背中合わせのエゴイスト

雪音の大氷結を合図にヒーローたちが突入したというのに、男は余裕綽々といった態度を崩さなかった。
凍った身体を焦凍の左側の個性で溶かしていく。


「あーうん、やっぱそう来るよねぇ。いいよ、いいよ……想定内・・・さ。さぞかし、そこから見たショッピングモールは綺麗だろうねぇ、雪音ちゃん。ここは俺たちの死に場所に相応しい。そうだろう?」
「……」
「また黙りか。つれないなぁ。まぁ、そこが君らしくていいんだけどな。物言う花、氷の人形。まだ時間はある……ここはショッピングモールの最下層。言ってなかったけど、上の階にはね……化け物がいるんだ。何かわかる? ハイエンド……九州でエンデヴァーたちが戦った、あの化け物だよ」

ハイエンド、という思わぬ存在にさすがの雪音を僅かに動揺した。
雪音の脳裏にも色濃く過る、九州でエンデヴァーらが必死に戦ったあの規格外の化け物。あれは確か連合が絡んでいた。この男の背後にも連合がいるという可能性に、雪音に盗聴器を仕掛けていたホークスも内心で聞いてないぞ、と冷や汗が流れた。









「プレゼントは気に入ってくれたかなぁ。さぞかし驚いてるだろうなぁ」

ケタケタと笑い声をあげる。ショッピングモールが微かに見える高層ビルの屋上で、荼毘は楽しそうにその氷像を見ていた。
無理を言って試作段階のハイエンド――正確にはニアハイエンドだが――を少しだけわけてもらった。
荼毘としてはこれは余興だった。焦凍の心をずたずたにするための、ほんの余興。


「随分無理言ったんだ。うまくやってくれよ」

焦凍の姿になれる個性というのがよかった。奴が雪音に目を付けたのも、好都合だった。焦凍の姿形で雪音を殺してくれるなら万々歳だ。焦凍は自分のせいだと自責の念を抱くだろうし、後から実は俺がそうなるように仕組んだんだとネタばらししたときの顔が、今から楽しみでしょうがなかった。


「雪音ちゃん、君が変わってなくてよかったよ。あの頃と何一つ変わらない。変わってないから……焦凍のキズにできる……! 成長してくれなくて、ありがとなァ……!!」

想像する。雪音が二度も焦凍の炎で焼かれることを。間に合わなかった焦凍が、お父さんが、絶望する顔を。
テンションが上がって、身の内の炎が溢れ出す。ジリッと継ぎ接ぎの肌を焦がすその熱さえも、今はただただ愛しかった。












ショッピングモールに突入したヒーローたちの中には、爆豪たちの姿もあった。ハイエンドというイレギュラーに激震は走ったものの、予めチームアップを要請していたのが功を奏した。ただのチームアップではない、雄英コミュニティの賜物である。錚々たる顔ぶれが一堂に会し、エンデヴァーNO.1が負傷し不在の中でも、ハイエンド――正確にはニアハイエンドである――相手に善戦していた。


「ショート、デク、バクゴー! ここは俺たちに任せて最下層へ! そこにネージュがいる!」
「「「了解っ」」」

ホークスの指示に従い、最下層へと向かう。途中のフロアにいた脳無をいなしながら突破した。爆発音が断続的に聞こえる。熱風と冷気が綯い交ぜになって身体に降りかかってきた。戦闘が行われている。誰が誰と戦っているのか、そんなことは明白だった。
急げば急ぐほど、近づけば近づくほど、脳無が湧き出てくる。


「近づいてほしくねぇみてぇだなぁ!?」
「邪魔はさせねぇ……一気に行くぞ!!」
「うんっ!」
「命令してンな!! わーっとる!!」

戦闘が激化していく。気持ちが逸る。少しでも早く、あの人のもとへ。死ぬな、という思いはずっとここにある。爆豪はまだ答えが出せてない。この欠片をまた大事に包むのか、完全にゴミにしてしまうのか。何一つまだ、まだ……言いたいことも、伝えられてない。
「「どけええええええ!!!」」爆豪と轟の声が、個性が重なって、一気に脳無を片づけていく。シュートスタイルで撃とうとした緑谷が「あれ……っ」と空振りした。轟はともかく、爆豪もいつになく気合が入っている。一番に並々ならぬ執着を持つ爆豪ではあるが、それにしても、と思う。


――かっちゃん、なんか……いつになく余裕がないような。


気のせいかな、と思いつつ二人の後を一歩遅れて走る。何だか今日の二人は……すごく速いんだ。









焦凍の姿形、個性をした敵が攻撃を仕掛けてきたのはすぐだった。
どうやらこの男の目的は雪音と心中することらしい。雪音には言っている意味がよくわからなかったけれど、綺麗なものを見ることが好きというのは本当らしい。けれど、趣味の芸術というのは……その綺麗なものをぐちゃぐちゃにして壊すこと、だという。
雪音の作り上げた美しい氷原で、心中するのが夢だと、焦凍の姿で、声で、夢見るように男は語ったのだった。


「相変わらず防戦一方だね? どうしてかな、俺がオリジナルじゃないってわかってるはずなのに」
「……」
「ほんと答えてくれないな。無視はよくないよ。子どもの頃親に教えてもらわなかった?」
「……別に」

焦凍ではないとわかっている。わかっているけれど、個性は間違いなく焦凍だった。ブースト材で強化された、より強い半冷半燃だった。焦凍の強さはその個性だけじゃない、積み上げた経験、努力がそこにある。でもだからこそ、わかってしまう。この最も大切な人になるという個性は……その経験や努力すらトレースするものだと。戦えば戦うほど、焦凍と戦っているようだった。


「っ」
「……君、この子のことが一番大切なくせに、それと同じくらいこの子には色々抱えてるみたいだね」

色々抱えている、それを言われて雪音はぐさりと胸を刺されたような気持ちになった。こういうとき、なんて言ったらいいのか、なんて例えたらいいのか、雪音はいつもわからない。人が当たり前に感じる感情を、例えるその名を、雪音はよく理解できてない。だから、感じたことをそのまま、そのまま口に出す。


「そんな風に……言わないで」
「ん?」
「抱えてる、なんて言わないで……荷物みたいに、言っていいものじゃないってことは……わかる」
「……へぇ」

これは荷物じゃない。荷物であっていいはずがない。だって轟焦凍に関わるものだから。焦凍に関わる全ては、自分にとって大事なもので、大事にしたいものだから。
炎を氷で対抗する。ブースト材を使っているからか、焦凍の姿をした敵は炎を使い続けても身体機能が落ちた様子がなかった。一方、雪音は個性を使う度……否、息をするだけで身体に激痛が走る。絶えず氷を出し続けても、身体が思うように動かない。無理が祟ったのか、ごほっと喀血した。


「……限界みたいだね。もういいよ雪音ちゃん。君はよくやった。その怪我で君は爆弾まで止めて、ヒーローたちへ道を繋いだ! 立派だ! 十分立派だよ! だからもう楽になっていいんだ! 俺と一緒にこの氷原で心中しよう!!」

炎が……目の前に迫ってくる。
敵の言うとおりだ、と思う自分もいた。道は繋いだ。最低限の役目は果たした。相手の目的は自分と心中することで、爆弾も食い止めた。ならもう、不安要素は、自分の仕事は、もう終わったのだ。
ブースト材ありきとはいえ、自分の氷結はちゃんと届かなかった。なら、もう。


――やっぱり、私は……あなたの半分にも……満たない。


その瞬間だった。壁が大爆発したと共に、飛び込んできた赤い目が、またギラギラと雪音を射抜いていた。


「諦めンな!! 足掻けやクソが!!!」
「雪音さんに……手ェ出すんじゃねェ……!!!」

爆豪と轟の怒号と共に、爆破と氷が繰り出された。
雪音に迫っていた炎を轟の氷が、焦凍の姿をした敵を爆豪が思いっきり爆破した。少しだけ遅れて緑谷が到着する。内心で轟くんもかっちゃんも早すぎない、と驚いていた。


「あなたたち……何故ここに。ハイエンドは?」
「上でプロヒーローたちが相手してくれてる。それより雪音さん、安静にしてないとダメだろ。病院抜け出したって聞いて心配した……」
「……ごめん」

心底ほっとしたというように、焦凍は雪音のとりあえずの無事を確認すると、息を吐いた。
けれどその瞬間、何かぞっとするものを感じた。それは雪音だけでなく、爆豪たちも同じだった。皆一様にそちらを振り返る。炎が揺らめいていた。陽炎のように、燃えるそれはまるで……彼の狂気を具現化したようだった。


「……なんでよりによってオリジナルが来ちゃうかな」

ぞっとする声だった。焦凍と同じ声だというのに、底冷えするそれは焦凍では出せない声だっただろう。
静かに狂気が色違いの瞳の中で揺らいでいる。地雷を踏んだ、それは明白だった。


「これは使いたくなかったんだけど……まぁ、しょうがないよね。美しくはないけど……君と心中できなくなるくらいなら、そんなものはどうでもいい」
「爆豪!!」
「わーってる!!」

何か注射液を取り出した。爆豪が破壊しようと動いて、それは確かに破壊したはずだったのに。「残念でした」と敵はそれはもうニタリとした笑みを向けた。実に敵らしい、狂気に満ちた笑い方だった。


「知らなかった? モノを見せびらかす時ってのは……見せたくないモノがある時だって」
「……野郎」

それは林間合宿で爆豪が攫われる間際にMr.コンプレスが言っていた言葉だった。「連合仕込みかよ」と爆豪は吐き捨てる。
そして間もなく、焦凍の姿をした敵は変貌を遂げる。美しくない、というだけあって、焦凍の綺麗な顔が見る影もなく悍ましい姿へと変わった。


「マジで……バケモンだな」
「今の……ただのブースト材じゃないみたいだ。轟くん、かっちゃん! 気を付けて!」
「おめーに言われるまでもねェ!」
「ああ、緑谷は雪音さんを頼んだ」
「任せて! 先輩、失礼しますっ」
「え」

雪音は緑谷にひょいっと抱えられ、この場を離脱させられようとした。
焦凍と爆豪が残り、あの敵を相手取るらしかった。それを理解すると雪音は必死に抵抗した。


「わわっ! 先輩ダメです! 暴れないでっ!」
「離してっ」
「無理です! 先輩大分無理なさってるでしょう。今も安静にしてないと、息をするのだって辛いはずです。僕はあなたを救けるために来たんです!」

何の迷いもなく、救けるために来たと言える緑谷が雪音には眩しかった。
緑谷は救けた。雪音の大事な焦凍を救けてくれた。そして今は雪音を救けようとしている。眩しい。自分にはそんなに強い、明確な意志はなくて、ただ……焦凍を一人にしたくないだけだった。
でも、だから、だからこそ、雪音は行かなくちゃいけない。


「緑谷くん……ごめん」
「え……」

緑谷を氷漬けにして無理やり抜け出した。緑谷が「うそでしょ先輩!!?」と声を上げる。嘘でも何でもない。現実だ。
氷を使って元の道を駆けていく。戻らねば、戻らなくてはならない。

救けるなんて、そんな大口は叩けない。

必ず勝つとも約束してやれない。

それでも、でも……焦凍をよく思っていない敵がそこにいて、焦凍が戦っている。自分が発端のそれを、丸投げして逃げるのだけは嫌だった。

走る、走る。もう焦凍がひとりぼっちじゃないことなんてわかってた。最初から守りたいだなんてなんて言えるほど、雪音は強くなかったし、焦凍だって守られるほど弱くない。今もそれは変わらない。

でもここで、逃げてしまったら、守られてしまったら……それこそ自分がヒーローこの道を選んだ理由が、意義が何もどこにもなくなってしまう。

最初からずっと、これは雪音のエゴだ。ヒーロー何者にもなれないまま、人形のまま、雪音だけの時が停まってる。

せめて、停まったあの日、薄氷の記憶をなぞりだしたその時より後ろに行かないように。せめて自分の原点オリジンだけは大事にしたかった。

雪音はそれしかわからない。薄氷の記憶は分からない事だらけで、唯一分かっているのがそのたった一つの原点。

なら最後まで貫かなくては。雪音が雪音らしくあるために。


 


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