同じだけの好きを育てて

その日は雪音も一緒にキッチンの出入りをしていた。始まりはもうすぐバレンタインということで、どうするかとクラスの女子が集まって話しているときに、雪音が自分も作ってみたいと言いだしたからだった。
雪音が何かをしたいと自己主張するのも珍しく、それもバレンタインであることから女子たちは大騒ぎになると、快く協力してくれることになったのだ。
予め担任にも一緒に作るからと許可を取れば、雪音もキッチンの出禁が一時的に解けたのだった。


「ねね、雪音は誰にあげるの? 通形? 天喰くん?」
「焦凍くんと……勝己と緑谷くん」

3年B組はこんな感じでクラスの女子総出でやると聞いたからか、波動は甲矢と共にB組のチョコレート教室に参加していた。波動らは友チョコを作るらしい。
雪音は波動の質問に答えると、波動はあれ、と気になり更に尋ねてきた。


「従弟くんとインターン先の後輩くんたちだね! 前から気になってたんだけど、なんで爆豪くんのこと勝己って呼んでるの? 好きなの?」
「好きだけど……」
「え、そうなの!? 氷叢さんはもっと大人な感じの人が好きかと思ってたわ。年下好きだったかぁ……」

甲矢が何故そんなことをいうのか理解できず、小首を傾げていると、よく話す女子生徒が「多分そういう好きって意味で言ったんじゃないよ」とフォローしてくれた。
依然として理解できていない雪音に女子生徒は質問を変えた。


「恋愛的な意味で、爆豪くんのこと好き?」
「れんあい……わからない」
「うん、だと思った」
「ああ、好きってそういう……ごめん氷叢さん、早とちりしちゃった」
「? 気にしてない」

簡潔な雪音の返事に、甲矢は相変わらず素っ気ないなと感じてしまう。悪気がないのも、深い意味がないのもわかっているが、どうにも苦手意識が消えなかった。それは甲矢が溺愛する波動との関係が若干進展を見せた今も変わらない。波動のことをおとめ座銀河団一可愛いと甲矢は思っているが、それと同時におとめ座銀河団一美しいのは雪音だろうとも思っている。けれどだからといって、波動のように大事になど出来そうもない。
ずっと、自分たちなんて眼中にないような雪音が、甲矢は好きになれなかった。

雪音は少し考えると、何かを思い至ったように口を開いた。


「……好き、はよくわからないけど」
「うん?」
「勝己のことは……たまに、すごく撫でたくなる」
「え」
「嫌がるけど、やめてあげられない。撫でたいから」

これには一同も唖然とした。あの波動ですらぽかんとしており、雪音が今言った言葉が上手く処理できなかった。撫でたいと言って、嫌がるけどやめてあげられないと言った。撫でたいからと。
あの自己主張という自己主張を滅多にしない雪音が、そうめんと従弟くらいにしか関心がなさそうな雪音が、そういった。それは雪音を知っていれば知っているほど、衝撃的な告白だった。
一番早く復活したのは波動だった。波動はそれはもう楽しそうに、嬉しそうに、わくわくした様子で雪音に教えた。


「それはね、可愛いって気持ちだよ! 雪音は爆豪くんのこと、可愛いって思ってるの!」
「かわいい……」
「可愛いとぎゅってしたくなったり、撫でたくなったりするんだよ。だから雪音は爆豪くんが可愛くて、撫でちゃいたくなってるの!」

身振り手振りでぎゅっとしたり、撫でたりする波動を見て、雪音は過去に思いをはせた。確かに幼い焦凍がなんだか可愛くて、頭を撫でたりといったことはよくしていた。爆豪は可愛いという容姿ではなかったけれど、喜怒哀楽が激しくて、いつも一生懸命で……確かに可愛いかもしれないと納得するのだった。


「うん……勝己は可愛い。ねじれの言うとおりだと思う。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして! 分かんないことは何でも聞いてね。雪音のわからないこと、私も知りたいから!」
「わかった」

甲矢はあれ、と思う。雪音の乏しい表情が明るく、柔らかいものになっている。
少し前に雪音のことを雪音と呼びだした波動が、こんなことを言っていた。


「有弓、聞いて。雪音はね、自分の気持ちをなんて表現していいかわかんないだけなんだよ。わかんないから、答えられないの。答えないんじゃなくて、知らないから答えられないの。だから、私はそれはこういうんだよって、雪音に教えたいの。雪音の分からないを私は知りたい。もっと雪音と仲良くなりたいのっ」

あの時は、なんでまたねじればっかりが氷叢さんに歩み寄らないといけなんだろう、と苛立ったけれど、このやり取りを見ると波動の言った言葉の意味が、甲矢にも理解できた。
本当に自分の気持ちを表現するのが苦手というか、何て言っていいのかわからないのだ。波動も小さい子供のように好奇心旺盛なところがあるが、雪音も何と表現するのか、言葉を知らない子供のように見えた。


――私が思っているより、嫌な人じゃないんだな……。


雪音と特に仲のいい女子生徒が、甲矢の方を盗み見て、小さく笑った。
それから気を利かせてか、雪音のどうしたい、こうしたいを波動に探ってもらって、常識人である甲矢に判断を仰げるように雪音の傍に二人を配置した。
時たますれ違っていそうな会話を女子生徒が拾い上げ、誤解を解いたりしているとすぐにチョコレートは出来上がるのだった。

不器用な雪音のラッピングを手伝って、三つのラッピングされたチョコレートが完成すると、雪音はみんなに「ありがとう」と言って届けに向かった。正直雪音は言われたとおりに材料を入れるだけで、活躍したことといえば冷やすときだけだったので、雪音が作ったチョコとは言い難いのだが、それはまぁ、よしとする。










緑谷と轟はどうやら一緒にいたのですぐに渡せた。轟は大きな段ボールを抱えており、その中には大量のチョコが入っていたので驚いたが、仮免取得のときに起こった敵退治でインタビューされており、その放送を見た全国の女性が送ってくれたとのことで納得した。
でもそこに爆豪もいたのは初耳だった。インタビューでは轟しか流れていなかったというと、二人は顔を見合わせて、爆豪は全カットになったとその経緯を教えてくれた。


「勝己はすごいわね。いつでもどこでも勝己のままだわ」
「あはは……(それ、褒めてます? 先輩)」
「ああ、でも一人だとまだマシなんだ。人類とソリが合わねぇらしい」
「そうなの」

人類とソリが合わないという言葉に、雪音は内心で首を傾げた。
雪音にとって爆豪は何だか可愛い――この感情はねじれ曰くそうだ――人だ。けれど自分も元々人形のようなものであったから、逆に爆豪が眩しく映ったのかもしれないと、変に納得するのだった。

轟らと別れて、今度は爆豪に渡すべく移動する。二人の話では少し前まで一緒にいたらしい。そんなに遠くには行っていないだろうと、辺りを探していると……確かに見つけるのだった。


「勝己」
「あ? あんたか。なんか用かよ」
「うん」

なんか用かよ、とは言ったが爆豪は内心ほんの少しだけ期待をした。だが相手は雪音である、雪音がこのようなイベントを積極的にするタイプとも思えず、爆豪は本当にあまり期待をしなかった。けれど、わざわざ探していた風なので、ほんの少し期待した。
そしてその期待は的中する。


「これ……バレンタイン」
「……あんたがこういうのに参加するとは思わんかったわ。従弟のついでか?」
「焦凍くんには最初からあげるつもりだった。けど……勝己も緑谷くんも、大事な後輩だから。ついでじゃない」
「……そーかよ。ま、受け取ってやらねぇこともねぇ」
「よかった。たくさんの人に協力してもらったから、大事に食べて」
「……おう」

爆豪は貰えるのならてっきり轟のついでだと思っていたし、手作りじゃなくて市販のものだと思っていた。雪音の家事能力から鑑みるに、作ったのはほぼその協力したやつらだろうが……キッチンを出禁されている――これを聞いたときはマジかとドン引きした――雪音が参加したということは、本当に自分たちにやるために頑張ろうとしたのだと理解してしまった。

まんざらでもない様子で受け取った爆豪に、雪音はまた撫でたくなって、背伸びをして頭を撫でた。


「おいっ、あんたまたっ」
「勝己はたまに撫でたくなるの」
「はぁ?」
「ねじれが教えてくれた。それはかわいい≠チて思ってるんだって」
「は!!?」
「勝己は……かわいいわね」

今度こそ爆豪は「ざけんな!!」と吠えた。ついでにボンッと掌を爆破する。
けれど雪音はちっとも怯えない。全く気にした風もなく、雪音はかわいいかわいいと爆豪の頭を撫でていた。


「俺のどこが可愛いんだよ!! あんた絶対眼科行ったがいいぜ!!」
「眼はいい方」
「そういうんじゃなくてだな!? あーもうっ、やめろや!」
「かわいいかわいい」
「聞けって!!」

本当に雪音は自分の話を聞かない。むしろあの時ぶつけた鬱憤が奇跡だったのだと思う。雪音は基本的人の話を聞かない。聞いてはいるが、汲み取ることはほぼない。自分の気持ちを言葉にするのは苦手なくせに、その行動ときたら自由人そのものだった。
そしてその被害に遭うのは圧倒的に自分であった。轟にも緑谷にも先輩風というかお姉さん風を吹かせているくせに、爆豪にはこれである。いやこれも一種のお姉さん風なのかもしれないが。爆豪は別にこういうのは望んで……いや、ないともいえなかった。


「おらっ」
「んむ」

雪音が背伸びを続けてまで撫でるのをやめないから、爆豪は屈んでやる……なんてことはせず、むにっと雪音の陶器のような両頬を両手でつまんだ。きょとん、とした雪音の顔がいつもより近くて、少しだけ心臓がいつもより早く鼓動を刻む。
そのままむにむにとつまんでいると、雪音が首を振って逃げようとするから、逃がすかとばかりにもっとむにむにした。


「んんんっ」
「仕返しだわ。これに懲りたらほどほどにしろよ、雪音サン」
「ふぉりにゃい」
「素直か! 嘘でも懲りたっつっとけや!」

懲りないと即答した雪音に、あんたのその執着は何なんだと思いつつも、正直まんざらでもない自分がどこかにいた。雪音にかまってもらえるのが、雪音に見てもらえるのが嬉しいのだ。
あんなに轟しか見ていなかった雪音が、自分を見ている。つまんなそうだった雪音の世界を壊したのが、自分の鬱憤をぶつけた叫びだと思うとかっこつかないが、それでも変えたのが自分だというのは気分が良かった。

雪音の目には確かな生気が宿っている。人形なんかじゃない。無機質でもない。爆豪が焦がれたその人が目の前にいた。


「あんたほんと……覚えてろよ」
「? ふぁにが」
「さぁな。その内分かんじゃねェの」

不思議そうな顔をする雪音のほっぺたをぱっと解放してやる。まだ、言ってやらない。せめて自分と同じくらい雪音の中の自分の存在が、大きくなるまで。自分のことで一喜一憂する雪音が早く見たかった。
それを横で面白そうに見物して、時にちょっかいをかけて雪音をいっぱいいっぱいにしてやりたい。
あんたも俺の気持ちを思い知れと、よくわかっていない雪音に思うのだった。


 


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