瑠璃は結局自分が頼んだものの他に、天喰が頼んだほうじ茶ロールまでいただいた。
流石に全部は入らなかったのだけれど、当初の予定通り二人でシェアする形で消費したのだった。天喰の胃が大きいのでなんら心配もなかった。

途中、他の客が周りにいなかったのをいいことに、瑠璃は「ほら、あーん」と天喰の唇にシフォンケーキを持ってきた。天喰は目に見えて狼狽えていたが「食べないの?」と言外に私のケーキが食べれないっていうのと滲ませれば、天喰は意を決して口を開けるのだった。「美味しい?」と聞いて返ってきたのは「……緊張しすぎて味がしない」といったものだったけれど。それすらおかしくて瑠璃はくすくすと笑うのだった。
なんだかんだ恋人らしいかもしれない。情熱的なそれではないけれど、疑いようもなく自分のことが好きなのだけは伝わるから。これもいいのかもしれないと、ほんの少しだけ瑠璃は思うのだった。








カフェで一休憩を終えると、瑠璃たちは美術館へと足を運んだ。
そこにはペイネが描いた柔らかな恋人たちの絵画があり、瑠璃はそれを微笑ましく見つめていた。


「どれも幸せそうだわ。そう思わない?」
「うん。こっちも幸せな気持ちになってくるよ」

天喰の共感を得た瑠璃は満足して、踊るように軽やかな足取りで一枚の絵の前に立った。冬景色の中で、座った女性に跪いて、燃えるようなハートを差し出した男の絵。


「私、この絵が好きよ。とっても情熱的でしょう?」
「ああ……うん、瑠璃ちゃんらしいよ」

冬の寒さに負けないくらい熱いハートをもった男。そのハートは間違いなく女性への愛だろう。こんなにも君を愛していると言葉なくとも語るそれが、瑠璃の求める愛情表現に合致していた。


「環くんは? どれが好き?」
「俺? 俺は……」

そう言って天喰はキョロキョロと辺りを見渡して、遠くに見つけた絵に惹かれるように進んだ。
それを瑠璃も追うと、そこには森の中で大きな木を背に、寄り添う恋人たちがいた。周りには白い鳥が飛んでいる。


「これかな……」
「どうして?」
「この男の人の頭の上に……青い鳥がいるから」
「青い鳥?」

瑠璃がもう一度絵を見ると、確かに男の人の頭の上に青い鳥が一羽いた。それが理由なのと疑問に思っていると、天喰が説明してくれた。


「青い鳥は幸せの象徴だ。白い鳥の番もそう。だから、この二人は幸せになることが約束されてるんだ」
「……そう」
「それに、この青い鳥の色が……瑠璃ちゃんの周りによくいる蝶々と同じ色だ。瑠璃ちゃんの幸せが約束されてるようで……俺は嬉しい」
「え……」

さらっと恥ずかしい事を言う天喰に瑠璃は面食らった。
もうそれ、私みたいだからその絵を好きになったんじゃないの、とすら思う。


『まぁ、人それぞれ形があるんだよ』

何故か心操の気怠い声を思い出した。
天喰は瑠璃の幸せを願っている。今まで受けたことのない愛の形だった。それがとても照れくさくて、恥ずかしくて、落ち着かなくて「次に行きましょう」と促すのだった。









次に訪れたのはローズガーデン。多種多様な美しい薔薇が咲き乱れるそれは圧巻だった。


「香りがいいわね。よく手入れされているわ」

顔を近づけてその香りを楽しむ瑠璃に天喰は蝶を錯覚した。まるで蝶々が花の蜜を求めるように、戯れるように、花に口付けを落としているように見えた。
ぽうっと魂を抜かれたかのように瑠璃に見惚れていると、本当に視界に蝶々が入ってきた。青い鳥と似ていると言ったそれ、オオルリアゲハ。それが瑠璃の周りをふよふよと浮遊していた。


「……蝶々」
「ああ、これだけ綺麗だもの。あなたも惹かれてきたのね」

すっと瑠璃が差し出した指先に蝶々はふわりと止まった。まるで意思疎通をしているような、不思議な光景に天喰はこれが現実なのか少しわからなくなった。

瑠璃を初めて見た時もそうだった。瑠璃の周りに蝶が飛んでいて、それが信じられないほどに美しかった。瑠璃をまるで艶やかな蝶々みたいだと思って、瑠璃の噂を知ってもあんなに綺麗なんだから周りがほっとくわけがないと思う日々だった。
その瑠璃の誰より近くにいるのが自分だと言うのが、天喰は未だに信じられない。天喰にとって瑠璃は聖域で、天上人であった。


「環くん? どうしたの? ぼーっとして」
「……ハッ、いや、これはその……」
「暑さにやられてしまったかしら? 涼しいとは言っても夏には変わりないものね。少し休みましょ」
「あ……うん」

暑さにやられてしまったと勘違いした瑠璃が、繋がれた天喰の手を引いて休憩所まで進んだ。
そこまでの道すがら、メルヘンチックな三輪車のオブジェを見かけて、瑠璃に似合いそうだと思った。ああいう庭で瑠璃と蝶が戯れていたらどれほど美しいだろう。きっと自分はあまりの美しさに直視できないだろうなと、そんなことを思ったのだった。


 


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