蝶は気ままに舞うもので
心操と話した後、瑠璃なりに考えて出した結論はその愛の形とやらが何なのか知りたいといったものだった。
天喰の愛の形、その愛情表現が何なのかを知るために瑠璃はひとまず他所に目を向けるのをやめることにした。その間も天喰は相変わらずシャイだったし、瑠璃と一緒にいるだけで心臓がバクバクと保たないようだったけれど、そんなことは瑠璃には関係なかった。
「環くん、ここ分からないわ」
「どれ……? ああ、これはここが未来形になってるから……ここを直して……はい、出来たよ」
「ふーん、ありがとう」
「どういたしまして。瑠璃ちゃんの役に立てたならよかった」
近づいた距離に顔を赤くしながらもほっとする天喰に瑠璃は頭がいいのよねと思った。
試験が近づいていた。高い偏差値を誇る雄英の授業はレベルも高く、自習だけでは心もとなかった。そのため瑠璃は天喰に勉強を教えてもらっていたのだった。自身も3年という大事な時期であるのにも関わらず、天喰は二つ返事で「俺で役に立てるなら」と頷いてくれた。そうして実際教えてもらうと、天喰は実にいい先生であった。試験もこれで大丈夫だろう。
大丈夫だと思ったら瑠璃は勉強に飽きてしまって、途端に退屈になった。目の前で黙々と勉強を進める天喰にそうだと悪戯心がわいた。
「ねぇ、環くん。ここもわからないのだけど」
「ん? どれ?」
そう言って瑠璃が指さした問題を見ようと身を乗り出した天喰に、瑠璃はすかさず腰を浮かせてちゅ、とリップ音を立ててその頬に口付けた。
途端に茹蛸のように真っ赤になって狼狽する天喰にくすりと笑った。
「瑠璃ちゃん……」
「ちょっと悪戯したくなったの。怒っちゃやぁよ」
「怒らないけど……心臓に悪いよ……」
「本当、いつになったら慣れるのかしらね」
「一生慣れない気がする……」
大真面目な顔でそんなことを天喰が言うものだから、瑠璃は若干呆れたような視線を向けた。瑠璃も本当にそんな気がしてしまったのだった。
テスト期間ということもあり、雄英では自習用にいくつかの空き教室や空きスペースが解放されていた。瑠璃たちのいるランチラッシュのメシ処もその一つで、隅の方で瑠璃と天喰は二人で過ごしていた。
瑠璃は何だか唐突にレモネードが飲みたくなり、天喰に頼むことにした。
「環くん」
「なに? 瑠璃ちゃん」
「レモネードが飲みたいの」
じっと瑠璃の双眸が天喰を見つめた。天喰は突然の瑠璃の主張にも真面目に向き合ってくれた。レモネードが売っている場所と考えて、あれと思う。
「うちでは売ってなかったような……?」
「飲みたいの」
瑠璃はどうしてもレモネードが飲みたいらしい。他でもない瑠璃が飲みたいと訴えている。それならば自分が取るべき行動は一つだと天喰は迷わなかった。
「ごめん瑠璃ちゃん、ちょっと待ってて。……作ってみる」
「ええ、待ってるわ」
にっこりとした瑠璃の笑顔に見送られ、天喰は材料を調達しに向かった。
ないのなら作ればいい。瑠璃がそれを求めているのなら叶えてみせる。天喰はシャイで瑠璃の望む愛情表現は出来ていなかったけれど、瑠璃が好きだと言う気持ちは本物であったのだった。
職員室に行ってもランチラッシュは生憎不在だった。校内を回ってランチラッシュをようやく捕まえて、材料を分けてもらうことに成功し、ついでに厨房も借りてレモネードを作れた頃には30分以上経っていた。
ちょっと待ってとは言ったものの、喉が渇いているだろう瑠璃を思うと待たせすぎたかもしれないと焦りつつ、零さないように慎重に瑠璃がいる場所へと運んだ。
「お待たせ瑠璃ちゃん、レモネードできたよ……」
「もう環くん遅いわ!」
「ご、ごめん……」
案の定瑠璃は立腹だった。仕方ない事とは言え、30分以上放置したのがよくなかった。
瑠璃はことっと差し出されたレモネードを一瞥すると、すぐに興味がなさそうに視線がそらされた。
「それもういらないわ。気分じゃなくなったの」
「え、そうなんだ……?」
本当に気分ではなくなったらしく、レモネードにはそれっきり見向きもしなかった。天喰は面食らいながらも喉が渇いていないならよかったと安堵した。何となくその時飲みたかったのだろう。じゃあこれは俺がいただこうと思っていたら、瑠璃のわがままはまだ終わりではなかった。
「それより私スミレの砂糖漬けが食べたいわ」
「スミレの砂糖漬け……スミレあったかな……というか、漬けるなら時間がかかるような……」
それは瑠璃の好物として記憶していた。瑠璃はたまに持参したスミレの砂糖漬けを食べていたから。その光景がなんとなく天喰は好きだった。まるで蝶々が花の蜜を汲んでいるようで、似合うなと度々見惚れていたのだった。
だが今日は生憎切らしているらしい。スミレの砂糖漬けが食べたいというのなら叶えてやりたかったが、肝心のスミレが手に入るかわからなかった。
「環くん」
どこか圧のある声に天喰はびくりとしつつも「な、なに瑠璃ちゃん」と返す。
その先の言葉は何か予想出来たけれど、反射的に出た言葉だった。あと出来ればそうであってほしくない気持ちもあった。
だが天喰の願いも空しく、それは現実となった。
「なんとかして」
「……はい」
天喰が瑠璃の頼みを断れるはずがないのだ。天喰は奔走する。瑠璃の願いを叶えるために。
そうして試行錯誤の結果、花の種をもらって意を決してそれを素に再現≠オてスミレを調達し、超特急で乾燥させ、砂糖をこれでもかとかけて漬けることで何とかそれらしくすることに成功した。
だがそうやって瑠璃に献上した頃には「気分じゃなくなったわ」と瑠璃に一蹴されるのだった。
瑠璃の願い一つ満足に叶えてやれない自分はダメな奴だと落ち込む天喰の姿に、さすがに瑠璃も思うところがあったのか「これ……後でいただくわ」と言って受け取るのだった。
「あら……? 随分ちゃんとしてるのね」
家でもらったスミレの砂糖漬けを食んでいると、あの短時間でできたとは思えないほど出来が良かった。花の状態がいい。砂糖漬けにしても美しかった。
瑠璃は少し考えた後、天喰のラインにメッセージを送る。「綺麗だからまた作って」と写真を添えて送ったそれに秒で既読がつくも、返事はなかなか返ってこなかった。さすがに怒ったかしらと思っているとそれから数時間後に「よろこんて」と返ってきて、思わずフッと笑った。
(もしかして、今の今までなんて返そうか悩んでたのかしら)
誤字までしているそれが何よりの証拠のようで、何だか不思議な気持ちになった。
これが心操が言った愛の形なのだろうか。だとしたら何だかちょっとだけ天喰らしいなと思うのだった。
天喰の愛の形、その愛情表現が何なのかを知るために瑠璃はひとまず他所に目を向けるのをやめることにした。その間も天喰は相変わらずシャイだったし、瑠璃と一緒にいるだけで心臓がバクバクと保たないようだったけれど、そんなことは瑠璃には関係なかった。
「環くん、ここ分からないわ」
「どれ……? ああ、これはここが未来形になってるから……ここを直して……はい、出来たよ」
「ふーん、ありがとう」
「どういたしまして。瑠璃ちゃんの役に立てたならよかった」
近づいた距離に顔を赤くしながらもほっとする天喰に瑠璃は頭がいいのよねと思った。
試験が近づいていた。高い偏差値を誇る雄英の授業はレベルも高く、自習だけでは心もとなかった。そのため瑠璃は天喰に勉強を教えてもらっていたのだった。自身も3年という大事な時期であるのにも関わらず、天喰は二つ返事で「俺で役に立てるなら」と頷いてくれた。そうして実際教えてもらうと、天喰は実にいい先生であった。試験もこれで大丈夫だろう。
大丈夫だと思ったら瑠璃は勉強に飽きてしまって、途端に退屈になった。目の前で黙々と勉強を進める天喰にそうだと悪戯心がわいた。
「ねぇ、環くん。ここもわからないのだけど」
「ん? どれ?」
そう言って瑠璃が指さした問題を見ようと身を乗り出した天喰に、瑠璃はすかさず腰を浮かせてちゅ、とリップ音を立ててその頬に口付けた。
途端に茹蛸のように真っ赤になって狼狽する天喰にくすりと笑った。
「瑠璃ちゃん……」
「ちょっと悪戯したくなったの。怒っちゃやぁよ」
「怒らないけど……心臓に悪いよ……」
「本当、いつになったら慣れるのかしらね」
「一生慣れない気がする……」
大真面目な顔でそんなことを天喰が言うものだから、瑠璃は若干呆れたような視線を向けた。瑠璃も本当にそんな気がしてしまったのだった。
テスト期間ということもあり、雄英では自習用にいくつかの空き教室や空きスペースが解放されていた。瑠璃たちのいるランチラッシュのメシ処もその一つで、隅の方で瑠璃と天喰は二人で過ごしていた。
瑠璃は何だか唐突にレモネードが飲みたくなり、天喰に頼むことにした。
「環くん」
「なに? 瑠璃ちゃん」
「レモネードが飲みたいの」
じっと瑠璃の双眸が天喰を見つめた。天喰は突然の瑠璃の主張にも真面目に向き合ってくれた。レモネードが売っている場所と考えて、あれと思う。
「うちでは売ってなかったような……?」
「飲みたいの」
瑠璃はどうしてもレモネードが飲みたいらしい。他でもない瑠璃が飲みたいと訴えている。それならば自分が取るべき行動は一つだと天喰は迷わなかった。
「ごめん瑠璃ちゃん、ちょっと待ってて。……作ってみる」
「ええ、待ってるわ」
にっこりとした瑠璃の笑顔に見送られ、天喰は材料を調達しに向かった。
ないのなら作ればいい。瑠璃がそれを求めているのなら叶えてみせる。天喰はシャイで瑠璃の望む愛情表現は出来ていなかったけれど、瑠璃が好きだと言う気持ちは本物であったのだった。
職員室に行ってもランチラッシュは生憎不在だった。校内を回ってランチラッシュをようやく捕まえて、材料を分けてもらうことに成功し、ついでに厨房も借りてレモネードを作れた頃には30分以上経っていた。
ちょっと待ってとは言ったものの、喉が渇いているだろう瑠璃を思うと待たせすぎたかもしれないと焦りつつ、零さないように慎重に瑠璃がいる場所へと運んだ。
「お待たせ瑠璃ちゃん、レモネードできたよ……」
「もう環くん遅いわ!」
「ご、ごめん……」
案の定瑠璃は立腹だった。仕方ない事とは言え、30分以上放置したのがよくなかった。
瑠璃はことっと差し出されたレモネードを一瞥すると、すぐに興味がなさそうに視線がそらされた。
「それもういらないわ。気分じゃなくなったの」
「え、そうなんだ……?」
本当に気分ではなくなったらしく、レモネードにはそれっきり見向きもしなかった。天喰は面食らいながらも喉が渇いていないならよかったと安堵した。何となくその時飲みたかったのだろう。じゃあこれは俺がいただこうと思っていたら、瑠璃のわがままはまだ終わりではなかった。
「それより私スミレの砂糖漬けが食べたいわ」
「スミレの砂糖漬け……スミレあったかな……というか、漬けるなら時間がかかるような……」
それは瑠璃の好物として記憶していた。瑠璃はたまに持参したスミレの砂糖漬けを食べていたから。その光景がなんとなく天喰は好きだった。まるで蝶々が花の蜜を汲んでいるようで、似合うなと度々見惚れていたのだった。
だが今日は生憎切らしているらしい。スミレの砂糖漬けが食べたいというのなら叶えてやりたかったが、肝心のスミレが手に入るかわからなかった。
「環くん」
どこか圧のある声に天喰はびくりとしつつも「な、なに瑠璃ちゃん」と返す。
その先の言葉は何か予想出来たけれど、反射的に出た言葉だった。あと出来ればそうであってほしくない気持ちもあった。
だが天喰の願いも空しく、それは現実となった。
「なんとかして」
「……はい」
天喰が瑠璃の頼みを断れるはずがないのだ。天喰は奔走する。瑠璃の願いを叶えるために。
そうして試行錯誤の結果、花の種をもらって意を決してそれを素に再現≠オてスミレを調達し、超特急で乾燥させ、砂糖をこれでもかとかけて漬けることで何とかそれらしくすることに成功した。
だがそうやって瑠璃に献上した頃には「気分じゃなくなったわ」と瑠璃に一蹴されるのだった。
瑠璃の願い一つ満足に叶えてやれない自分はダメな奴だと落ち込む天喰の姿に、さすがに瑠璃も思うところがあったのか「これ……後でいただくわ」と言って受け取るのだった。
「あら……? 随分ちゃんとしてるのね」
家でもらったスミレの砂糖漬けを食んでいると、あの短時間でできたとは思えないほど出来が良かった。花の状態がいい。砂糖漬けにしても美しかった。
瑠璃は少し考えた後、天喰のラインにメッセージを送る。「綺麗だからまた作って」と写真を添えて送ったそれに秒で既読がつくも、返事はなかなか返ってこなかった。さすがに怒ったかしらと思っているとそれから数時間後に「よろこんて」と返ってきて、思わずフッと笑った。
(もしかして、今の今までなんて返そうか悩んでたのかしら)
誤字までしているそれが何よりの証拠のようで、何だか不思議な気持ちになった。
これが心操が言った愛の形なのだろうか。だとしたら何だかちょっとだけ天喰らしいなと思うのだった。
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