物言う花

エンデヴァー事務所で爆豪たちがインターンを始めて一週間、三人はボロボロだった。
朝から元気なバーニンにからかわれ、轟も合流したところでそれは起こった。
雪音が寝ぼけ眼のまま、着替えもせずにふらふらとやってきたのだ。長い髪もあちこち跳ねており、肩も半分出ている。爆豪は「は!?」と思わず声に出したし、緑谷は真っ赤になってきょどっていた。慌ててバーニンが雪音に駆け寄る。


「今日で一週間だもんねぇ……あんたにしては頑張った方だね」
「ん……おはよう、バーニン」
「はいはいおはよう。ほら戻るよ。この子たちには刺激が強いったらありゃしないんだから」
「別に強かねェわ!! シャキっとしろや先輩!!」
「しゃき……」
「してねェんだわ!?」

しゃき、で何を思ったのか大してうまくもないピースをするものだから、爆豪がキレた。なんだそのピース、あんたピースも出来ねぇんかと思うが、大層寝ぼけているらしく、今にも寝そうにうつらうつらしているのをバーニンが支えていた。


「悪いね! この子朝が苦手なのよ! うちじゃよくあることだから、まぁ慣れな!」
「受け入れてんじゃねェよ!!」
「こればっかはねぇ……体質だし、緊急の時はちゃんとしてるから大目に見てやって!」

そう言ってバーニンが雪音の肩を抱いて部屋に戻っていく。よくあること、というのは本当らしく、オニマー達も「雪音ちゃん6日も朝シャキっとしてたもんな……」「あんな朝頑張ってる雪音ちゃんは見たことなかったな……」しみじみと呟いていた。
嘘だろ、と思っていると轟も一つ頷いて口を開いた。


「昔からあんな感じなんだ。すげぇ低血圧だから……逆に俺は、今まで起きてたのが不思議だったんだが……俺らがいるから頑張ってくれてたんだな……」
「もしかして……氷叢先輩、強い氷の個性を持ってるから体温が低めなのかな……訓練のときも長引くにつれて氷の威力が上がっていたような気がしたし……強いけど、日常生活は何だか大変そうだね……」
「ああ、そうだな」
「……ケッ」

インターンが始まって一週間、雪音と一緒に行動する機会は然程なく、昼休憩すらあまりかみ合わなかった。たまたま時間が重なっても、雪音はバーニンと一緒にいたし、何やら個性を使わせているらしかった。
今までは先輩≠フ雪音しか見ることがなかったが、ここでの雪音は妹のような、娘のような扱いを受けている。そのせいなのか何なのか、先ほどのように意外な一面に出くわすこともあった。

エンデヴァー事務所の食堂には、どのメニューにもそばとそうめんがセットでつけることが出来るようになっている。それはエンデヴァーが息子と義姪のために変えたことらしく、本当あの人そうめんが好きなんだな、と爆豪はいやでも目に付くことになった。
思ってたのと違う、というのは今に始まったことではない。それでも、ここにきてまだ思ってたのと違ェ……と思うことになるとは、思いもしなかったのだった。








何がどうしてこうなったのか、爆豪たちは轟の実家に招かれていた。途中で制服に着替え終わった雪音も合流して、車に乗ったときから妙な胸騒ぎはしていたが、何でも轟の姉の冬美が友だちを紹介してほしいらしく、飯を馳走するというものだった。
姉の冬美を見た時、爆豪はなんでだ、と思いつつも……あんまり雪音には似てないなと感じた。雰囲気なのか、髪に赤いものが混じっているからなのか、さほど似ているとは感じなかった。まぁ、従姉妹だもんなと納得する。轟にさえ、ふとした時――本当にふとした時――にしか重ならなかった。


「雪音ちゃん、マヨネーズいる? それとも柚子胡椒?」
「どっちも」
「わかった!」

その会話は不思議なものだった。爆豪はマヨも柚子胡椒も必要なもんあるか、と疑問に思う。毎日そうめん食ってんのかというほどだというのに、冬美が出してくれた料理の中には大量のそうめんがあった。間違いなく雪音用である。
すぐに戻ってきた冬美に雪音は礼を言うと、なんとそれをつゆに容赦なく入れた。思わず「は!?」と声が出そうなのを飲み込んだものの、顔は誤魔化せなかった。信じられないものを見る目で見ていたからか、雪音が爆豪を見た。


「……あ。外でやっちゃだめって……バーニンに言われてたんだった。ごめんなさい」
「……あんたそれ……どうなってンだ」
「マヨネーズと柚子胡椒が入ってる」
「それは分かってンだわ。辛いんか、酸味あるんか、塩気きいとんか」
「…………わからない」
「わかんねェで食ってンのかよ」

雪音は何かを言葉にして表現するのが大の苦手だ。その雪音には爆豪の問いは難しかったらしく、少し考えると溶いたつゆにそうめんを少しつけて、爆豪の口元に持ってきた。これにはさすがの爆豪も「は!?」と声に出して驚いた。


「食べたらわかる」
「いやあんた! ぶっ飛びすぎなんだわ!?」
「食べたらわかる」
「聞けや!」
「食べたらわかる」
「botか何かか!!」

人形のような顔で「食べたらわかる」を繰り返すものだから、爆豪は本当この人めちゃくちゃだな、と内心でブチギレつつ「食えばいいんだろ食えば!!」と差し出されたそれをツルっといった。「どう?」と聞いてくる雪音に咀嚼してんだわちったぁ待て、と思いつつ、ごくりと飲み込んで一言。


「まぁ……それなりだな」
「おいしい?」
「聞いてたか、それなりっつったろ」
「じゃあ、おいしい?」
「可もなく不可もなくだわ」
「おいしい」
「いやでも可にする気だな」

再度「おいしい」と言ってきた雪音に「……もうそれでいいわ」と面倒くさくなった爆豪は投げやりに答えた。
自分が描いていた氷叢雪音像が音を立ててどんどん崩れ落ちていく。
一連のやり取りを見ていた冬美が「雪音ちゃん、昔からおそうめんには並々ならぬこだわりがあるの……」と教えてくれた。爆豪は納得する。そうめんが絡んだこの人はちょっとめんどくせぇ。

その後も食事は続き、途中で夏雄がピリっとし出し、緑谷と爆豪は固まった。その間も雪音は隣でツルっとそうめんを飲み込んでいた。あんたそれもはや飲み物だろ、と少しだけ現実逃避した。
けれど結局夏雄は退室してしまったし、その後の雰囲気もよくはなかった。雪音は気にしていないのか何なのか、隣で相変わらずそうめんを飲み物のように消費していた。










食事が終わってから、片づけに入ると冬美と轟がセンシティブな会話をしていた。雪音もそこにいたが、一言も発さず、黙って人形のようにそこにいるだけだった。それは爆豪が「客招くならセンシティブなとこ見せんなや!!」と爆発した後もそうだった。
燈矢の話も流れで聞いたが、雪音はやはり一言も発さず、何を考えているかすらわからない表情でそこに座っていた。

もう時間だからと、エンデヴァーの引率で学校へ戻る途中、敵が待ち伏せしていた。その敵は夏雄を人質に取っていた。エンデヴァーと雪音が先行し、雪音が敵の個性である白線を操れなくするために道路を凍らせた。すぐに片付くはずだったが、何故かエンデヴァーが途中で止まってしまい、夏雄を保護することができなかった。
瞬間、爆豪たちが飛び出し、迅速な連携で夏雄も、巻き込まれた一般人も救けて、敵確保までしてくれた。僅か一週間のインターンで、爆豪らは各々課題をクリアしたのだった。

エンデヴァーと夏雄の話を雪音は黙って聞いていた。その横顔を爆豪は盗み見たが、やはり人形のような顔からは感情は読み取れなかった。
けれど、その雪音が動いたのはすぐだった。確保した敵がエンデヴァーの変わっていく姿に耐え切れず、喚きたてたのだ。


「……邪魔しないで」

雪のような音に凍てつく何かを感じた。それだけ言うと、雪音は口を塞ぐように氷の花を植え付ける。
変わらず人形のような顔なのに、何故か爆豪は……雪音が怒っているように感じた。


 


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