薄氷の上で踊ろうか

三月下旬、超常戦線解放軍決起の情報を受け、ヒーローたちが集結した。
そこには雪音や爆豪らといったインターン生も含まれており、エンデヴァー事務所は死柄木と脳無の創造者がいる蛇腔病院側に配置された。
そして現在、雪音らは避難誘導を行っていたのだった。


「ご家庭や近隣に身動きの取れない方がいましたら、お教えください!! この街一帯対敵戦闘区域になる恐れがあります!!」

バーニンの声を聞いて、高層ビルのバルコニーから声がかかった。生まれたばかりの双子と小さい子供がおり、手を貸してほしいとのことで雪音が氷で緩やかな滑り台を作り、中に入って手助けをした。
その人の避難が終わって戻ってくると、何やら爆豪がバーニンに叱られていた。


「どうしたの?」
「雪音さん。爆豪がお年寄りにもいつも通りで……注意されてた」
「余計なこと言うなや!」
「ああ……勝己はどこでも勝己だものね」
「あんたも変に納得してンな!」

以前聞いた話では爆豪が仮免落ちしたのはその口ぶりが原因だったという。けれどだからといって特別直った様子はなかった。
雪音は気にしないが、繊細な人が相手だと爆豪は怖いかもしれない。そこで雪音は以前轟から聞いた人類とソリが合わないの意味を少しだけ理解したのだった。

けれど、その後間もなくだった。病院が崩壊したのは。その崩壊が――伝播したのは。













病院から始まったその崩壊は、瞬く間に押し寄せてきた。
当初の予定していた避難区域より広がったそれを止めるために、ヒーローやインターン生たちが躍り出る。


「霧氷烈華!!」
「穿天氷壁!!」

雪音と轟の氷が崩壊を食い止めようと繰り出されたが、その甲斐もなくそれごと塵にされた。
バーニンが退避を叫ぶ。必死に病院側と連絡を繋ごうとしているが、エンデヴァーも、リューキュウも、誰とも連絡がつかないままだった。

皆必死で近くにあるバスや車、人々を個性や手を使って救けた。少しでも多くを、少しでも遠くへ逃がすために。
その崩壊の規模は凄まじいものだった。死柄木の個性が病院で強化されていたのだ。触れたものを崩壊する個性、それが伝播するものに変わっていた。個性が伸び、進化した……恐るべき魔王の誕生だった。








雪音は崩壊が止まった後、その影響で火災が一部で発生したため、その消火活動に出ていた。そのまま救助活動を行い、救けて、救けて、そしてたまたま飯田たちが話しているのを聞いた。
轟と連絡がつかない。謹慎ボーイズを連れ戻す。大型敵がまっすぐ北上している。


「ねぇ……焦凍くんと誰がいないの?」
「先輩っ!」
「爆豪くんと緑谷くんです! 急に忘れ物があると飛び出した緑谷くんと一緒に爆豪くんまで……それを轟くんが追っていたのですが、通信が……」
「……あの子たちが? そう、わかったわ」

エンデヴァー事務所のインターン生たちが揃って独断行動にでたらしい。
無茶をする子たちであるけれど、好き勝手する子たちではない。何か理由があったのだろうと思う。バーニンに伝えたかったが、バーニンとの通信も今は音信不通にされていて使えない。とりあえず会ったら伝えようと思ったが……この大型敵のことを病院の方で戦っている者たちに伝えるよう、浮ける波動らに指令が下った。


「俺も同行します!!」
「私も」
「君らは浮……あぁ速!!」

本来なら波動らで十分だったのだが、飯田も雪音も三人のことが心配でついてきてしまった。
氷で道を作る雪音を見た飯田が声をかけた。


「先輩! 俺に乗ってください!」
「え」
「その代わり俺の足を凍らせてくださいませんか! 排気筒は塞がずに、その方が速く駆けれます!」
「! わかった」

飯田の言う通りに背に乗り、足を冷やすように凍らせる。ビュンっと駆けるインゲニウムに波動が面食らった。
そして疑問に思ったことをそのまま口にする。


「ねぇねぇ、ネージュ、インゲニウムくん。何でこっち・・・来たの?」
「規律を乱した罰ならいくらでも受けます! クラスメイトが3人……まだ帰って来てないんです……!! 内、二人は……俺を正してくれた親友なんです……!」

雪音は飯田の言葉に保須でのことを思い出した。職場体験でヒーロー殺しステインと会敵し、ボロボロになっていた轟と緑谷と、飯田の姿が浮かぶ。
轟からもよく緑谷と飯田の話は聞いていた。親友、本当にいい友だちを轟は持ったのだと、胸がいっぱいになって、首に回した腕にぎゅっと力がこもった。


「私も……あの子たちが心配だから来た。大事な……後輩だから」
「そっか! じゃあ速く行ってあげないとだね!」
「……うん」

先輩として、ネージュとして、駆けつけたその先で待っていたのは……想像よりもずっと酷い光景だった。












「皆!!!」
「大型敵がここに向かってる!! 向こうで脳無と戦ってるヒーローにも伝えてある!!」
「バクゴー……デク……エンデヴァー……」

緑谷と爆豪はもうボロボロで、病院にいたはずのエンデヴァーたちプロヒーローも同じ有様だった。相澤に至っては足を切断していたほどだ。更に爆豪は腹を刺されたようで、危ない状況だった。
唯一無事なのは轟くらいで、雪音は波動らと一緒に加勢に回った。雪音と波動の目には確かな怒りが宿っていた。

けれどそこに到着してしまう。大型敵が、連合をその背中に乗せて。
大型敵と死柄木両方を同時に相手にするのは無理だと判断し、先に轟と波動、雪音の三人で手負いの死柄木から叩くことにした。
それに死柄木の中にいるAFOは三人の個性、「波動」「半冷半燃」「氷結」がシンプルに強いと感じる。決して死柄木とAFOを休ませなかった。


「出力100%ねじれる洪水グリングフロット=I!」
「赫灼熱拳噴流熾炎=I!!」
「飛雪万象流氷風雪=I!!」
「逃げろ゛ォ゛オ゛」

エンデヴァーの叫びが響く次の瞬間、大型敵に三人が吹き飛ばされた。主を守ろうと、ギガントマキアが妨害に来たのだ。飯田が三人の名前を叫ぶ。波動と雪音は今ので怪我をしたし、轟も飛ばされて身体を打ち付けた。
死柄木がギガントマキアの掌に落ちた。これではだめだと雪音が追撃しようと出た時、その人は現れた。


「おーういたいた。こっから見るとどいつも小っさくて。お!? 焦凍も雪音ちゃんもいンのか。こりゃいいや!」
「あ??」
「……え?」
「荼毘!!!」

雪音は何故か急に上手く息ができなくなった。怪我はしたが呼吸機能に影響などないはずなのに、上手く息ができない。初めて近くで見る荼毘が、テレビ越しで見たときと同じように何故か焦凍の顔に重なる。
そしてその疑問は間もなく解けた。


「酷ぇなァ……そんな名前で呼ばないでよ……燈矢って立派な名前があるんだから」

染髪料を落としたその髪は、雪音と、轟の右側と、冷と同じ髪の色だった。白い、髪。エンデヴァーと同じエメラルドグリーンの瞳。
瀬古杜岳で焼けて死んだはずの轟燈矢がそこにいた。


「顔はこんななっちまったが……身内なら気づいてくれると思ってたよ。まさか……お父さんも焦凍も気づかないのに、一番鈍そうな雪音ちゃんが察するとは思わなかったけど」
「……ほん、とに……生きて……」
「そうだよ、雪音ちゃん。俺は生きてる。停まってたのは君だけさ」

雪音の瞳が揺れる息が上手くできない。身体が震える。燈矢が生きていた。瀬古杜岳だけで焼けて、その時から時間が停まっていたはずの燈矢の時間は、変わらず動いていた。
スケプティックのパソコンから燈矢のドメスティックな告発が流れている。


「どうしたらおまえが苦しむか、人生を踏み躙れるか、あの日・・・以来ずうううううううっと考えてた! 自分が何故存在するのか分からなくて、毎日夏くんに泣いて縋ってた事知らねぇだろ」

燈矢が、荼毘が躍る。


「最初は、おまえの人形の焦凍が大成した頃に焦凍を殺そうと思ってた! でも期せずしておまえがNO.1に繰り上がって俺は! おまえを幸せにしてやりたくなった」

それはそれは楽しそうに。


「九州では死んじまわねえか肝を冷やした! 「星のしもべ」や「エンディング」を誘導して次々おまえにあてがった!! 「イグナイト」もそうだ! お母さんによく似た雪音ちゃんが、あんな風に焼けて死んだらどんなに絶望するか楽しみでしょうがなかった!」

軽やかな足取りで。


「念願のNO.1はさぞや気分が重かったろ!? 世間からの賞賛に心が洗われただろう!? 子どもたちに向き合う時間は家族の絆≠感じさせただろう!!? 未来に目を向けていれば正しくあれると思っただろう!!? 知らねェようだから教えてやるよ!!!」

荼毘の、大舞台が……。


「過去は消えない。ザ!! 自業自得だぜ。さァ一緒に堕ちよう轟炎司!! 地獄こっち息子おれと踊ろうぜ!!!」

氷の割れる音がした。薄氷の記憶がパキパキと音を立てて割れていく。
あの日には戻れないというように、粉々になった氷が風に攫われてどこかへと散っていくのを……雪音は見ていた。


 


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