真の英雄は誰そか

雪音は仮免を取得してからエンデヴァー事務所でインターン活動を行っていた。NO.2ヒーローである上に事件解決数史上最多という実績の持ち主であるエンデヴァーは、雪音の義理の伯父である。
エンデヴァー事務所には有名な炎のサイドキッカーズというのもあり、氷結の個性を持つ雪音はこの事務所で少しだけ異質な存在であった。

そして今日は焦凍が職場体験に来ることになっていた。これには雪音も少々意外であった。あれほどエンデヴァーを忌み嫌っていた焦凍が、まさかエンデヴァー事務所に職場体験を希望するとは思っていなかったのだ。
焦凍はなりたいものになるために走っているのだ。それを思うと、雪音はなんだか落ち着かない。良い事なのに、よかったと思うのに、何だか胸のざわつきを感じてしまうのだった。








焦凍が来て早々、準備をしてすぐにヒーロー殺し、ステインがいるであろう保須市へと出張することになった。
焦凍は父としてではなく、NO.2ヒーローとしてその所以を眼と身体で体験するために職場体験先として選んだようだった。全ては、なりたいヒーローになるために。


「ヒーロー名、名前にしたのね」
「うん。右も左も……俺の力だから」
「……そうね」

焦凍のヒーロー名は本名と同じ「ショート」だった。焦がして、凍らせる。全部ショートの力。
良い顔をするようになったと思う。この世の全てを憎んでいたような顔をしていたのに、今の焦凍には昔の焦凍くんが伺えた。


「雪音さんは……ネージュって、なんで」
「……何にしたらいいか迷ってたら、通形が「氷叢さんって雪みたいだよね」って言いだしたから……ネージュでいいかなって」
「通形……?」
「……いつか会う時が来ると思うわ。ちょっと驚くことがあるかもしれないけれど、悪い人ではないから」

雪音の言っていることはよくわからなかったが、焦凍はこくりと頷いた。
それはそうと、と気になっていたことを口にする。


「その恰好、寒くないんですか」
「? 平気」
「……それなら……いい、ですけど」

不思議そうに見てくる雪音に焦凍は言葉に詰まった。
雪音のコスチュームは上半身はそこまで露出がない反面、下半身の露出がすごかった。フィギュアスケーターのようなそのコスチュームはよく似合っていたけれど、寒くはないのかと心配になった。でも、段々暑くなってきているし、冷もそういえば暑がりだったなと思い出す。雪音は母方の親族とだけあって、氷の個性を持っているし、その関係だろうと納得したのだった。








保須についてしばらくして、異変を察知してエンデヴァーたちと移動していると、焦凍がスマホを確認するや否や、行ってしまった。
焦凍は友だちがピンチかもしれないと言っていた。
雪音は焦凍に友だちができたのも、その友だちがピンチかもしれないときに迷いなく向かったのも。何だかやっぱり嬉しく思うのと同じくらい、焦凍が遠くへ行ってしまったような気持ちになった。

でも、今の雪音は仮免を持ったヒーローなのだ。今は自分の感情そんなものはどうでもいい。自分のやるべきことを果たすだけであった。

火災を氷で覆って消火しつつ、脳が剝き出しの化け物共を相手取る。
改造されたモンスターなのか何なのか、それらは不明だが、なにやら個性を複数所持しているようだった。


「ネージュ! 大丈夫!?」
「平気。バーニン、少し手荒にいく。離れてて」
「オッケー! アレ・・ね!」

すぐに意図を察したバーニンが指示を出して周囲を下がらせる。後ろに脳無が行かないように氷で牽制して、十分に離れたところで雪音が出力を一気に上げた。
冬の匂いが辺りに立ち込める。雪の音が鳴る。静かに呟いたそれは空気に溶けて消えた。


霧氷烈華むひょうれっか

氷原が形成される。脳無たちを的確に貫き氷の華で彩られたそれは、一種の芸術だった。
じっと、脳無らが動かないのを確認すると、バーニンにもう大丈夫、と合図をした。


「相変わらずあんたの戦い方は綺麗だねぇ」
「そう……?」
「そーだよ。じゃ、次行くよ。向こうで火災が発生してる! 消火作業に入るよ!」
「了解」

そうして火災も#無事に雪音#の氷結で鎮火した。これでとりあえずの仕事は終わったと思ったのもつかの間……焦凍が病院に運ばれたと聞き、驚くことになる。








一夜明けて、雪音は焦凍が運ばれた病院に来ていた。大したことはないと聞いてはいたが、心配だったのだ。
受付をして、焦凍のいる病室に向かうと、なにやらにぎやかな声が聞こえた。控えめにトントン、とノックをして顔を覗かせる。


「失礼します」
「! 雪音さん……」
「えっ、氷叢センパイッ!?」

病室に入ると雪音が想像していたほど酷い怪我はしていないようでほっとする。
雪音の顔を見て、心底驚いたといった反応をしたのは緑谷だった。それに雪音も轟も不思議そうな顔をする。


「雪音さんと知り合いだったのか?」
「? そうなの? どこかで会ったかしら」

焦凍の疑問に、そうだっただろうかと記憶を探ってみるが心当たりがなく、乏しい表情ながらどこか困惑したように小首を傾げると、緑谷が慌てて訂正した。


「いえそんなっ! そういうのじゃなくてあのっ! 僕今年は見れてなかったんですけど、一昨年と昨年の体育祭見てて、それですごい人だなって! 強い氷の個性もそうなんですけど咄嗟の判断力や個性を最大限に活かせる素の身体能力とかっ、軸がぶれないというか! その……お顔も大変お綺麗であの……もうエンデヴァー事務所でインターン生として活躍されてあってあのその、憧れっていうかなんていうかとにかくすごいなと!!」

緊張してすっかり上がってしまったように早口でまくし立てる緑谷に、雪音は呆気にとられてしまった。何を言っているのか意味が・・・よくわからなかった。
それをビシッと要約してまとめたのは飯田であった。


「つまり、緑谷くんは先輩のファンというわけだな!」
「はっ、はいっ!」
「……そうなの。ありがとう」
「い、いえそんなっ!」

すっかり緊張した様子の緑谷に雪音はなんだか変ね、と内心で思う。
焦凍にきっかけをくれたこの小さなヒーローは、どういうわけか雪音のファンだという。緑谷の方が自分よりずっとすごいのに、と思うとやはり変だなと思うのだった。


「急にごめんなさいね。改めまして、私は氷叢雪音。どうぞよろしく」
「緑谷出久です! その、よろしくお願いします……!」
「飯田天哉です。この度は先輩にもご迷惑をおかけして……大変申し訳ありません!」
「飯田……」

がばっと頭を下げた飯田に、焦凍が気遣わし気に視線を向けた。雪音はなぜ頭を下げられているのかわからず、とりあえず事情を聴くことにした。


「頭を上げて。あなたに謝られるような心当たりがないのだけれど……」
「……ステインと遭遇するような事態になったのは、俺が発端なのです。緑谷くんと轟くんはそんな俺を救けようとしてこんなことに。その結果、俺たちの職場体験先のヒーローは……ぺナルティを受けることになってしまいました。先輩にも少なからず影響があったことでしょう」

ヒーロー殺しステインと遭遇し、戦闘になったところをエンデヴァーが駆けつけ、事態を収束したと雪音は聞いている。けれどそう語るエンデヴァーの顔は苦々しかったので、雪音は何となく、いろんなことがあったのだなと察した。


「気にしないで、そんなこと。生きていて何よりだわ」
「氷叢先輩……」
「他のところはどうだかわからないけれど、私はエンデヴァーの義理の姪でもあるし、エンデヴァー事務所はかなりのサイドキックが詰めているから、どうとでもなるの」

だから、気にしなくて大丈夫とフォローする。実際にエンデヴァーは減給と半年間の教育権剥奪が下されていたが、個人的に義理姪に指導するなり、相棒の指揮下につくなりすれば解決するのだ。そもそも、エンデヴァー自体一人で何でもできてしまう人であるから、今までとあまり変わらなかったりする。

けれど、義理の姪という言葉に飯田も緑谷も驚いた表情で焦凍と雪音を見回した。


「親戚だったのか!?」
「ああ、従姉弟だ」
「従姉弟!? あ、でも言われてみれば確かに似てる! 轟くんも先輩も綺麗な顔してるし……氷の個性だし……!」
「雪音さんは母方の親族なんだ。よく似てるよ、俺のお母さんと雪音さんは」
「へ、へぇ……轟くんのお母さんも綺麗な人なんだね……」

妙に納得したような緑谷と飯田に、確かに自分たちは名字が違うから言われなければわからないかもしれないなと思う。氷叢家は少し特殊であるから、親族だとわかりやすい顔をしているが……焦凍は轟の血を半分受け継いでいる。母親似ではあるけれど、自分たちが一目で姉弟のように見えるかといわれると違うだろうなと思った。


「それじゃあ、お見舞いも済んだし私は戻るわ。ゆっくり休んでね」
「あ……わざわざありがとう、雪音さん」
「緑谷くんも飯田くんも、お大事に」
「はっ、はいっ」
「ありがとうございます!」

病院を後にして事務所へと戻る道すがら、緑谷と飯田について雪音は考えていた。
何だか大冒険をしたようだけれど、焦凍くんはいい友だちを持ったわね、とほっとするような気持ちだった。良い子たちだなと思う。きっとすごいヒーローになるだろうとも。

今朝、さっそく昨日の出来事が取り上げられて、その中には雪音の活躍も大きく取り上げられていた。「氷原に佇む麗しの花、またもや大活躍!!」と題されたそれに、朝から散々バーニンに冷やかされたのである。
そのことに対し、雪音の心は凍ったままだった。エンデヴァーNO.2のインターン生だから過剰に持て囃されているだけだ。現に体育祭で優劣はすでについている。ビッグ3あの三人を取り上げる記事が早々出ていないのに、雪音を取り上げるということはそういうことだろうと思ったのだ。

今回だって、そう――取り上げるべきは彼らだったはずだから。
諸々の事情はあるだろうけれど、あの怪我の裏には相当な勇気と英断があっただろうことは……想像に容易かった。


 


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