大・爆・殺・神ダイナマイト

あれから雪音たちは、最先端最高峰の治療を受けられるセントラル病院に搬送された。
雪音は火傷を負っていたが命に別状はなく、むしろ氷叢の血のおかげか然程ひどい事にはなっていなかった。同じく火傷を負った波動と轟が心配だったが、その波動がひょこっと通形や天喰と一緒に雪音の病室に現れたのはすぐだった。


「ねじれ……髪が……」
「髪だけで済んでラッキーだったよ。雪音は火傷大丈夫?」
「私は平気。見た目ほど酷くないわ」
「痕とか残らない?」
「残らない」
「よかった!」

波動の長かった髪はばっさり切られ、今や肩より上のショートヘアになっていた。
波動が念入りに髪のケアをしていることを、甲矢が言っていたことを思い出し、雪音は無意識に「ごめんなさい……」とつぶやいていた。


「変なの。何で雪音が謝るの?」
「……燈矢くんは、荼毘は……私の従兄だから」
「いとこだから謝るの? 雪音がやったんじゃないのに?」
「そう、だけど……」

雪音はうまく言えなかった。いつもそうだ。上手く感情を表現できない。従兄だから謝ったのか、それは確かに理由の一つではあるけれど、もっと他にもある気がして、言葉に詰まる。それに波動らは少しだけ慣れた様子で顔を見合わせると、ゆっくり雪音の話を聞こうとした。


「大丈夫、氷叢さん。ゆっくりでいいから」
「何かあるんだよね? 思ってること少しずつ話してごらんよ」
「……うん。荼毘をテレビで見た時……焦凍くんに、何故か重なった。あの時は気のせいだって思ったのに、荼毘が亡くなったはずの燈矢くんで……驚いた」
「うんうん、死んだと思ってたら生きてたんだもん。びっくりだよねぇ」

波動の明るい声に雪音は一つ頷いた。
それから少しずつ、記憶を辿っていく。薄氷の記憶を。氷叢雪音の全ての始まりを。


「燈矢くんが流した告発は……大体あってる。私も……何もできなかった」
「雪音……」
「昔から、私は何もできなかった。言われたことだけして、自分で何か動いたことがない。そして、気が付いたら……とんでもないことになってた。私は燈矢くんが言った通り……そこに在るだけの人形だった」

ぎゅっと痛いほど両手を握りしめる。この気持ちはなんというのだろう。落ち着かない、嫌な気持ち。呼吸が荒くなる。波動が優しく「大丈夫だよ。雪音の思ってること、教えて」と雪音の背を撫でた。


「……分からない。こういうときなんて言っていいのか……分からない。でも、ずっと、ずっと、苦しい……!」

どうしてこんなに苦しいのか分からない。薄氷の記憶を思い出すたびに雪音は苦しくなる。
美しい記憶は焦凍と冷と三人だけで過ごした記憶だけ。そのほかの記憶はつらく、悲しいもので溢れている。
波動は分かったというようにそっとその気持ちを教えてくれた。


「それはね、後悔っていうんだよ」
「……え?」
「雪音は後悔してるんだね。何もできなかったことも、自分から何かしようとしなかったのも。雪音はずっと後悔してる」
「後悔……」

波動に言われた言葉を反復すると、通形も天喰もこくりと頷いた。
それで雪音も後悔という言葉を振り返って、ああ、そうだと納得した。腑に落ちたのだ。


「ええ……私ずっと、後悔してる。何もしなかったこと、何もできなかったこと。私がもっとちゃんと動けてたら……何か変わったかもしれないって……後悔してる」

だから波動にごめんなさいをしたのだ。その傷は荼毘がつけたものだけれど、荼毘がそうなった一因に自分も絡んでいると思ったから。自分がちゃんとやっていれば荼毘は生まれなかったかもしれないと、そんなもしもをみたのだ。
そして真っ先にそれならと口を開いたのは通形だった。


「じゃあ、頑張ろう」
「ミリオ……」
「今度は後悔しないように。これ以上従兄くんが罪を重ねないように、今度は止めよう。後悔は後に悔いるから後悔なんだ。もう悔いることがないように、今頑張ろう」
「……うんっ」

そうだ。まだ終わりじゃないと雪音は再確認した。荼毘がすでにしたことは償いようのない罪かもしれない。それでもこれ以上罪を重ねないように、それを止めるのはやはり雪音たちだ。

燈矢を止める。それが雪音の新しい目的だった。確かに瞳に光を取り戻した雪音に三人は顔を見合わせてもう大丈夫だと思った。荼毘の告発を聞いて心配していたのだ。
その気持ちは雪音にも伝わっており、そうだと雪音は口を開いた。


「ねじれ。ヒーローの名前、わかったの」
「え、誰々!? 教えて!」
「大・爆・殺・神ダイナマイト。それが私の……好きなヒーローの名前」

まるで宝物のようにその名前を口にした雪音の顔は、ひどく優しいものだった。
それに大興奮する波動とは反対に、乾いた笑いを浮かべる通形の肩を、天喰が気遣わし気にポンっと叩くのだった。









その後冷や冬美たちが見舞いにやってきたのだが、真っ先に冷には頭を下げられてしまった。
慌てる雪音に、燈矢が酷いことをしたと責任を感じている冷に、自分も燈矢を止めたい、従兄妹として、家族としてというと驚いた顔をされた。


「雪音ちゃん……」
「私にとって轟家は……図々しいかもしれないけれど、もう一つの家だと思ってる」
「それは私もよ。あなたのことは……もう一人の私の娘だと思ってるわ」
「……燈矢くんとは過ごした時間も、交流した機会も……そんなにないけど……他人じゃないって思ってる。私にももっと、出来たことがあったんじゃないかって、ずっと後悔してた」
「雪音ちゃん……」

そんな風に思っていたのね、と冷たちは驚いた。雪音が後悔を抱えていたとは思わなかったのだ。娘だと、家族だと言いながら、その実自分たちは雪音を仲間外れにしていたのかもしれない。


「だから……今度は後悔しないために、燈矢くんを止める。私にも一緒に背負わせて」
「……そんな風に言われちゃ、断れないよ。ね、お母さん、姉ちゃん」

冷も冬美も観念したように頷いた。
みんなで一緒に燈矢を止めようと誓って、三人は雪音の病室を後にした。
雪音はみんなのおかげだと思う。自分では自分の気持ちをうまく表現できなかったし、きっと納得してもらえなかった。自分はいつも周りの人間に支えてもらっている。
そう思ったら、雪音は自分を立たせてくれたヒーローに会いたくなった。












爆豪の病室の近くにくると、何やら騒がしかった。どうしたんだろうとそちらの方を見ると、何やら担ぎ上げられている爆豪が目に入った。


「あっ! 氷叢先輩!」
「あ゛!?」
「出歩いて大丈夫なんですか!? 火傷したって聞いたんすけど!?」
「体質のおかげで見た目ほど酷くはないわ。それより……勝己はどうしたの?」
「勝己!!? おいこら爆豪! 先輩とどういう関係なんだよ!?」
「ほっとけ!!」

雪音の勝己呼びに食いついた峰田に、爆豪が吠える。代わりに砂藤と蛙吹が事情を説明してくれた。まだ緑谷の目が覚めておらず、爆豪が叩き起こしに行ったらしい。だが見ての通り一番重体だった爆豪は絶対安静で、今病室に連れ戻されようとしていたのだった。


「いいから降ろせ!! 自分で戻るわ!!」
「ほんとか!?」
「とか言ってまた緑谷んとこ行くんだろ!?」
「安静にしてないとダメよ、爆豪ちゃん」
「信用しろや!!」

腹に穴が開いていたのに怒鳴る爆豪を心配した雪音が、自分が責任をもって連れて行くから降ろすように頼んだ。三人は顔を見合わせて、雪音が言うならばと拘束を解いてくれた。信用レベルの差が出る。
爆豪はそれに不服そうにしながらも、雪音と一緒に病室に戻るのだった。











「――で、なんか俺に用かよ」
「用って程もないのだけど」
「用もねェのに病室出てきたンかよ。あんたも大概だな」
「しょうがないでしょう、あなたに会いたくなったんだから」
「……は」

見舞いの品だろうフルーツバスケットの中から、林檎を手に取り、氷でナイフを作って剝いていく。けれど相変わらずへたくそで皮が途中で何度も途切れ落ちていた。
我に返った爆豪が「貸せ」と言って奪い取るとスルスルと剝いていく。あっという間に切り終わって、雪音の口にそのまま放り込んだ。


「ん……これ、あなたのでしょう」
「誰にやろうと俺の勝手だろ。あんたも怪我人なんだから林檎でも食って元気付けろや」
「わかった」

雪音はそれから爆豪が差し出すままに口に入れた。はたから見るとどっちが年上かわかったものじゃなかった。
爆豪は再び雪音の口に入れると、今度は陶器のような頬っぺたをするっと撫でた。


「……なに?」
「顔に傷残んなくてよかったなと思って」
「? そんなに大事?」
「大事だろ。数すくねぇあんたの長所なんだからよ。大事にしろや」
「わかった」

素直にわかったというものだから、これでこれからは気を付けるだろうと一安心する。
多分、一目惚れだった。圧倒的な強さと、その美しさに魅せられた。この人の顔に見るも無残な傷が出来たからって、今更変わりも、揺れもしない気持ちであるけども、やはりなるべくなら怪我なんてしてほしくはなかった。


「大・爆・殺・神ダイナマイト」
「ンだよ」
「ありがとう」

雪音の話はいつも唐突だと爆豪は思う。何がありがとう何だよ、とじっと先を促すと雪音が話し始めた。


「勝己が、私は勝己以外の誰にも負けないって言ったから、頑張れた。ちゃんと、燈矢くんとも戦えた。あなたのおかげ……ありがとう」
「……そーかよ」

あの混戦の中で一際美しい氷を爆豪も見ていた。轟を助けようと足掻く雪音を、燈矢を止めようと戦う雪音を爆豪も見ていた。
雪音は爆豪が憧れた氷叢雪音で在り続けている。いや、それよりもっと美しく輝いて、その氷原に立っている。


「なァ、あんた」
「ん?」

――俺と……。
と言おうとして、やめた。今、それを言いたくないと思った。今じゃないと自分の中の何かが告げている。それを言うのは今じゃない、のなら……。


「これからも、俺以外の誰にも負けんなよ。俺が憧れたあんたは……そういうやつだ」
「……うん、わかった。勝己以外の誰にも、私は負けない」

それは己自身だってそうだと、雪音は頷いた。
雪音の返答に満足した爆豪は、それからも餌付けを続けた。林檎がなくなった後も、桃だオレンジだと剝いては口に入れる。なくなったのを理由に帰ってほしくなかったから。
雪音もまだ帰りたくはないと思っていてくれればいいと、爆豪は密かに思うのだった。


 


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