私を強くさせるもの

「燈矢は死んだ。許されない嘘だ」
「俺は生きてる。許されない真実だ、お父さん! 炎熱系の個性なんざ事務所にもいるしで、俺が何者かなんて考えなかっただろ」

荼毘はすでに九州に残ったエンデヴァーの血とDNA鑑定をすませて公表していた。
そして続けられる焦凍の話。雪音はそれに動揺している場合ではないと思考を切り替える。燈矢を、荼毘を止めなくてはならない。
雪音が氷結を繰り出すのと同時に荼毘が笑って蒼炎を放った。


「っ……!!」
「火力は俺のが上だもんな。でもよく動いたよ、雪音ちゃん。本当焦凍のための雪音ちゃんだ。そこは変わんねぇなァ、かわいそうに! それしか知らねぇもんなァ!」
「雪音さんっ!!!」

荼毘の炎が雪音を焼く。荼毘が燈矢と分かってから、威力が落ちてしまっている。躊躇っている、燈矢に個性を行使することを、攻撃することを。そんな甘い考えじゃいけないとわかっているのに、轟燈矢であると認識してしまった今、雪音は本気でぶつけることができなくなってしまった。


――こんなんじゃ、ダメなのに……。


これはネージュではない。ネージュとして頑張ると決めた。あの小さな女の子の憧れを守るのだと誓った。こんなものはネージュではない。

エンデヴァーと轟を攻撃しようとする荼毘を阻止するべく痛む身体を動かした。けれどそれより早く、ベストジーニストのファイバーマスターがギガントマキア諸共それを阻止した。
波動が死柄木を叩こうとして、荼毘に焼かれて、荼毘は轟を焼こうとして、雪音が動かない身体を無理やり動かす。ハイエンドがこちらに向かってきていた。その時、通形が到着した。エリちゃんに巻き戻しで個性を戻してもらったルミリオンが、来てくれた。


「バクゴー君!? ちょっと目を離したら!! 動いちゃダメだ、死ぬぞ!!」
「ネジレちゃん! ネージュ! 大丈夫かよ」
「通形来たら平気。不思議!」
「ここで動くのがヒーローでしょうっ」

雪音は自分より酷い怪我をしている爆豪を見る。やっぱり爆豪はこういう時動くのだ。それが雪音の好きなヒーローの姿だ。だから、雪音も動く。守るために、助けるために。
雪音はそのまま荼毘の方へ進む。焦凍を助けるために。荼毘に、燈矢にこれ以上何も焼かせないために。


世界そとは見えたか? バクゴー=v
それ・・は仮だ。あんたに聞かせようと思ってた! 今日から俺はぁ……大・爆・殺・神ダイナマイトだ!!」

大・爆・殺・神ダイナマイト。それが雪音の好きなヒーローの名前だった。
爆豪らしい名前だとも思う。きっと彼はオールマイトのように絶対勝つヒーローになるだろう。そんな彼が自分以外の誰にも負けるなと言ったから。雪音は……頑張るしかないのだ。


「焦凍!! 俺の炎でおまえが焼けたら、お父さんはどんな顔を見せてくれるかなァ!?」
「流氷氷柱……!!」
「あれ……雪音ちゃん頑張るなァ。空っぽな人形だったのに。今や立派な人間ですってかァ?」
「……」
「おいおい、無視かよ。ちょっと見ないうちに反抗的になったなァ」

違う、と雪音は思う。雪音は昔からこうだ。何と言っていいか分からないとき、表現できないとき、雪音はいつも黙ってしまう。なんて言っていいか分からないから、何も言えない。
でもそれを分かるほど雪音と荼毘は、燈矢は関わってこなかった。雪音が知っている燈矢はいつもどこかへ行こうとしていて、女の子には分からないと突き放す人で、冷とエンデヴァーがとても心配していたことだけしか知らないのだ。
燈矢だってそうだ。雪音が人形だったという事しか知らない。自分たちの関係はあの薄氷の記憶から何一つ進んでいないのだから。


「焼き足りなかったみたいだから、先に雪音ちゃんから焼いてやるよ。その方が焦凍も悲しむ」
「やめろっ!! 雪音さんっ、逃げ――」
「逃げない。負けないって、約束したから」

心の氷が叩き割られた時に、雪音は「分かった」と言ったのだ。
自分は爆豪勝己以外の誰にも負けてはならない。だから雪音は逃げない。ここにいる誰も逃げてなんかいない。大けがをして、安静にしていないといけない身体でも誰一人逃げてなんかない。だから雪音も逃げない。逃げるわけがない。それがヒーローで、ネージュだから。


「ほんと……立派になったなァ。可哀想に。すっかり毒されちまって……俺が救ってやるよ! 地獄で会おう! 雪音ちゃん!!」
「雪音さんっ!!!」
「赫灼熱拳……プロミネンスバーン!!」
「霧氷烈華……回雪・絢爛花吹雪!!」

一撃目より、二撃目、戦いが長引けば長引く程、雪音の氷結は、個性は……冴え渡っていく。荼毘の火力をそれ以上の冷気で打ち消していく。バカだったと思う。今まで試してもいないことで燻って、勝手に諦めていた。自分が今やるべきことも、今までの自分がやるべきだったことも、脳裏を駆け巡る。
この人を止める。それこそが雪音の試練である。轟以上の火力を感じる。その火力を感じてなお、だからこそ、雪音は負けるわけにはいかないと出力を上げた。


「氷装・六花風月!!」
「ああ……ちょっとこれは想定外かもな。でもな、雪音ちゃん。俺に夢中になりすぎんのはよくないぜ?」
「え……?」
「伏せろ雪音さん!!」
「っ」

轟の声に反射的に頭を竦めた。その上を轟の炎が過る。ハイエンドの一体がこちらに迫っていた。その隙を荼毘が見逃すはずもなく「隙あり」と燃やされる。
そのまま掴まれて焼かれようとするのを緑谷がフロッピースタイルの黒鞭で助けてくれた。けれどそれに怒ったように荼毘が黒鞭を燃やす。


「他所の家に首突っ込むなよ!」
「突っ込む! 轟くんは大事な友だちだ!! 氷叢先輩は尊敬する先輩だ!! エンデヴァーは僕を強くしてくれた恩師だ! 過去は消えない! だから頑張ってる今のエンデヴァーを僕は見てる=I おまえはエンデヴァーじゃない!」

その言葉に突き動かされるように、エンデヴァーはワイヤーが切れて動き出したギガントマキアに向かって一撃を入れた。もう動けるはずもない身体で、それでもなお、立ち上がった。
それと同時に、麻酔の効果がようやくここで現れた。皆が少しずつ削り、小さな糸が連なって、縄となったのだ。


「燈矢ーー!!」
「燈矢くんっ」
「ごめん、焦凍、雪音ちゃん。事情が変わった」

凄まじい火力が荼毘から放たれる。雪音が咄嗟に大氷結を繰り出し保護膜を作るが、荼毘も先ほどより火力を増していた。雪音と同じ、使えば使うほど火力が上がる性質らしい。轟と一緒に地面に身体を打ち付けられた。


「轟炎司がまだ壊れてない上に、気絶しちまったらこのショーの意味がない。ごめんな最高傑作……と、元お人形ちゃん」

そしてMr.コンプレスの個性で脱出ショーが行われる。それを通形が防ぐも、間もなく死柄木が……否、死柄木の中のAFOが目覚めた。
脳無に信号を送り、命令を下す。一緒に逃亡しようとするのを必死で止めにかかった。


「荼毘もそっちだーーーー!! 逃がすな!!」
「飛雪万象流氷風雪=I!!」
「邪魔だよ」
「っああ!!」

まるで赤子の手を捻るかのように簡単にいなされる。背中を棘で刺される。それ以上は動けなくて、そのまま逃亡を許してしまった。
みんなボロボロだった。雪音は遠のく意識の中で、みんなが無事でありますようにと願うのだった。


 


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