イグナイト

あれからすぐに対敵班が編成され、そこにはインターン生である爆豪たちの名も入っていた。
総力を挙げて警察と連携しながら敵の居場所を突き止めようとする中、エンデヴァー事務所のインターン生、ネージュがヒーロー活動中に重体になって運ばれたという報せが一部報道されてしまっていた。だいぶ派手に対敵していたこともあり、情報が出回ってしまっていたのだ。すぐに規制をしたのだが、ネージュという話題性からSNSで拡散されてしまっていた。

そして、エンデヴァーが危惧していたことが起こる。
件の敵共がエンデヴァー事務所に声明を出したのだ。彼らはある施設に爆弾を仕掛けたという。その場所を教えてほしくば、ネージュ……雪音の身柄の引き渡しを求めるとのことだ。
雪音は現在、病院で治療を受けている。一度意識が回復したが、すぐにまた眠ったそうだ。とてもではないが、病院から出せる状態ではなかった。
敵の要求に轟が怒りを露わにした。


「なんでこいつら……こんなに雪音さんに執着するんだ……!!」
「もしかして……ネージュのファン……?」
「ファンなら応援するもんだろ。間違ってもこんな風に傷つけたりしねぇはずだ」
「ハッ、それはお綺麗なファンの鑑ってやつだろ。世の中にはおまえの思いもしねェ汚ェファンもいンだよ。分かったかこの世間知らず」
「……そうなのか……? だがそんなことしても……相手は傷つくだけだ」

優しい轟に「ケッ」と爆豪は吐き捨てた。
エンデヴァーはNO.1ヒーローとして、市民の安全を守るために策を講じていた。現状雪音を囮にして引き渡すことはできない。それができる状態ではない。けれど、爆弾も無視はできず、HN――ヒーローネットワーク――を頼りに、チームアップを要請することにした。

そしてエンデヴァーは全メンバーに今一度告げる。


「必ず、敵共を逮捕し、罪を償わせ、爆弾を解除する。総員、心して掛かれ!!」
「「「オー!!」」」
「それと……このことは、雪音には何があっても知らせるな」

そこには義姪を案じる思いが多分に含まれており、当然のように皆頷いた。
そうして、同じく雄英の生徒をインターンに引き受けているということもあり、ビルボードチャート上位のヒーローたちが揃ってチームアップを了承してくれた。錚々たる顔ぶれに、この事件は速やかに収束へ向かうと思われた。









チームアップの甲斐あって、爆弾が設置された施設がショッピングモールであることを突き止めたヒーローたちは、そこへ解除へ向かった。そこには最初に確認された炎の敵が待ち構えており「さすがヒーロー飽和社会。お仲間が多いこって」と嫌味たっぷりにかかってくるのだった。


「もう一人の奴はどこだ」
「何? 自分の姿と個性で、大事なお姉ちゃんを焼かれたのがショックだった?」
「てめっ」
「轟くん抑えて! 相手のペースに乗せられちゃダメだ!」

今にも食って掛かろうとする轟を緑谷が抑える。爆破装置を持っている可能性が高い。下手に動けなかった。
それにニタニタとした表情のまま、炎の敵はそれはもう煽り散らした。どこか芝居がかったそれは、まるで大舞台に立つ役者のようだった。


「いやぁ……楽しかったなぁ。俺と戦ってた時は人形みたいに澄ましてたのに、君の姿を見た途端、氷のようだった瞳が揺れて、そこに生命の息吹が吹き込まれたんだぁ……途端に防戦一方になって、すぐにわかったよ。たとえ偽物でも、君のことを傷つけたくないんだって……!!」
「……やめろ……」
「何といっても、最後の姿は忘れられないなぁ……君の姿で、君の声で、君の個性で! 焼かれたときは――グハッ」

その瞬間、エンデヴァーが目にも止まらぬ速さで炎の敵を力いっぱい殴りつけた。
炎が揺らめいている。息子を、義姪を愚弄する言葉をこれ以上吐かせまいと一撃でノックアウトしてみせた。一緒に来ていたホークスが「今の……俺より速かったかもですね」と、こっそり敵の近くに忍ばせておいた剛翼の羽をしまった。
あっけなく退治に至ったそれに、若干肩透かしを食らうも、これでとりあえず爆発の危険はないだろうとスイッチを探す。内ポケットに見つけたそれにエンデヴァーが手を伸ばした。


「……む。これか」
「なんか妙に呆気なかったですね。もう一人が本命なのか……」
「まぁ、個性的に見てもそうだろう。何はともあれ、すぐに爆弾の解除を――っ」

瞬間、スイッチがピコピコと音を立てる。嫌な予感がしたエンデヴァーは瞬間的に上昇した。投げてはいけない、そんな勘が働いたのだった。
間もなくそれは大爆発を起こし、辺り一帯を爆風が襲った。


「エンデヴァーさんっ!!!」
「親父っ!!」
「「エンデヴァー!!」」

エンデヴァーが空から落ちてくるのを、ホークスが受け止める。咄嗟に火力を上げて相殺しようとしたのか、エンデヴァーはボロボロだったが生きていた。
「罠かっ」と口にすると、辺りのモニターが突然ジャックされていた。スマホもそうで、公共の電波を通して声明が流れる。


『皆さんこんにちは。我らは芸術を追い求めし者……チーム名を「イグナイト」という。本日はエンデヴァー事務所に送った要望が通らなかったので、こちらで改めて失礼することにしました』
「……俺だ」
「あれが噂の敵……!」
「まずい……!」
『私たちとしては穏便に行きたかったのですが……目的のものが手に入らなかったので、強硬手段に出ることを善良な市民の皆さん、どうかお許しください』

道化のように笑うその男は、轟と同じ姿をしていた。間違いなく、彼が雪音を焼いた、噂の個性の敵だった。
個性届からそれらしい個性をあらっても、ついぞその身元は明らかにはならなかった、謎の男……否、本当に男なのかすらも分からない。


『静岡タワーの最も近くにあるショッピングモール。そこに爆弾を設置させていただきました。解除する方法はたった一つ。ネージュ……氷叢雪音をそこに一人で寄こしてください。それすら守っていただけるのなら、私はこの爆弾を絶対に爆発させません。どうか賢明なご判断を……ヒーロー』

それだけ言うと公共の電波は正常に戻ってきた。だがこの通信を見た人々は大パニックになり、避難誘導が必要になった。それは他に爆弾がないか探していたチームアップした事務所も同じで、街は騒然となるのだった。


「落ち着いて! 大丈夫です! 落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるか! すぐそこじゃねぇか!」
「私知ってる! ネージュって今重体で病院にいるんでしょ!? 来れるわけないわ!」
「爆発しちゃう! 早く逃げなきゃ!!」
「待って、さっきの奴と同じ顔の人がいる! どうなってんの!?」
「いや、これは……」
「どけ轟! おまえは隠れてろ! 余計パニックになる!」
「あ、ああ」

人が逃げようと押し寄せてくる。それを安全に誘導するため、轟を除く爆豪らインターン生は避難誘導に当たった。
常闇がここは自分たちに任せて、ホークスはショッピングモールの人たちを避難するように言う。ホークスは少し考えてからエンデヴァーのサイドキックたちにエンデヴァーと炎の敵を任せ、常闇の言う通りショッピングモールの避難誘導に向かうのだった。











「閉鎖だって!? ショッピングモールのシステムを乗っ取ったのか……!」
「はい、そのようです。何とかシステムを回復しようとしていますが……これが難しく」
「……時間がないってことか。参ったな」

ショッピングモールの避難誘導に当たろうとしたところ、シャッターが閉まっており、中にいる買い物客らが閉じ込められていた。いわば人質である。
システムの回復を試みたり、そういう個性の者たちが頑張っているが、このショッピングモールは最近できたばかりで、最新の技術が投入されていた。高いセキュリティが売りのそれは、今はヒーローたちに壁として立ち憚っていた。


「……こうなったら……エンデヴァーさん……すみません」

ヒーローとしての決断が、迫られていた。
ショッピングモールに閉じ込められた1000人前後の命と、一人の少女の命。公安ヒーローとして、正しい道を選択する時が、刻々と迫っていた。












同時刻、雪音が搬送された病院も大騒ぎだった。
病院のテレビをもジャックしたそれは、病院内でも把握しており、極秘で入院している雪音を案じて看護師が慌てて駆けつけたところ、病室はもぬけの殻だった。


「大変です! 氷叢さんが! 氷叢さんがいないんです……!!」
「なんだって!? すぐにエンデヴァー事務所に知らせろ! ああなんてことだ……! 彼女はまだ動ける身体じゃないというのに……!!」

ベッドには点滴が乱暴に抜かれ、窓から飛び降りたのだろう、窓は開けっぱなしでレーンには氷が張っていた。リカバリーガールが来てくれたとは言っても、雪音が女性ということもあり、リカバリーガールはその火傷の痕が残らないようにと細心の注意を払って治癒をかけていた。
そのせいか、雪音のスタミナはあまり戻っていなかったし、見た目が治っているだけで傷自体は酷い痛みが走っているはずだった。芯から治せていない。まだ安静にしていなくてはならない。
それでも、あの報道を見て走り出してしまったことは明白だった。


 


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