? そう受け取るに決まってるじゃない!」
「どこの悪役令嬢ドラマだよ」

冷静にツッコむ心操と友だち一号に、瑠璃はだって、と泣きそうな顔をする。
それについ甘やかしがちになってしまう友だち一号の気配を感じ、心操が友だち一号が絆される前に切り込んだ。


「揚羽。波動先輩が本当にそんな意地悪をおまえにすると思ってる?」
「…………思ってないわ」
「わかってるじゃん。緊張するのは分かるけど、飛躍しちゃダメだよ。本当に思ってなくても、そういうつもりで行くと、何でもないことも悪い方に深読みして楽しめなくなる」

心操のド正論に瑠璃は口を噤んで心なしかしゅんとしていた。
瑠璃だって本当は分かっているのだ。波動がそんな意地悪をする人間じゃないことも、裏表なくお茶会をして楽しもうと言ってくれていることも。


「頑張るんだろ。仲良くなりたいなら、揚羽が仲良くなろうとしなくちゃ」
「…………うん」

素直にうんと頷いた瑠璃に心操はじゃあこの話は終わりとばかりに次の話題に切り替える。
もっとも瑠璃が聞きたかっただろうとことを。


「手土産なんだけどさ……おまえの好きなものでいいよ。きっと先輩もそれが知りたいだろうから」
「……クッキー焼いてくれるのに、スミレの砂糖漬けを持って行ってもいいかしら?」
「いいよ。だっておまえ、それが一番好きでしょ」
「……うん」

瑠璃のことを知りたがっていた波動だから。それでいいんだよと肯定したところで瑠璃も不安が拭えたようだった。まだ緊張しているが、それは人見知りのようなものだ。あとはお茶会当日になるようになるだろうと心操は見守ることにした。
鮮やかな心操の手腕に友だち一号がこそっと小声でごちる。


「……なーんか、ほんと……心操には敵わないなって思うよ」
「まさか。慣れだよ慣れ。あと俺は……揚羽を可愛いなんてこれからも思うことはないって断言できるレベルで、揚羽のこと可愛くないと思ってるからかな。おまえは揚羽が可愛いから甘くなるんだろ」
「……まぁ、そうだけどさぁ……可愛いからって、甘やかすのも違うよなぁ」
「それはそう。ま、そこは追々やってけよ。可愛くても言えるようになるっしょ」

そう言って心操は瑠璃が淹れたお馴染みの紅茶を口にする。
友だち一号は自分に心操の代わりが務まるかなと若干不安視しながらも、務まるかなじゃなくて、務まらないとなと思い直すのだった。その覚悟と内に燃える闘志を胸に据えるように、こちらも紅茶を一口口にするのだった。


 


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