揺らめく陽炎

新学期が始まって、また学業とインターンとを両立させることになる。2年で仮免を取得してからそのような生活を送っていたため、雪音はもう慣れたものだったが、今年の1年生は大変だなと思うのだった。
A組に至っては入学間もなく敵の襲撃に遭い、その後も林間合宿でB組と一緒に襲撃を受けている。そして例年ではありえない、異例の仮免取得。そして冬休みからのインターン続行と雄英始まって以来忙しすぎる1年生だと雪音は思った。


「ネージュ、出動要請だ。敵が暴れている。バーニンと一緒に向かってくれ」
「了解」

待機になっていた雪音とバーニンが出る。情報では炎を使う敵がいるらしい。火災という二次被害にもならないためにも雪音が選ばれたのだと理解していた。
なんてことはない、ただのゴロツキを退治するようなものだと、この時は誰もがそう思っていた。










「……ぁ……」
「ネージュッ!!!」

なんてことはない、任務だったはずだった。敵がもう一人いて、その敵が……対象の最も大切な人≠ノなる個性でなければ。
紅白の頭が、色違いの瞳が、見たことない不気味な顔で笑っていた。バーニンの声が遠い。あんなに焦ったバーニンの声は……一緒にカレーを作った時に、雪音が間違ってキッチン用の漂白剤を入れ込もうとしたとき以来だった。
お腹が熱い。焦凍の炎が雪音を焼いている。ただでさえ敵わない個性なのに・・・・・・・・・、ブースト材で強化されたそれは、オリジナルを超えていた。


「さよなら、雪音さん。俺はあんたを……ずっと焼いてみたかったんだ」

焦凍じゃない、と分かっているはずなのに、雪音は何も言えなかった。むしろ本物に言われたように錯覚する。焦凍はそんなこと言わない、そんな風に笑わない、そんな個性の使い方はしない。わかっているはずなのに雪音の身体は何一つ動かなかった。

焦凍の炎が――目の前に迫っていた。バーニンの悲鳴が……遠くで聞こえた気がした。












別件で外に出ていた爆豪らが雪音重体の報を受けたのは、雪音が病院に搬送されてしばらくの頃だった。
この知らせを受けて、爆豪はまず最初に我が耳を疑った。轟が今までの比ではない速さで事務所に戻るものだから、はっと我に返って緑谷と一緒に爆豪も事務所に戻る。その間も、信じられない気持ちでいっぱいだった。


「雪音さんが重体だって!? どういうことだよ!!」
「お、落ち着いて轟くん! エンデヴァー、いったい何が……」

バーニンの緊急の応援要請が事務所に届いた瞬間から、嫌な予感はした。向かったのはこのエンデヴァー事務所でも腕利きのサイドキックバーニンと、抜きんでた実力を持つ雪音だったから。
その二人で事足りぬ事案というだけで、エンデヴァーが出る理由としては十分だった。そうしてエンデヴァーが辿り着いたときには、雪音は酷い火傷を負っており、急いで病院に搬送され、リカバリーガールにも出張してもらい一命を取り留めた。バーニンも怪我をしていたが、雪音ほどではなかった。バーニンから事のあらましと、それから予測される一つの敵の目的に、エンデヴァーは怒りを燃やしていた。


「始めは、ただのボヤ騒ぎだった。火を使う敵が暴れているからと……雪音とバーニンを向かわせた。この時点では敵は一人のはずだった」
「他にもおったんか」
「ああ、そしてそいつの個性が問題だった。……対象の最も大切な人にそっくりそのままなる個性だったんだ。個性すらもコピーして、ブースト材を使い……雪音を焼いた」

最も大切な人の姿で、個性で、その身を焼かれる。残酷な個性に緑谷たちは息を呑んだ。
雪音の最も大切な人、雪音を焼く炎。その情報で誰に成ったのか……すぐに点と点が結びついた。


「……俺が……雪音さんを焼いたのか……」

轟の声が震えていた。信じたくない、でもそれしか考えられないと、震える左手を痛いほど握りしめた。
緑谷が「轟くんがやったわけじゃないよ!」とフォローするが、その言葉は轟には届かなかった。
自分自身が雪音を焼いたわけじゃない。それは分かっているけれど、轟にとっては自分の炎で焼かれたのなら同じことだった。


「焦凍……今再編成をして確保に動いている。現時点での最優先事項だ。必ず、あの敵共は捕まえる」
「当たり前だろ……エンデヴァー、俺もその班に入れろ。雪音さんをあんな目に遭わせて……絶対許さねェ……!!」
「落ち着け、焦凍。気持ちは俺も同じだ。だがおまえは……最も大切な人の姿形をした敵を前に、戦えるか。それは雪音や冷になるかもしれないんだぞ」

エンデヴァーが息子の肩に手を置いて、真剣に問いかける。最も大切な人になる個性を敵が持っているなら、その最も大切な人の姿形をしたものを傷つけなければならないということだ。
エンデヴァーは優しい心を持った息子を案じていた。けれど轟は一度ぐっと唇を噛みしめると、その手を振り払う。


「それはお母さんでも、雪音さんでもねェよ。俺が知ってる二人は……他人を傷つけて、迷惑をかけることをよしとする人たちじゃねェ……! 見縊んな、NO.1。どんな姿になろうとも、俺にとっては雪音さんを傷つけた敵でしかねェよ。戦えねェわけがねェだろ」
「……わかった。デクとバクゴーは……大丈夫そうなら編成する。自分が最も大切な人と戦えるか……よく考えるように」
「はっ、はいっ!」
「聞くまでもねェよ」

緑谷は僕の一番大切な人って誰なんだろう、と真剣に考えていた。真っ先に浮かんだのはお母さんとオールマイトだった。正直もしオールマイトになられたらとんでもないことになるな、と冷や汗が出た。
轟はすでに準備をするつもりらしく、気合十分といった顔で出て行った。それを緑谷が心配して後を追う。雪音の重体という報せも、内容も大きな衝撃をもたらした。
けれどそこで爆豪はふと思う。バーニンの怪我は大事にはいたらないという。対して雪音はリカバリーガールまで出張するほどの重体だった。何か隠してんな、と思った爆豪は、一人エンデヴァーのもとを訪ねるのだった。








「……おまえは目敏いな」
「デクたちが鈍いだけだわ。おかしいだろ、あの人をそこまで追い詰められんのに、バーニンの怪我が軽すぎだ。あいつらの目的……最初からあの人だったんじゃねぇの」
「……」

爆豪の確信を持った問いに、エンデヴァーはしばし黙りを続けたが、爆豪をこれで誤魔化せるわけもなく「否定しねェってことはそういうこったな」と納得するものだから、短くため息をついて、話すことにした。


「概ねおまえの予想通りだ。あの敵たちは最初から雪音を狙っていた」
「なんで」
「それは不明だが……バーニンの証言では、焦凍の姿をした敵は「雪音をずっと焼いてみたかった」と言っていたらしい。おそらく、それが理由だろう」
「んだそれ……イカレてんな」
「実際、雪音を焼いた後は破壊活動を優先していた。そして奴らが破壊していたものにはある共通点がある」

爆豪はこれだけの情報で大体を把握した。
雪音をずっと焼きたかったと言ったことや、バーニンよりも破壊活動を優先したこと。そして破壊したものに共通点があるとなると、これしか考えられなかった。


「美術品だった。奴らが破壊していたものは、芸術だ」
「……そうだろうな」

雪音が生み出す氷も、雪音自身も、美術品と言って過言ではない。人形のような美しさ、生気を感じない、儚げな無機質の奇跡。
エンデヴァーがこの情報を轟たちに与えなかったのは、あまりにショックが大きいからだろう。最初から雪音は狙われていて、その美しさ故に悲劇に見舞われたなんて、あのイトコンが聞いたら暴走しかねねぇな、と爆豪は思った。


「あの人、対抗できたんか。轟の姿してたんだろ」
「……いや、防戦一方だったそうだ。それどころか、最後は……防御すらろくに出来ていなかった」
「……まぁ、予想通りだわ。あの人も、大概舐めプだかンな」

雪音にとって轟焦凍は特別だ。本人でないとわかっていても、雪音にとっては焦凍の個性というだけで大きな意味がある。それを知ってか知らずが、爆豪が納得している様子に、エンデヴァーは少し驚いた。


「よく……雪音を見ているんだな」
「……別に。あの人が分かりやすいだけだっつーの」
「……そうか」

雪音を分かりやすいという人間と出会ったのは初めてだな、とエンデヴァーは思う。
そういえば、と思い出すのは……雪音が珍しく世話を焼くような素振りを見せた光景だった。雪音は基本的に自分にも他人にも関心がない。唯一の例外は焦凍くらいで、関心がない代わりに、分かりやすい話題・・・・・・・・であれば答える子だった。
気持ちを言語化するのを苦手とするが、簡単な受け答えであればできる。言葉より行動で動く方を得意とする子で、その点で言えば爆豪と奇跡的に噛み合ったのかもしれない。
爆豪自身が頭が良く、要約するのが上手い。それは雪音にとっても分かりやすかったのだろうと思う。


「爆豪……おまえは最も大切な人を相手に、戦えるか」
「愚問だわ。誰が相手だろうと、俺の前に立つ奴は全員ぶっ殺すって俺ァ決めてんだよ。NO.1になるんだからな」
「……そうか。わかった、班に入れておく。くれぐれも油断するなよ」
「誰に言ってんだ。それはあんたの息子にでも言ってろ。従姉弟揃って舐めプが板についてっからな」

半ば吐き捨てるように、踵を返す。敵をぶっ殺すことに意識を集中させた。

誰が相手だろうと、誰になろうと、爆豪は戦える。
それがたとえ――オールマイトでも、雪音でも。


 


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