瑠璃と天喰は無事に交際することになったのだが、そのお付き合い自体は大分変わったものだった。
付き合ったのだから一緒にお昼を過ごしましょうと朝一番に瑠璃が誘い、天喰がそれに長い長い時間をかけて了承し、いざ一緒にランチラッシュのメシ処に来ても、天喰は瑠璃の向かいにも隣にも座れないのだ。斜め前に座るのが精々で、瑠璃はさすがにため息を吐くのだった。


「ねぇ、環くん。いつになったら馴れるの? もう一ヵ月よ?」
「うっ……ごめん瑠璃ちゃん……瑠璃ちゃんが近くにいると思うと、心臓がバクバクで何も考えられなくなるんだ……」
「ついでに何もできなくなるものね。むしろ私が食べさせてあげた方がいいのかしら?」
「それこそ恥ずかしくて死んでしまう……っ」

相変わらずの天喰の様子に瑠璃は再びため息を吐いた。
お付き合いをして一ヵ月、進んだことと言えば何とか名前で呼ぶようにできたことくらいだ。名前一つも呼べないで、あのだのそのだの言われるのに焦れったさを感じた瑠璃が「名前で呼ばないなら返事しないわ」とガン無視を決め込み、それに堪えた天喰がやけくそで瑠璃ちゃんと呼んでから何とか呼べるようになったのだった。


(どうしましょう、想像以上に奥手だわ)

ここまでとは想定外だったと瑠璃は頭を悩ませた。
天喰がずっと瑠璃を見ていたことは知っていた。その視線があまりにも熱いものだったから。でもあまり華のある人ではなかったからそのまま放置していたのだ。状況が変わったのは体育祭の後で、その視線の持ち主が三年のヒーロー科でビッグ3の一人だと知ってからだった。
瑠璃が雄英高校に進学したのは将来有望な者たちが多く集まるからだ。コミュニティにせよ、恋愛にせよ、優秀な人間とする方が有意義だと思って進学したのだ。その点で言えばビッグ3の一人に好かれているというのは都合がよかったのだ。

瑠璃は細い割に意外と食べる天喰を盗み見た。
瑠璃が近くにいるだけで心臓がバクバクするというのは本当のようで、緊張した様子で食事を続けていた。もう一ヵ月この調子である。
てっきり瑠璃は大好きな瑠璃と付き合えるのだから、喜んでデートだなんだと一緒にいたがると思っていたのにそんなことはなかった。誘うのはいつも瑠璃の方で、恋愛のリードをするのも瑠璃の方。キスの一つも不意打ちで仕掛けるしかない現状に瑠璃は何だか退屈を感じていたのだった。












ホームルームが終わった後、瑠璃は心操の腕を掴んで無理やり連行した。心操は抗議したが瑠璃は一切聞かず、相変わらずの傍若無人振りに心操はため息を一つ吐いて「はいはい、女王様の仰せのままに」と受け入れることにしたのだった。
そうして連れてこられたカラオケボックスに心操はマジか、と思いつつも入った。瑠璃に抗議したところで聞くわけがないので。


「――で、さっそく浮気?」

ドリンクバーで用意したドリンクを飲むと、心操は瑠璃に呆れた表情を向けた。
心操は瑠璃に邪な感情など抱いていないし、瑠璃だってそれは承知の上だった。もし心操にそう言った感情が少しでもあれば、瑠璃は心操を連れてこなかっただろう。瑠璃が心操と関わり続けているのはそういった事情もあったのだった。
だが、実情はどうであれ、はたから見ればこれは浮気に該当するのかもしれない。異性の友だち――友だちなのか怪しいが――とカラオケボックスといえど密室で二人きりなのだ。加えて瑠璃の恋愛遍歴は大層ごちゃついている。誤解される予感しかしなかった。どうかバレませんようにと心操が思っていると、瑠璃が口を開いた。


「浮気じゃないわ。まだね」

けろっとした顔でまだと口にする瑠璃に心操はおいおいと更に呆れる。


「まだって……する予定あんの? 一人に絞るんじゃなかった?」
「素敵な人が現れたらって言ったわ」
「その素敵な人かもしれない人と今付き合ってるんだろ。違ったの?」
「ええ……思ってたのと違ったわ。退屈なの」

ストローでからんと氷をかき混ぜる瑠璃に、退屈だから浮気するのかよと心操は若干冷めた目を向けた。今のでよく同性から嫌われる理由が十分すぎるほどわかった気がした。
けれど、心操は自分を呼んだということは話を聞いてほしい段階なんだろうなと思い、しょうがないので付き合ってやることにした。


「思ってたのと違うって、何が違ったの」
「恋人らしいことなんて全然できないの。ちょっと傍に寄っただけでビクッとして距離を取るのよ。何かを誘うのも、話をするのも全部私から。ねぇ、私たち付き合ってるのよね?」
「……そうなんじゃない」

心操が投げやり気味とはいえ肯定したにもかかわらず、瑠璃は納得がいかないようだった。「これのどこが付き合ってるって言えるの?」と大層不服そうだ。それに心操は呆れ気味に尋ねた。


「じゃあ逆に聞くけど、恋人らしいことって何?」
「そんなの愛情表現に決まってるでしょう?」

何だかものすごく呆れた目を心操は向けられた。瑠璃の中ではそうだと決まっているらしい。さすが恋多き女は違うなと心操は遠い目をした。そうして瑠璃の恋愛観語りは続く。


「愛は囁くもので、その手で、唇で感じるものなの」
「それはまた……」
「でも環くんは真っ赤になるだけで返してはくれないわ」
「……そりゃ、まぁ……刺激が強すぎるんじゃない?」

心操が冷静にそう返すと、瑠璃は不思議そうな顔をした。心操は天喰と直接話したことはなかったけれど、瑠璃と一緒にいるところを度々目撃していたし、瑠璃からもその人となりを聞いている。だからまぁ、随分奥手なんだろうなとは理解していた。
それに瑠璃自身もシャイな人だと言っていたから、そりゃそうなんじゃないといった気持ちだった。


「どうして? 私のこと好きなのに」
「……揚羽、おまえね……」

一点の曇りもなく瑠璃の不思議がる様子に心操は深く深くため息を吐いた。
自分のことが好きだと疑っていないのに、恋人らしいことが出来ないから退屈だと言って浮気を視野にいれる瑠璃に呆れてものも言えなかった。
けれどここで何も言わなければ、瑠璃が本当に浮気に走りそうで心操はぐっと堪えて諭すことにした。


「好きだからって、わき目もふらずに愛情表現できるわけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「だから……好きだからこそ、大事にしたいって気持ちがあったっておかしくないだろってこと」

何で自分がこんなことを言わないといけないのか、何だかものすごく恥ずかしかった。
瑠璃は何かを考えるように小さな顎に手を当てていた。心操は「まぁ、人それぞれ形があるんだよ」と言うと「もういいだろ」とカラオケボックスを出て行った。

心操が出て行ってからも瑠璃は思案を続け、そうして時間を告げるコールが鳴ると大人しく帰っていく。その足取りはふよふよとしていて、まるで蝶の様だった。


 


戻る
top