揺蕩う夢

課題として出された冬休みのインターン、爆豪はベストジーニストが行方不明というのもあり、どこに行こうかと思っていたところ、轟に誘われてNO.1ヒーロー、エンデヴァーの事務所に世話になることになった。緑谷と一緒に。
そこはまぁ、置いておくとして、事務所へ行く道すがら、頭に浮かんだのはやはり雪音だった。

出動要請で思い知った。どんなに腑抜けだろうとも、その実力はやはり本物と言わざるを得ない。
爆豪らが応援に駆け付けるまでの間に、雪音はたった一人で轟らを蹂躙してみせた。表情一つ変えずに、息一つ乱さずに、絶対的な強者としてそこに君臨していた。


――あれで何で自信ねェんだよ……おかしいだろ、クソ。


体育祭の時にたまたま聞いたものだから、轟の家の事情は大体知っている。
雪音と轟の関係は従姉弟であるという情報しかしらないが、それにしたって近すぎるとは思う。ただの従姉弟ではない、何かあるのは分かっていたが、それが何なのかは分からなかったし、別段知ろうとも思わなかった。

けれど、あの時……爆豪と轟の全力を相手取り、上鳴の容赦ない電撃を浴びせた上で動いてくるとは思わなかった。
あの条件下で押し負けたのも、それでもなお氷原に君臨したのも、あの時あの瞬間だけは爆豪を見ていた目に、何か強いものを感じた。
あそこに最後まで立とうとした雪音は――爆豪が憧れた氷叢雪音だった。

もし、このインターンで雪音が自分の理想とする氷叢雪音になってくれたのなら、自分はどうするだろうと考える。結局追い出せないまま、自分の中に居座るこの欠片を……いつかは大事に包み込むことができるだろうか。
それとも、今更不要なものだと今度こそ捨てられるだろうか。どちらにしろ今よりはいいだろうと、爆豪は窓の外を眺めているのだった。







エンデヴァーからの課題は、この冬一回でも自分より早く敵を退治してみせろといったものだった。
力の凝縮、力を点で放出すること。それがエンデヴァーのアドバイスであり、課題だった。それに苦戦しつつ、要領を掴み始めた頃、それは起きた。落書き犯ミスター・スマイリーの逮捕協力だった。

ただの落書き犯と侮ることなかれ、彼の個性は約二時間もの間強制的に笑わせるといったものだった。
その個性のせいで被害件数が50件にも及んでおり、ヒーローの協力が必要と判断され、エンデヴァー事務所に依頼されたのだった。
そこにサイドキックたちとパトロールから戻ってきた雪音が帰ってくる。同じインターンということもあり、最初は自分たちと同じように行動するのかと爆豪らは思っていたが、そんなことはなかった。すでにエンデヴァー事務所に就職が決まっている身で、そこらのプロより実力がある。すでにサイドキックたちと同等の扱いをされていたため、あまり一緒になる機会はなかった。


「ただいま戻りました。エンデヴァー、何かありましたか」
「巡回ご苦労だった。いやなに、落書き犯の逮捕協力を打診されてな……たかが落書き犯に直接手を下すまでもないが……巡回は増やそうと思う。おまえも顔だけは覚えておきなさい」
「わかりました」

あまり乗り気ではないエンデヴァーの様子にこくりと頷きながらも、雪音は資料に目を通していた。
その姿を見た爆豪は、生真面目だよなぁ、と内心で思う。でも、ミスター・スマイリーの個性を思い出し、もし雪音にその個性を使われたのなら……この人はどうなるんだろうな、という興味は僅かながら湧いた。人形のように澄ました顔が破顔するのだろうか。それはちょっと見て見てぇかもな、と思うのだった。









そんな爆豪の願いが通じたのかなんなのか、家の壁にミスター・スマイリーが落書きをしたことで、エンデヴァーは一転してミスター・スマイリー逮捕に燃えていた。
総員で当たることになり、この作戦で初めて爆豪らは雪音たちと任務を共にすることになる。

落書き犯はすぐに見つかったが、次々とその強力な個性で脱落していった。最後に残ったのは雪音で、バーニンたちから落書き犯が逃げた方向を教えてもらうと、見えた怪しい人影に氷を繰り出した。


「おー!! これぞ芸術!! 繊細な氷、随分と芸術の分かるお嬢さんだ……」
「……ミスター・スマイリー、あなたを器物破損の容疑で拘束させていただきます。大人しく投降してください」
「……これはこれは、美しいお嬢さん。その澄ました表情も魅力的だが……もっと笑った方が魅力的だよ」
「っ」

咄嗟に薄い氷壁を形成して防ごうとするが、すこしでも見えていると効果があったようで、その氷壁越しにミスター・スマイリーのスマイルが発動する。
小さく笑い声を立てる雪音に、ミスター・スマイリーは「思ったより……効きが薄いな」と零しつつ逃亡した。雪音は追おうとしたものの、身体が思うように動かず、取り逃がしてしまうのだった。

その後しばらくして、先に効果が切れた面々がやってくる。座り込んで肩をわずかに震わせている雪音を見たエンデヴァーが「大丈夫か」と肩に手を置いた。


「っふ……す、みませ……っふふっ、取り逃がし……、ました……ふふっ」
「いや、俺たちもだ……気にするな」

そう言って、雪音が形成した氷をエンデヴァーが溶かす。静かに肩を震わせたまま、口元を手で覆って笑いをかみ殺している雪音に、爆豪は笑い方もそんな感じなんかよと拍子抜けした。自分たちの多くは大声で文字通り笑い転げていたというのに、轟といい、雪音といい、随分上品な笑い方をする。血を感じた。会ったことはないが、轟の母親もこんな感じなんだろうと想像に容易かった。

その後世間に恥をさらしてしまったと、ブチギレる面々の中で、緑谷と轟、雪音は至って冷静に、真面目に対抗策を打ち出していた。
ロボならいけるんじゃないかとサポート科に応援を頼んだのだが、これも上手くいかず、エンデヴァーは爆豪を呼んだ。眼を閉じたまま、エンデヴァーの指示通りに動くというものである。雪音はさすがに難しいのでは、と心配になり二人について行くことにした。エンデヴァーがいて万が一のことはないだろうが、どこかぶつけたりしたら自分の個性が役立つかもしれないと思ってのことだった。だがその心配は杞憂に終わる。


「A3、B2、G7! A2、B3、Y7! C2、B1、B4……爆破!」

エンデヴァーの指示通り、寸分の狂いもなく目隠しした状態で爆豪は動いてみせた。そして標的に向かってど真ん中で爆破している。雪音は純粋に「彼、すごいのね」と驚いていた。


「思った以上に物覚えが早いな」
「言ったろ、訓練なんざいらねェって」

満足げなエンデヴァーとは対照的に、乱暴に目隠しを剝ぎ取ったどこか機嫌の悪そうな爆豪の目の前に、雪音はすっと出ると、「んだよ」とムスッとした表情をする爆豪の頭を優しく撫でた。


「は……あんた何して!?」
「よしよし、よくできました」
「気安く触ってンじゃねェわ! つか子ども扱いすんじゃねェ!!」
「えらいえらい」
「聞けや!!」

ぎゃんと吠える爆豪に対しても、雪音はどこ吹く風で「すごいわね」と褒めて撫でていた。この光景にエンデヴァーは既視感を覚える。幼かった焦凍が何か一つ出来るようになるたびに、そういえばあんな感じだったなと思い出す。
雪音はあれで、後輩というものが出来て喜んでいたのかもしれない。変わらずぎゃんぎゃん吠える爆豪と、それを気にした風もなく可愛がる雪音を眺めながら、これだけでも、インターンを引き受けてよかったかもしれないと思うのだった。









結果的に言うと、ミスター・スマイリーは自ら投降した。
ショッピングモールの壁に落書きをしていたのを捕まえようと、爆豪がエンデヴァーの指示のもと飛び出し、追い詰めたところまではよかったが、ミスター・スマイリーの背後に彼が手掛けた作品があり、それを緑谷が止めたのだ。
諦められないのも、大事なものなのも分かるからと。それは雪音にはどういった意味なのかわからなかったが、爆豪が緑谷が止めたことでミスター・スマイリーの個性にかかってしまい、無防備になったのを危ないからと雪音が保護した。
その瞬間だった、ショッピングモールに強盗犯が現れたのは。銃を持った敵は宝飾品を個性で吸い込み逃亡しようとした。制圧しようにも、店員が人質に取られて動くに動けなかった状況を打破したのは……なんと他でもないミスター・スマイリーだった。

銃で作品に傷をつけられたこともあり、怒りに燃えたミスター・スマイリーはその強力な個性を使い、一瞬で制圧してみせた。これにはメディアも直撃インタビューし、ミスター・スマイリーはその個性を使って画面越しの人々を笑いに包むのだった。ショッピングモール内も爆笑の渦に包まれる。
この事件をきっかけに、緑谷が上鳴に教えてもらいながら作ったミスター・スマイリーの作品を公開するホームページは注目を浴び、彼の作品は多くの人に愛されるのだった。







「……あ?」
「気がついた……?」

あまりのショックに気絶しながら個性にかかっていた爆豪の目が覚めたのは、それから二時間と少し経ってからだった。雪音の顔が自分を見下ろしていた。頭に柔らかいような、弾力を感じる。膝枕、というのに思い至って、爆豪はこれが……夢なのだと思った。だから、なんだそうかと思って。それなら、まぁいいかと思ってしまった。


「なぁ……あんた」
「……なに?」
「本当……綺麗だなァ……」

するっと、陶器のような肌を、頬を撫でた。どこか冷たい感触。やっぱあんた、氷の花なんだなとぼんやりと思う。爆豪にとって雪音はずっと一番綺麗だった。
今日は頭を撫でられたからだろうか、だからこんな夢を見るんだろうなと爆豪は考えていた。付き合ったら、こんな風になるんかな、とか。先輩で、後輩だもんな、とか。考えたことはあって、それでそんな風に描いたものに近かったものをされたものだからこんな夢を見るに決まってる。
だから爆豪は、あの頃大事に抱えていた気持ちを少しだけ出してしまった。


「俺の……雪音さん……」

ふに、と雪音の唇を親指で軽く押す。好きだった、ずっと、好きだった。夢に見る雪音はいつも綺麗で自分だけを見てくれていた。
だからこれは夢なのだ。他の誰でもなく、自分だけを見てくれる雪音は……夢の中でしかありえないのだから。


――幸福な夢に揺蕩うように、夢ならまだ覚めるなと願いながら、爆豪は再び眠ってしまった。


 


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