雪解ける淡い想いを

本日、エンデヴァー事務所では動物園とのイベントのコラボが行われようとしていた。
軽いショーをやることにはなっているのだが、それはそれとして、宣伝用のポスターなどを描いているとき、それは起きた。


「ぶははははっ!! あんたっ、絵下手なんかよ……!」

隣で作業をしていた雪音の絵を、何気なく見た爆豪が爆笑した。
雪音の作る氷はどれもこれも美しいのに、雪音の絵ときたらそこらの幼稚園児の方がまだ上手だろうといった出来であった。


「? そんなに変かしら?」
「ねこかよ? ブッサイクだなァ……!」
「ねこ? これはウサギよ」
「うさぎっ!! ぶははっ! 見えねぇ……っ!!」

猫にだって正直見えなかったが、まさかのうさぎだった。うさぎならもうちょっと耳の形強調しろよと思ったが、まぁ雪音である。
雪音はきょとんとした顔をしているし、緑谷があまりに爆豪が笑うものだから「かっちゃん……!」と咎めるが、爆豪がぴらっと雪音の描いているポスターを見せると、緑谷も撃沈した。ただ下手ならまだしも、微妙に笑いを誘ってくるのだ。唯一無事なのは轟だけだったが、轟も内心であれうさぎなのか、と思っていた。


「……にんじんをつけてみたら……」
「ぶはっ!! あんたそれそうめんだろ……!!」

うさぎに見えるようににんじんを描こうとしたはいいが、描けていなかった。ふにゃっとした縦棒はにんじんには到底見えず、そうめんにしか見えなかった。
雪音もそう思ったのか「そうめん食べたい」と言いだすので、「あんたそうめんばっかだな」と爆豪も笑うのだった。

このやりとりは別段珍しくもない風景であったが、緑谷はあれ……と何かを感じていた。


――かっちゃん、あんな風に笑う人だったっけ……?


緑谷の中の爆豪の笑う姿と、今の爆豪の笑う姿が重ならなかった。
何だか嬉しそう、というか……楽しそうというか……。
爆豪は雪音を見ていて、またなにやらからかっている。雪音はそれに真面目に対応していて、更に爆豪が笑う。その光景が何だかとっても……甘酸っぱくて、緑谷はすべてを理解した。


――そういうことかよかっちゃん!!


爆豪は雪音のことが好きなのだ。そして好きな人にかまってほしくてからかっているのだ。正直めちゃくちゃかっちゃんぽいアピールだなと思った。でもそれ、先輩じゃなかったら逆効果じゃないかなとも思う。まぁ、雪音なので大丈夫だろう。まったく気にしてない。むしろ――


「……分からないわ。勝己、お手本を見せて」
「あ? ったくしゃーねぇな。貸せ」
「ん」

貸せと言って爆豪は画材を受け取ると、そのままさらさらと描いていく。才能マンである。それはいい、それはいいのだけれど……。


――ち、近くないかな!!?


頭を寄せ合って描いているその距離といったらもう、近かった。それもう付き合ってる距離じゃないの、と思う。もしかして、自分が知らないだけで二人は付き合っているのだろうかとさえ思う。こうしてみると確かにいい雰囲気というやつかもしれない、と思っていると、轟に声をかけられた。


「や……りや……緑谷」
「ハッ! な、なに轟くん?」
「ぼーっとしてたから気になった。大丈夫か?」
「あーうん、大丈夫……大丈夫」

正直大混乱で大丈夫じゃない。轟も歯切れの悪いそれに何かを察したのか、緑谷の視線の先を見て、「ああ」と何やら納得した様子だった。


「雪音さんと爆豪が気になるのか」
「え!? いやそれはその……!」
「爆豪、頑張ってるよな。応援してやりたくなる」
「!? 轟くん、知ってたの!?」
「ああ。あの事件の時……おまえが帰ってくる間にちょっとあってな。その時聞いた。雪音さんに憧れてたらしい」

轟がとっくに知っていたことに驚きつつも、続く憧れというのに少し首を捻った。
爆豪が雪音に憧れていたというのは、部分的に緑谷も知るところだが、果たしてそれは恋と結び付けていいものだかろうかと思ったのだ。それを言うなら、緑谷自身も雪音に憧れていた。むしろあの体育祭を見た後輩たちのほとんどが氷叢雪音に魅せられた者たちだろう。
けれど緑谷自身それが恋だったかと聞かれると首を振る。だから轟のその解釈は少し不思議だった。


「えっと……憧れとその……ここここ、恋ってのは……轟くんの中では一緒なの?」
「ん? そうだな……時と場合によるが……爆豪のは、ちょっと俺と似てた気がしたから」
「え!? それってどういう……」
「……雪音さんは……俺の初恋の人なんだ」
「えっ、ええええええええええ!!?」
「うるせぇぞクソデク!!!」

衝撃的な事実に緑谷は思わず叫び声を上げた。それに爆豪がブチギレる。
それに「ごめん!」と緑谷が謝るけれど、衝撃は消えなかった。とんでもないことをカミングアウトされた気がする。
小声で内緒話をするように轟に伺う。


「そ、そうだったの……轟くん」
「子供の頃のことだけどな」
「本当に初恋だったんだ……」
「ああ、だから……爆豪のは結構本気なんだと思う。雪音さんも爆豪のことは気に入ってるみてぇだし……上手くいくといいよな」
「そ、そうだね……」

子どもの頃の初恋だというのは本当らしく、現在轟は爆豪の恋を応援しているらしい。よく爆豪に雪音がイトコンイトコン言われているが、轟もなかなかにイトコンだと緑谷は思っている。でも意外と雪音に恋人ができること自体は寛容らしい。もしかしたら相手が爆豪――友だちだと轟は思っていた――だからいいのかもしれないけれど。








それからも爆豪指導の下雪音は絵を習っていたのだが、どうしても上手くいかず、結果的にポスター制作は諦めた。逆にこの微妙に笑いを誘う絵が園長に大ウケし、一部グッズ化された。だがこれは雪音――ネージュが描いたものというのは伏せる方向でエンデヴァー事務所は合意することになった。


「勝己、見て」
「おー。あんた氷だと何でも出来るんだよなぁ……何で絵は描けねぇんだよ。似たようなもんだろ」
「絵は難しい」
「こっちの方が難しそうだけどな」

爆豪が描いた絵を忠実に氷で再現する雪音に、爆豪は微妙な顔をする。本当に雪音が生み出す氷は綺麗だ。その造形速度も正直爆豪から見ても意味が分かんねぇくらい速い。けれど絵を描くのも家事もからっきしなのだから、余計雪音という存在は謎だった。
でもそれはそうとして、まさか雪音に「見て」なんて言われる日が来るとは思わなかった。いつだって爆豪は雪音を見ているし、見て欲しいと願っていたのは爆豪だったから。
雪音は相変わらず何を考えているのか読み取り辛いが、少しずつ、距離は縮まっているのかもしれない。


「あんた、ショーの方頑張れよ。ガキどもが喜ぶんじゃねぇの」
「うん。そのつもり。色々作りたい」
「たとえば?」
「……氷の馬車のジェットコースターとか?」
「やめとけ。季節考えろ、風邪ひくだろうが」
「そう……」

心なしかしょんぼりする雪音に、爆豪はため息を吐く。
どうやらあの脱出劇を経て、見事憧れられたネージュはそのとき使った氷の馬車やらジェットコースターに意識が引っ張られているらしい。よっぽど嬉しかったんだなと爆豪は察した。
それならば、と爆豪は一つ提案する。


「アトラクション系じゃなくて、もっとショーっぽくしろよ。動物園だろ」
「ショーっぽく……?」
「園にいる動物、作りまくればいいだろ。それでも十分、ガキは喜ぶわ」
「! そうね。そうする。ありがとう、勝己」

礼を言う雪音に「フンッ」と返事をする。
雪音は何だか抜けていると爆豪は常々思う。ネージュに憧れたあの子どもが、最初に心を奪われたのはあの動物たちだった。派手なアトラクションじゃなくたって、雪音の氷は多くの人間を楽しませることのできる個性だ。

今だって爆豪は、氷原に佇む雪音の姿を鮮明に覚えている。
氷原に咲く麗しの花。雪音の氷はいつだって特別だった。
これほど不器用な雪音が、氷に関しては驚く程器用なのは……おそらく轟が関係しているのだろうと爆豪は思う。雪音は筋金入りのイトコンだから。ここまで磨けた理由はそこにあるのだと思っている。
でも、今の雪音はそうして磨いた技術をヒーローとして、ネージュとして行使し、磨いている。それは爆豪も悪くないと思った。

いつか必ず自分が雪音を下すのだと決めている。今はまだ届かないけれど、雪音が負けていいのは自分だけだから。
冬が終わろうとしていた。雪解けの時、激動の春が……そこまで来ていた。


 


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