叩き割られた氷塊

敵が使用したブースト材は大変イカレた代物だったらしい。脳無かというほどに超強化されたそれに、爆豪と轟は押され気味どころか、ほぼ蹂躙されていた。
特にオリジナルであると轟に対しては憎しみもひとしおなのか、執拗に攻撃した。炎が、氷が、もとは同じものであるはずなのに、強化されすぎていた。


「うあっ!!」
「っ、徹甲弾A・Pショット機関銃オートカノン!!」

轟が壁に打ち付けられたところを、爆豪が背後から仕掛ける。けれど人とは思えない機敏な動きで一瞬で爆豪の目の前まで迫り、氷結をぶっ放された。
文字通り化け物だった。雪音を逃がした緑谷が戻ってきたところでどうにかなる相手だろうか。勝つことを諦めてはいなかったが、それでも圧倒的な力の差を感じた。違法ドープとかクソくらえ。

とかなんとか思っていたら、そこに逃がしたはずのその人が現れてしまった。これには轟と一緒に目を見張った。


「雪音さん……!?」
「あんた……なんで」
「ああよかった……探す手間が省けた。やはり俺たちは運命だ」

雪音は少し離れた間にボロボロになった焦凍と爆豪に心底驚いていたようだった。それと同時に、常になく怒っているのも見て取れた。雪音の目が氷のように凍てついている。


「逃、げろ……雪音さ……ダメだ……」

焦凍の懇願も、雪音は聞き入れる気がないようだった。
爆豪はじっと雪音の真意を探ろうとした。吹っ切れたとかなら希望が見えたが、そんなことはない。雪音は雪音のまま、舐めプのままだった。何で戻ってくンだよ、と思うも、秒で結論が出る。ここに轟焦凍がいる。それ以上でもそれ以下でもない。それこそが雪音の理由だ。

結局足手まといが増えただけだった。それに爆豪は苛立ってくる。やれるという確信があるだけに、いつまで舐めプしてんだと。轟も轟で、いつまで経っても雪音を守ろうとするばかりだ。お姫様かなんかか、そんなんじゃねぇってことを轟だって知ってるはずだ。それなのにこれなのだ。従姉弟揃って舐めプにも程がある。

だからそう、この美しき従姉弟愛にいい加減嫌気がさした。だから、力いっぱい腹の底から、雪音を怒鳴りつけた。


「いい加減にしやがれ!! この顔だけ女が!!」
「え」
「お」

突然の爆豪の罵声にきょとんとする雪音と、唖然とする轟。
敵の攻撃は依然として緩まなかったが、それでも爆豪は今まで溜めに溜めた雪音への鬱憤を爆発的にぶつける。言いたいことなんて山ほどあった。


「才能の一括りで自分を躊躇いもなく下に置きやがって……あんたなぁ!! 一度だって泥臭く足掻いたことはあんのかよ!? みっともなくたって、勝ちに執着したことはあんのかよ!? あんたはいつだってやる前から諦めやがって! そんなあんたの勝つ姿に憧れた奴の気持ちを、一度だって考えたことはあんのかよ!!?」
「ば、くごう……? なにを」
「おまえは黙ァってろ!」

爆豪の怒声に轟も随分困惑していた。いきなり爆豪が雪音にキレだしたのだ。大混乱であった。
炎が、氷が、襲ってくる合間を縫うように爆豪が駆ける。爆豪の目は闘志を更にギラつかせていた。逆境を前に爆豪はどこまでも不敵だった。
雪音は……そんな爆豪の一つ一つの問いについて考えていた。

泥臭く足掻いたことはない。

みっともなくても、勝ちに執着したこともない。

やる前から諦めてる……そうかもしれない。

自分の勝つ姿に憧れた人がいるとも思っていなかった。

雪音は何だか爆豪の言葉を聞き逃してはいけない気がした。それは予感だった。凍った氷の心に、小さな音がした。


「他の誰でもねぇあんたが、あんた自身の可能性を諦めるのはやめろ!! あんたはやれんのに! もっと上に行ける奴なんに!! あんたがあんたを拒絶するからいつまで経っても成長しねェンだ!! 簡単に追い抜かされるとかいってんな!! そんなもんじゃねぇだろ!! 氷叢雪音はっ、俺が憧れたあんたは!! 絶対的な強者なんだよ!! いい加減止まってねぇで立ち上がれや!! 俺以外の奴に負けるなんて、この俺が絶対ェ許さねェ!! あんたが負けていいのはっ、この俺だけだ!! 分かったか!! センパイ!!!」

滅茶苦茶な主張だった。一方的な要求。自分以外の誰にも負けるなと爆豪はいう。けれどそれは、雪音の凍った氷の心に亀裂を齎した。
音がする、氷がひび割れる音。叩き割られていく音が。雪音はその一つずつを咀嚼した。

自分で自分の可能性を諦めてはならない。――わかった。

自分はもっと上に、もっと強くなれる。――そうなのね。

自分は爆豪の憧れになれてた。――それは……光栄だ。

自分は絶対的な強者だった。――勝ちにこだわる、NO.1になるために止まらない爆豪がそういうのならそうかもしれない。

止まらずに立ち上がる。――そうか、自分はまだ立ち上がってすらなかったのか。通りで歩けないはずだ。

爆豪以外の誰にも自分は負けてはならない。

分かったか。


「――わかった」

まるでドラムのようだった。ドラムが鳴るように心の氷が叩き割られていく。ものすごい勢いで、ドンドンドンドンドンドンドンドン。
瞬きの次に見たこの世界が、こんなに澄んだものだっただろうかと、疑問に思うくらいに。
不思議と今まで言われた言葉が、脳裏を過っていた。


「氷叢さんの氷は……使えば使うほど、冴え渡っていくんだ……一撃目より二撃目、戦いが長引けば長引く程……氷叢さんは脅威になる」

「氷叢さんはその個性に適した身体を持ってる……だから、氷叢さんの全部が、轟くんの半分にも満たないってことは……絶対、ないと思う」


あの時は受け入れられなくて、拒絶してしまった。
まだ、完全に自信をつけたわけじゃない。でも、雪音は天喰を信頼している。天喰が再現≠オて混成大夥こんせいたいかをして、その果てに導き出した答えがそうならば、雪音はその答えを出した天喰を信頼する。今なら、できる気がする。

爆豪に迫る豪炎を雪音がそれ以上の・・・・・氷結でかき消す。
僅かに爆豪は目を見張った。離脱前より格段に威力を増した氷結。冴え渡る技巧。雪音だけが作れる、美しい氷像。
雪音は静かに、かつて爆豪が口にした言葉をなぞった。


「一つ≠オかなくても、一番強くなれる……だったわね」
「それがなんだ!」
「あなたがそう言った。だから、信じることにした」

呆気にとられる爆豪をよそに、雪音の中ではちゃんと理由になっていた。
他の誰でもない、NO.1に執着する爆豪が言ったことだから。それは信じるに値する。雪音の一つしかない個性でも、まだまだ強くなれる、上に行ける、絶対的な強者として君臨できる。彼以外の誰にも、負けない自分が、泥臭く足搔けば、諦めなければ、みっともなくても勝ちに執着すれば、そうなれるなら。


――私はそれに応えましょう。先輩≠ニして、あなたの憧れ≠ニして。


それは氷叢雪音が、初めて轟焦凍以外のために動いた瞬間であった。
焼け野原にせんと豪炎が渦巻こうとも、そんなものは火の粉でしかないとばかりに、一瞬で氷原が形成される。絶対的な勝者の圧倒的な力、歴然とした力の差がそこにはあった。

――それはまるで王の戴冠である。冬の覚醒、氷の女王。氷叢雪音がライジング覚醒した瞬間であった。











緑谷が氷から抜け出してすぐに雪音の後を追って戻って来た時、そこは氷原だった。
氷で拘束された敵が脇におり、爆豪と轟が雪音を挟んで何やら言い合いをしていた。


「だから、爆豪は雪音さんに憧れてたんだろ? 何で今まで隠してたんだ? 言ってくれたら紹介したぞ」
「余計なお世話だ!! つか憧れてたっつーのも過去形だ過去形!!」
「……そう、よね。私は今年から四番目に落ちたし……絶対的な強者とは程遠――」
「ネガってんじゃねェ! それはあんたが腑抜けたからだろうが!! 従姉弟揃って舐めプしやがってよ!!」
「揃って……? お揃い?」
「お揃い……だな」
「……そう」
「貶しとンだわ! 喜んでンじゃねェ!!」

あれ、なんか仲良くなってる、と緑谷は驚いた。自分が氷漬けになって抜け出すのに格闘していた間に何があったんだろう。というかかっちゃん、先輩に憧れてたんだ。初耳だなと思うと同時に、だからあんなに気合入ってたんだなと理解した。
緑谷が到着したことに気づいた轟が、声をかける。


「緑谷。よかった、そいつ運んでくれるか?」
「うん、大丈夫!」
「雪音さんは俺――いや、爆豪、頼んだ」
「あ!? 何で俺が!」
「お……わりぃ、余計なお世話だったか?」
「余計なお世話でしかねェ! やめろ変な気遣うな! そういうんじゃねぇンだわ!!」

きょとんとした顔を浮かべる轟に爆豪が吠える。爆豪の望む氷叢雪音は確かにここにいた。一瞬で制圧してみせたそれは逆に今までのは何だったんだと思うくらいだったが、あれこそ爆豪が憧れた氷叢雪音だった。
何が何だか爆豪にもわからないが、爆豪のやけくそじみた叫びが雪音には合ったらしい。何一つその心情の変化の経緯は不明だが、雪音が納得して、立ち上がったのでまぁよしとする。
けれどまだ、現時点でこの憧れの欠片をどうするかは結論がでていなかった。だから、そういうんじゃないのだ。まだ。

そんな話をしていた矢先のことだった。爆発音と共に建物が酷く揺れた。
それに皆頭の中で一つの予感が過る――爆弾が、爆発した。


「雪音さんが止めたはずじゃっ」
「今の爆発は地下から……どういうことですか! 爆弾は時限式だったってことですか!?」

緑谷が氷漬けにされた敵を問いただす。個性が解けた男は炎の敵と瓜ふたつの容姿をしていた。男は気力をなくしたような顔でゆらりと嘯く。


「俺の目的は最初から雪音ちゃんと心中することだ。爆弾を止める理由がないんだよ……つっても、うまくいかないなぁ……予定ではここら一帯が吹き飛ぶはずだったのに。氷、どんだけ覆ったの。規格外すぎだよ」

最初の氷ではおそらく防ぎ切れなかった、と雪音は思った。この敵を倒すために全力・・で氷をぶつけた。そのおかげで厚い氷の層ができた。もし、爆豪に意識を変えてもらわなかったらと思うと、ぞっとした。


「いい忘れてたけど、これ連鎖式だから。建物の構造は念入りに把握した。ここが崩れるのも時間の問題だよ」
「芸術は爆発だ!! ってか? 結構な趣味だなぁオイ。んなら、風穴開けてはよ脱出するだけ――」
『待ってくれ! それはダメだ!』

そこで慌てた声でホークスから通信が入る。止められた爆豪は「あ゛!? まだ上はちんたらやっとんか!!」とブチギレるが、そうではなかった。
もう上はほぼ片付いていて、むしろ雪音たちの応援に数名向かっていた矢先のことだった。


『よく聞くんだ。上の階に小さな女の子が1人、取り残されてる』
「は!?」
「え!?」
「何で今分かんだよ! 索敵班仕事しろ!!」
『その子の個性が無効化≠セったんだ! この騒動だ。パニックになって個性をずっと発動させてる!』

個性を弾く、無効化個性。それならば索敵班の索敵に引っかかりにくいだろう。
子供の母親が、娘とはぐれたと交戦中に連絡を受けたが、今の今までどこにいるかわからなかった。ショッピングモールの中ではなく、外にいるのではと考えていた頃、耳郎が子どもの泣き声を感知し、発覚したのだ。


「じゃあ早く救けにいかないと!」
『そうしたいのは山々だけど、さっきの爆発でそこに繋がるルートが全滅した! 悪いけど今、その子を救けられるのは……真下の階にいる君たちだけだ!!』

緊張が走る。敵も拘束したままで、雪音も轟も爆豪も怪我をしている。唯一無事なのは緑谷くらいだった。このメンツで爆弾から逃げ、子どもも救出する。ハードな任務だった。
けれど、救けないなんて選択肢ははじめからなかった。
緑谷たちが返事をするより先に、意外なことに雪音が口を開く。


「わかった。救けに行く。今度は――ヒーローとして」

瞳の中に確かな輝きがあった。人形に生気が吹き込まれている。そこにいるのはもう、ヒーローネージュだった。


 


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