感謝
瑠璃がそれを耳に挟んだのは偶然だった。
天喰と一緒に昼食を取ろうとランチラッシュのメシ処に並んでいたところ、近くにA組の切島の姿があったので天喰に声をかけなくていいのかと伺っていた時だった。
天喰は特に今話すことはないし、切島もクラスの友だちであろう人物と一緒にいたから、声をかけるのは躊躇われた。けれどそこで切島たちに聞こえるように揶揄する声が上がった。
「そういや、A組はあれだろ? 俺らのためにライブやるんだって。さすがヒーロー科、心構えが違うよなぁ、ご立派 だわ」
その声は嫌に耳に着いた。明確な嫌味。悪意を持って口にしていることがよっぽど鈍感な者ではない限り伝わっただろう。
切島たちは聞こえないふりをしているようだったが、天喰は何とも言えない顔をしていたし、瑠璃は小首を傾げていた。
「環くん。A組がライブやると何か問題なの?」
「え……いや、問題じゃないよ。ただその……A組は入学以降、何かと注目を浴びてる。寮になったのもヒーロー科が度重なる襲撃を受けてからの処置だから……この環境が窮屈だと思ってる人たちもいるんだよ。怒りの行き場がないんだと思う」
「へぇ……」
瑠璃は寮になったことに対して別段不便を感じていなかった。
母親の放任主義は今に始まったことではないし、衣食住だって不自由していない。気軽に外出も遠出もできなくなったのは残念だけれど、今の瑠璃は天喰が傍にいてくれるならどこだって楽しめていた。むしろ、寮になってよかったとすら思っている。友だち一号とも、そうやって仲良くなったものだから。
「決めたわ。環くん、今日は切島と一緒にランチしましょ。連れてきて」
「え!? そんな急に……! 切島くん友だちといるみたいだけど……」
「普段友だちとは一緒にいるんでしょ。私と環くんと一緒に食べれる方が激レアよ。泣いて喜ぶに決まってるわ」
「(それは言い過ぎだよ瑠璃ちゃん……)んんっ……わかった、一応声はかけてみるけど……あんまり期待しないでね……」
瑠璃が言い出したら聞かないことを知っている天喰は、しぶしぶ切島に声をかけに行った。
対して、切島は天喰の誘いに二つ返事で頷き、友だちに断りを入れると瑠璃のもとにトレイを抱えてやってきた。相変わらずいい奴であった。
「どうした揚羽? 俺になんか用か?」
「用も用よ。大事なことだから呼んだのよ」
「大事なこと……? なんだ?」
まずは座りなさいと席を促す瑠璃に言われるがまま座る。
天喰は瑠璃ちゃんどうしたんだろうと内心で首を傾げていた。天喰でもこの時ばかりは瑠璃の思考が読めなかったのだ。
「私ね、寮になってよかったって思ってるわ」
「お、おう?」
「寮になってから、環くんと一緒に過ごせる時間が増えたし、友だちも出来た。先輩とも仲良くなったわ」
「それは……よかったな?」
指折り数える瑠璃に対し、切島は瑠璃の言っていることがよくわからなかった。
切島にとって瑠璃はずっとよくわからない女子だ。滅茶苦茶女子っぽいのは分かるけれど、その思考回路は切島からすると到底理解できないものだった。
反対に天喰は瑠璃が伝えようとしていることを察して、眩しいと言わんばかりに目を覆っていた。
「だから、あなたたちが襲われて、その結果寮になったことで……楽しく過ごせてる人間もいるってことよ」
「……え」
「ヒーロー科だものね。ああいう声に何も思わないなんて無理でしょうけど……でも、そんな風に思ってないどころか、結果的に感謝してる人間もいるってことも、知ってたらいいんじゃないかしら」
照れが出てきたのか、最後の方は少しツンとした言い方になってしまったが、それでも切島には瑠璃の言いたいことが伝わったようだった。
しばらく信じられないものを見るかのような目で見られたが「何よ」と言うと、切島が快活に笑った。
「ありがとな! 揚羽! おまえって意外といい奴だ!」
「意外とってなによ意外とって……」
「誤解されやすい奴だと思ってよ。まさか、襲撃されたことも含めて丸っと肯定されるとは思ってなくてよ……おまえ、すごいよ」
「それって……褒めてるの?」
「あったりまえだろ!」
切島の裏表のない笑顔を見て、瑠璃はあなたもなかなかのバカねと内心で思った。馬鹿正直というか、なんというか。天喰が切島を太陽というのも何となくわかる気がした。
そしてその天喰は「瑠璃ちゃんが眩しい……」とまるで女神を崇めるかのごとく両手を軽く組んで顔を覆っていた。大体いつもの光景であった。
そうして、ようやく瑠璃の納得のいくカップケーキが出来上がったのは、いよいよ文化祭本番を控えた前日だった。
なんでも、エリちゃんが文化祭に参加するらしく、薔薇以外にも子どもウケのいいものをと動物の形のデコレーションも挑戦していたのだった。
文化祭の合間に試行錯誤を繰り返したそれは、実に心操にして「俺、当分甘いものはいいわ……」と一時的な甘いもの嫌いを発令させたくらいだった。
「きっと喜ぶわね。あの子、笑ったことがないんですって……でも、これを見たら絶対笑うはずよ。笑わないはずがないわ」
「おまえのその自信はどっから来るの……難易度高いだろどう考えても」
「そこはおまえの……ほら。お得意の洗脳で……」
「俺の洗脳を便利アイテム扱いするんじゃない」
依然として心操の洗脳は魔法扱いされていた。何度も「美味しくなれって言って」と言われ、心操はもう何でも反射的に美味しくなれと唱えるほどだった。いただきますより先に美味しくなれが出て、辺りの空気が一瞬凍ったほどだった。女王様の相談役は激務なのだ。
「文化祭楽しみね!」
「完成度高いしなァ……阿鼻叫喚だろうな」
「メイクの完成度がえぐいんだって」
「メイクは得意よ。本番は描きたいの増えたから、もっと色々やるの。心操楽しみに待っててね」
「俺の顔はおまえのキャンバスか」
すでに完成度の高いメイクを施されているのに、好奇心が刺激されたのかまたもアレンジを加えようとしている瑠璃に心操はげんなりした。
(……文化祭が終わったら……今度こそ、言わなきゃな)
もう、きっと編入試験まで時間がないだろうから。
先延ばしにしていたそれを今度こそ話そうと、心操は決意を固めるのだった。
天喰と一緒に昼食を取ろうとランチラッシュのメシ処に並んでいたところ、近くにA組の切島の姿があったので天喰に声をかけなくていいのかと伺っていた時だった。
天喰は特に今話すことはないし、切島もクラスの友だちであろう人物と一緒にいたから、声をかけるのは躊躇われた。けれどそこで切島たちに聞こえるように揶揄する声が上がった。
「そういや、A組はあれだろ? 俺らのためにライブやるんだって。さすがヒーロー科、心構えが違うよなぁ、
その声は嫌に耳に着いた。明確な嫌味。悪意を持って口にしていることがよっぽど鈍感な者ではない限り伝わっただろう。
切島たちは聞こえないふりをしているようだったが、天喰は何とも言えない顔をしていたし、瑠璃は小首を傾げていた。
「環くん。A組がライブやると何か問題なの?」
「え……いや、問題じゃないよ。ただその……A組は入学以降、何かと注目を浴びてる。寮になったのもヒーロー科が度重なる襲撃を受けてからの処置だから……この環境が窮屈だと思ってる人たちもいるんだよ。怒りの行き場がないんだと思う」
「へぇ……」
瑠璃は寮になったことに対して別段不便を感じていなかった。
母親の放任主義は今に始まったことではないし、衣食住だって不自由していない。気軽に外出も遠出もできなくなったのは残念だけれど、今の瑠璃は天喰が傍にいてくれるならどこだって楽しめていた。むしろ、寮になってよかったとすら思っている。友だち一号とも、そうやって仲良くなったものだから。
「決めたわ。環くん、今日は切島と一緒にランチしましょ。連れてきて」
「え!? そんな急に……! 切島くん友だちといるみたいだけど……」
「普段友だちとは一緒にいるんでしょ。私と環くんと一緒に食べれる方が激レアよ。泣いて喜ぶに決まってるわ」
「(それは言い過ぎだよ瑠璃ちゃん……)んんっ……わかった、一応声はかけてみるけど……あんまり期待しないでね……」
瑠璃が言い出したら聞かないことを知っている天喰は、しぶしぶ切島に声をかけに行った。
対して、切島は天喰の誘いに二つ返事で頷き、友だちに断りを入れると瑠璃のもとにトレイを抱えてやってきた。相変わらずいい奴であった。
「どうした揚羽? 俺になんか用か?」
「用も用よ。大事なことだから呼んだのよ」
「大事なこと……? なんだ?」
まずは座りなさいと席を促す瑠璃に言われるがまま座る。
天喰は瑠璃ちゃんどうしたんだろうと内心で首を傾げていた。天喰でもこの時ばかりは瑠璃の思考が読めなかったのだ。
「私ね、寮になってよかったって思ってるわ」
「お、おう?」
「寮になってから、環くんと一緒に過ごせる時間が増えたし、友だちも出来た。先輩とも仲良くなったわ」
「それは……よかったな?」
指折り数える瑠璃に対し、切島は瑠璃の言っていることがよくわからなかった。
切島にとって瑠璃はずっとよくわからない女子だ。滅茶苦茶女子っぽいのは分かるけれど、その思考回路は切島からすると到底理解できないものだった。
反対に天喰は瑠璃が伝えようとしていることを察して、眩しいと言わんばかりに目を覆っていた。
「だから、あなたたちが襲われて、その結果寮になったことで……楽しく過ごせてる人間もいるってことよ」
「……え」
「ヒーロー科だものね。ああいう声に何も思わないなんて無理でしょうけど……でも、そんな風に思ってないどころか、結果的に感謝してる人間もいるってことも、知ってたらいいんじゃないかしら」
照れが出てきたのか、最後の方は少しツンとした言い方になってしまったが、それでも切島には瑠璃の言いたいことが伝わったようだった。
しばらく信じられないものを見るかのような目で見られたが「何よ」と言うと、切島が快活に笑った。
「ありがとな! 揚羽! おまえって意外といい奴だ!」
「意外とってなによ意外とって……」
「誤解されやすい奴だと思ってよ。まさか、襲撃されたことも含めて丸っと肯定されるとは思ってなくてよ……おまえ、すごいよ」
「それって……褒めてるの?」
「あったりまえだろ!」
切島の裏表のない笑顔を見て、瑠璃はあなたもなかなかのバカねと内心で思った。馬鹿正直というか、なんというか。天喰が切島を太陽というのも何となくわかる気がした。
そしてその天喰は「瑠璃ちゃんが眩しい……」とまるで女神を崇めるかのごとく両手を軽く組んで顔を覆っていた。大体いつもの光景であった。
そうして、ようやく瑠璃の納得のいくカップケーキが出来上がったのは、いよいよ文化祭本番を控えた前日だった。
なんでも、エリちゃんが文化祭に参加するらしく、薔薇以外にも子どもウケのいいものをと動物の形のデコレーションも挑戦していたのだった。
文化祭の合間に試行錯誤を繰り返したそれは、実に心操にして「俺、当分甘いものはいいわ……」と一時的な甘いもの嫌いを発令させたくらいだった。
「きっと喜ぶわね。あの子、笑ったことがないんですって……でも、これを見たら絶対笑うはずよ。笑わないはずがないわ」
「おまえのその自信はどっから来るの……難易度高いだろどう考えても」
「そこはおまえの……ほら。お得意の洗脳で……」
「俺の洗脳を便利アイテム扱いするんじゃない」
依然として心操の洗脳は魔法扱いされていた。何度も「美味しくなれって言って」と言われ、心操はもう何でも反射的に美味しくなれと唱えるほどだった。いただきますより先に美味しくなれが出て、辺りの空気が一瞬凍ったほどだった。女王様の相談役は激務なのだ。
「文化祭楽しみね!」
「完成度高いしなァ……阿鼻叫喚だろうな」
「メイクの完成度がえぐいんだって」
「メイクは得意よ。本番は描きたいの増えたから、もっと色々やるの。心操楽しみに待っててね」
「俺の顔はおまえのキャンバスか」
すでに完成度の高いメイクを施されているのに、好奇心が刺激されたのかまたもアレンジを加えようとしている瑠璃に心操はげんなりした。
(……文化祭が終わったら……今度こそ、言わなきゃな)
もう、きっと編入試験まで時間がないだろうから。
先延ばしにしていたそれを今度こそ話そうと、心操は決意を固めるのだった。
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