砂時計が巡って落ちて、消えてって

冬休みに入るに伴い、見合わせされていたインターンが再開することになった。
雪音は約束通りエンデヴァー事務所でお世話になることが決まっている。その予定通り冬休みに入るとすぐにインターン活動をすることになるのだった。


「1年生も……インターンを?」
「ああ。冬休みの課題らしい。焦凍は当然として……もう2名受け入れることになった」
「2名……? 緑谷くんと飯田くん……?」
「緑谷は当たりだが、もう一人は違うな……爆豪というやつだった」
「ばくごう……」
「おまえも知ってるはずだ。補講の時話してただろう」
「……ああ、あの子」

補講という単語でようやく合点がいった。ツンツンした薄い金髪の、赤い目をしたギラついた男の子。強くなるなと強く感じた後輩だった。
それにしても珍しいと思う。焦凍はともかく、エンデヴァーが1年生のインターンを受け入れるとは思わなかった。雪音が乏しい表情ながら、不思議に思っていることを察したのか、教えてくれた。


「二人は焦凍の友だちらしい。焦凍の頼みだ……受け入れんわけにはいかんだろう」
「友だち……」

緑谷が友だちなのは知っているが、爆豪も友だちとは思わなかった。随分焦凍とタイプが違うように見えたが、そんなものは友情の壁にはならないのだろう。雪音は焦凍くん、誰とでも仲良くなれるのね、と大変好意的に見ていた。
エンデヴァーが咳払いをして、どこか伺うように雪音に尋ねる。


「おまえは……その……友だちはいるのか」
「……友だち……」

そこで初めて雪音は友だちというものを考えてみる。通形は入学してすぐ話しかけてきて、それからずっと話しかけてくる。天喰も通形が連れてきて、なんだかんだ話す機会はある。波動は体育祭からよく話しかけてくるようになった。
そして……寮になって、たくさん助けてもらって、ミスコンの準備も一緒にして……九州での戦いをテレビで見た時、手を握ってくれた……友だち。


「すまん、変なことを――」
「……います」
「む」
「います……私にも……そんな人たちが、います」
「……そ、そうか! それはいいことだ。大事にしなさい」
「……はい」

今まで意識していなかったけれど、自分にも友だちがいたのだと何だか胸がいっぱいになった。どんなふうに言っていいのか、言葉にはできないけれど……それでいいと言ってくれた。言わなくたって分かるから、伝わってるから、それでいいと。
大事にしようと思う。自分の出来る、精一杯で。運命のインターンが始まろうとしていた。








雪音はようやくバーニンの温泉卵にありつけたこともあり、インターンがある日はとんでもない量の温泉卵を食していた。さすがのバーニンも「あんた、栄養偏りすぎでしょ。これも食べな」と焼き鳥だサラダだ刺身だと差し出してきた。一応食べた。
今日は焦凍たちの始めてのインターン日だとわかってはいたが、依頼の関係で雪音が少し遅れて戻ってきた頃には、自己紹介的なものが行われようとしていた。


「あ、ネージュおかえり〜! 撮影どうだった?」
「ただいま。いつも通りだった」
「大成功で何より! あんたちょうどいいとこ帰ってきたよ。今からこの子たちの自己紹介タイム! 見てきな、初めての後輩でしょ?」
「……わかった」

バーニンに肩を組まれ、半強制的に見物コースだった。
大人しく傍らで見ていると、始まった自己紹介一発目は緑谷だった。緑谷は初対面の時以上にブツブツと長々話していて、雪音もじっと耳を傾けていた。よく分析されている、と雪音はむしろ関心さえした。


「長くて何言ってんのかわかんない! あんたわかった!?」
「うん。エアフォースっていう技と同じように、あのムチも出力を瞬間的に上げて、瞬時に下げれるようにした上で、エアフォースと一緒に使いたいんですって。でも今は並行処理できてないから、それをどうにかしたいって言ってる」
「マジか! あんた意外と人の話聞いてるよね。でもあんたとの会話結構ずれるの何で? 天然だから?」
「? 私はどちらかというと人工物……」
「それそれ! やっぱ天然なんかねぇ……かわいいからいいけどね」

乏しい表情ながら、どこかきょとんとした雪音を可愛い可愛いと撫でまくる。
雪音はよくわからなかったが、バーニンがこういうことをするのは今に始まったことではないため、されるがままになっていた。
エンデヴァーも当然のように緑谷の言いたいことをより端的に理解し、次の爆豪を促した。


「逆に何が出来ねーのか、俺は知りに来た」

思わぬ発言に、雪音はぱちりと瞬きをした。バーニンが生意気を言っていると笑うけれど、爆豪は本心だと吐き捨てた。
雪音はそういえば、この子は何だか、ずっと走っているような子だなと思う。止まらないと言った通り、ひたすら強さを追い求めているような戦闘スタイルだった。


「「爆破」はやりてェと思ったこと何でも出来る! 一つしか持ってなくても・・・・・・・・・・・一番強くなれる」

その言葉に雪音はじっと爆豪を見つめた。その言葉は……雪音の心の深いところに刺さったような気がした。
一つしか持ってないのは雪音も同じだった。氷結しか雪音は持ってない。氷しか、ない。天喰が言った言葉が脳裏を過って、顔を俯けた。


「それにもうただ強ェだけじゃ、強ェ奴にはなれねーってことも知った。NO.1を超える為に足りねーもん見つけに来た」

本当に、この子は止まらないんだなと雪音は感じた。NO.1になるために必死で走っている。自分とは違うと改めて強く感じた。それと同時に、この子はすごいヒーローになるとも。雪音が抱いた爆豪の印象はそんなところだった。

そして焦凍も自分から話をする。その言葉は……雪音にも無関係ではなかった。


「ガキの頃、おまえに叩き込まれた個性≠フ使い方を、右側・・で実践してきた。振り返ってみればしょうもねェ……おまえへの嫌がらせで頭がいっぱいだった。雄英に入って、こいつらと……と過ごして競う中で……目が覚めた。エンデヴァー、結局俺はおまえの思い通りに動いてる」

雪音は知っている。焦凍は冷のことが大好きだったことを。だからこそ許せなかったのも、半冷半燃じゃなくても、NO.1になれるって証明したかったことも。くだらなくも、しょうもなくもないと雪音は思う。だって雪音は……それが悪い事だって、間違ってるって、思ったことなどなかったのだから。だから、その姿勢に対して何も言わなかった。
でも、言ってくれた緑谷がいたから、焦凍はより良い形で前に進めているのだと今は理解している。


「けど覚えとけ。俺が憧れたのは……お母さんと雪音さんと三人で観た、テレビの中のあの人だ」

その言葉に思い出す。「もう大丈夫! 何故かって!? 私が来た!!」と叫ぶナチュラルボーンヒーローオールマイトの姿を。キラキラした、幼い焦凍の顔を。


「俺はヒーローのヒヨっ子として、ヒーローに足る人間になる為に、俺の意志でここに来た・・・・・。俺がおまえを利用しに来たんだ。都合良くてわりィなNO.1。友だちの前でああいう親子面はやめてくれ」

すっかり、焦凍はとっくに……遠くへ行っていた。歩き出したのは体育祭だったのに、もう、もうとっくにたくさんのものを乗り越えて前へ進んでいる。
あの頃の泣いていた焦凍も、行かないでと言えずに、それでも縋ってきた焦凍も、寂し気な焦凍も、もうどこにもなかった。

――雪音の時間だけが……停まってる。 瀬古杜岳で焼け死んだ、燈矢だけが……雪音と同じところにいる。


 


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