お茶会当日、瑠璃はそれはもう緊張していた。
前日には天喰にレモネードやスミレの砂糖漬けを所望したところまではよかった。だが、夜寝る頃になると急に現実味を帯びてきてダメだった。ほとんど眠れなかった。
寝不足の冴えない顔をこれではだめだと必死に化粧で武装した。何だか少しだけ厚化粧になってしまったがしょうがない。
この武装した顔に似合う髪型を……と少し凝ったものにすれば、先日友だち一号に言われた「どこの悪役令嬢ドラマだよ」という言葉が脳裏を過った。悪役令嬢……ではないはずだ。


「わっ、瑠璃すごい気合入ってんね!?」
「気合じゃなくて武装なの……」
「またそんなこと言って……」
「本当よ、元の顔なんて見せれたものじゃなかったわ……」

元気のない瑠璃の声音に友だち一号は首を傾げると「あんたもしかして具合悪いの?」と瑠璃に駆け寄って来てぐいぐい顔を近づけた。するとそれで全てを察したようで、一気に呆れたような目を向けてくるのだった。


「クマ、酷かったのね……」
「血色も悪かったからファンデーション濃くしたの……変じゃない?」
「どこのご令嬢かと思った。今日もあんたらしくていいんじゃない?」
「そう、私はいつだってエレガントよ……」

そういう割に瑠璃の声にも顔にも覇気はなかった。
友だち一号は密かに、あの傍若無人な女王様がこんな風になるなんて、波動先輩はすごいなと思った。決して意地悪をされたとかではないのに、瑠璃をこんなに弱体化させている。
友だち一号はぽんっと瑠璃の肩を叩いて、激励した。


「頑張れ!」
「……一緒に来てはくれない?」

珍しく伺うような視線を向けてくる瑠璃に友だち一号は意外に思った。
一緒に来てほしいなんて、女子みたいなこと言ってる。いや、瑠璃はかなり女子だけれども。プライドが高いからそういうことを言い出すなんて、それこそ心操くらいだろうと思っていたのだ。


(なんだ……私ももう、あんたの中では……頼れる存在ってことなのか)

そういえば「助けて」って言われたなと思い出した。
あの時は心操が一緒にいたから、ついでで言われたんだろうと思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれない。もう、自分は一人でも瑠璃に「助けて」と頼ってもらえる存在なのだと理解すると、何だか一気に照れてしまった。
でも、今回は……きっとこれが正解だ。


「ついてってほしいの? 彼氏いるのにぃ?」
「環くんは環くん。隣が片方空くわ」
「そこはさ、もう誰が座るか決まってんじゃないの?」
「……」

押し黙る瑠璃に友だち一号はからっと笑った。
向かい側に座るのが一般的かもしれないけれど、この女王様と仲良くなるには秘訣があるのだ。友だち一号は自分がそうだったのを思い出す。

ひとつ、急に近づかない。頃合いを見て、慎重に声をかける。
ふたつ、女王様が気に入るお菓子と引き換えに、女王様の特別なものを所望する。
みっつ、隣に座ること。


「大丈夫だよ。ほら、あんたも言ってたでしょ。私たちのクッキーにはそれだけの価値があるって」
「……ええ」
「今度は私たちのクッキーを持ってくるねって約束して来な。ほら、エリちゃん? だっけ? 頼まれてんでしょ?」
「……うん」

こくりと小さく頷いた瑠璃に友だち一号は軽く背中を叩いて送り出す。
頑張れ、大丈夫、そんな意味を込めて。
大袈裟と言うことなかれ。この女王様にはそれだけの勇気がいるのだから。


「いってらっしゃい」
「……うん、いってくるわ」

ちょうど迎えに来たのであろう天喰が窓から見えた。玄関の方に向かう瑠璃を友だち一号はその姿が見えなくなっても、しばらく見ていた。
それに声をかけたのは心操で、その声にはどこかからかいが含まれていた。


「ちゃんと出来てんじゃん」
「わっ、心操! いつからいたの!?」
「クマがなんちゃらって言ってた時から。取り込み中みたいだったから、ちょっと隠れてた」

取り込み中と心操はぼかしたが、正直キスしてるのかと疑っていた。友だち一号は瑠璃を可愛いと言うくらいだから、まさかそっちの気があったのかと見てはいけないものを見た気がして、隠れていたのだった。すぐにクマだ何だと聞こえたので、誤解はすぐに解けたけれど。


「大分はじめからじゃん……」

なんかはずいと顔を覆った友だち一号に心操はふっと笑った。
少し前まで心操には敵わないと言っていたのに、先ほどのやりとりを見たら誰もそうは思わないだろう。


「おまえでよかったと思うよ、揚羽に声かけるの」
「……なんで?」
「説得力が違う。俺はたまたま・・・・隣の席だったけど、おまえは自分の意志で隣に座っただろ。揚羽と仲良くなりたいと思ってる人の気持ちは、おまえじゃないと伝えられなかったと思う」

心操はそんなことを言いながらコーヒーを飲んでいた。それに何だか物足りないものを感じる。瑠璃があまりにも相談しに来るものだから、三人で瑠璃の紅茶を飲むのが当たり前になってしまっていたのだ。瑠璃のことを可愛いなんてやっぱり思えないけれど、瑠璃の淹れる紅茶は好きだなと心操は思っていた。

心操の言葉に友だち一号は拍子抜けしたような顔をしていた。


「……なんだ……私にも心操の洗脳使えたんだ」
「いや、使えないでしょ。おまえの個性コピー系じゃないし」
「使えたよ。じゃないとあの子……納得しないでしょ」

言葉とは裏腹に友だち一号のその顔は晴れやかなものだった。それに心操は面食らう。
なんだか、瑠璃も友だち一号も、自分の洗脳を魔法か何かだと思っているところがある。散々敵向きだと揶揄されてきた個性なのに、瑠璃に相談役なんてものに任命されて、振り回されて以降、まったく正反対な言葉を受け取るようになった。
それが酷くむず痒い。だってまるで、本当に……自分はヒーローになれるんだと言われているみたいだったから。


「おまえらそろって……俺のこと買いかぶりすぎだろ……」
「買ってるのは心操じゃなくて心操の個性な」
「にゃろう……」

そこは俺って言えよと思わなくもなかったが、この軽口を叩ける関係が居心地良いのも事実だった。
瑠璃にそろって振り回されるのも、友だち一号と軽口をたたくのも。
この関係がまだ続くのもいいと思いつつ、それでもやはり心操は夢を諦めたくない気持ちの方が強かった。むしろ、二人がこんなに自分の個性を魔法だと信じているのなら、なおさら諦められなかった。諦めるわけにはいかなかった。


「あいつ帰ってきたら……言うよ。編入するって」
「……確定で話していいの? 編入試験落ちたらかっこつかないよ」
「するさ。俺の個性は洗脳だからね。そうなるよ」

――おまえと揚羽がそうなるって、教えてくれたから。

なんて、そんな恥ずかしいことは言えなかったけれど。
友だち一号は瞳を瞬かせて、それから……破顔した。


「瑠璃、泣くかもね」
「そんときはいくらでもサンドバッグになるよ。揚羽は無抵抗で殴らせた方が大人しい」
「ほんと、よくわかってんねぇ……」
「伊達に相談役してないんで」

ふっと、心操は今までの瑠璃のめちゃくちゃを思い出して笑みを浮かべた。
本当に振り回されたと思う。瑠璃の言い分はいつも頭を抱えさせられたけれど、意外と頑張る奴だと気づいてからは以前ほど話を聞くのが苦行には感じなくなった。成長したなぁと心操は瑠璃を見る度思う。逆に人間ってあんなに成長する生き物なんだなというのを教えてくれた人物でもある。
きっとこの教訓は後々ヒーロー活動に役に立つだろうと心操は思うのだった。


 


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