破りたかったのは過去のこと

爆豪は職場体験先にNO.4ヒーローであるベストジーニストの事務所を選んだが、そこでの職場体験は実りがあるものとは言い難かった。バカみたいな時間を過ごした。それが爆豪の結論で、それ以上でも以下でもない。
けれど、緑谷が途中で送ってきた位置情報と、その後に発表されたエンデヴァーがステインを制圧したというニュースに爆豪は葛藤しつつも、ヒーローニュースを検索した。

なぞる文字は「ネージュ」だった。

すぐに出てきたそれは、ステインとのことは書かれておらず、複数の脳無を単独撃破したことと、度重なる火災に置いてその個性を遺憾なく発揮し、迅速に被害を食い止めた功績について語られていた。
たまたま現場に遭遇した一般市民が撮っただろう動画は、それなりの距離が取られておりはっきりとは見えなかったが……いつのもごとく・・・・・・・芸術のように美しい氷を造形していた。
ちらっと映った顔は、相変わらず人形のようだった。


「彼女のことが気になるのか?」
「!? 勝手に覗いてんじゃねェ!! 覗き魔か!!」
「すまない。たまたま目に入ってしまった。人のプライバシーを覗くのは違法デニムだ。私は故意にそのようなことはしない」

両手を軽く上げて首を振るベストジーニストに、爆豪はなんだ、違法デニムって、と思うが口には出さなかった。長々と説明されても付き合いきれない。スマホをしまって去ろうとすると、ベストジーニストが声をかけた。


「彼女なら――」
「こいつ個人に興味なんざねェ! ヒーロー殺し確保したのエンデヴァーだろ、それ見てただけだわ!」
「……そうか」

舌打ちをして機嫌悪く去っていく爆豪に、ベストジーニストはやれやれと肩を竦めた。
特に詮索するつもりはないが、ああも否定されると逆にそうだと言っているようなものだと思う。バクゴーはああいう子がタイプなのだなと思うと、意外なようで、意外ではない気もした。自分とは正反対な人を好きになる人間は多い。相補性の法則というやつである。


「ネージュ……氷叢雪音か……」

かつて、ベストジーニストも雪音を指名したことがある。けれど雪音はずっとエンデヴァー事務所を選択していて、ベストジーニストのもとに来ることは一度としてなかった。
ベストジーニストが抱いている雪音の印象としては、氷の中に閉じこもっている子ども、といったところであった。儚げで美しい少女、個性も文句なしの強個性、身体能力や判断力にも長けるが、内面的な成長は随分と止まっているように見受けられる。あれでは伸びるものも伸びないと思い、その姿勢を矯正できればと思ったが、ついぞその機会には恵まれなかった。

いつか彼女の氷が溶けばいいと思う。きっかけさえ掴めれば、彼女もおそらく――。









最悪の気分だった。職場体験は終始バカみたいな時間であったし、あの後ファッションショーとやらに同行させられ、そこで爆豪は雪音を見た。「は!?」なんであいつが、と驚いてベストジーニストを見ると、「私は伝えようとした」と澄ました顔で言うものだから、爆豪はあの時言おうとしとったンはこれか、と気づいた。
彼女なら、の続きは彼女ならもうすぐ会えるぞ、といった話だったのだろう。詮索されたくない爆豪は遮って去ってしまった。抗議しようにも抗議できず、歯噛みをする爆豪に、ベストジーニストは一瞥して目を伏せるのだった。

雪音はモデルとして参加していた。インターン生ながら1年の頃から何かと話題の人であったのと、その類稀な美貌からこういった仕事は多いようだった。
CMにも起用されていたことから、ネージュという存在は静かに人々の日常に溶け込んでいた。


「ネージュはほんっと綺麗やなぁ! そんなに表情は変わらんけど、逆にそこがイイんよな! 儚げかつ無機質さこそネージュの強みやって! 分かってるわ!!」

着飾られた雪音がランウェイを歩く姿に、興奮してそんなことを言う青丹――今回ベストジーニストの衣装デザインを担当した若者――に、爆豪はなんも分かってねェな、と内心で反論する。
相変わらず人形のように表情一つ変えず、緩やかにターンをして戻っていく雪音の後ろ姿を眺めていた。

ただ綺麗なだけの女なら、こんなに自分の中に染み渡ることもなかっただろう、と爆豪は思う。あの何の温度も、生命すら感じない表情に、息が吹き込まれた瞬間はどれだけ満たされるだろう、とずっと考えていた。人形が人になる瞬間、自分だけがそれを与えられるのだと信じてやまなかったあの頃。


――それももう、今となっちゃどーでもいいことだ。


これ以上見たくないとばかりに顔を背けた。どうでもいい、上に上がる気がないヤツに、興味など持てるはずもないのだから。










それなのに、どうしてこう目に入るのか、爆豪は理解不能であった。
職場体験明けからクセがついて治らなかった髪をバカにされ、救助訓練レースでは緑谷に自分の動きを真似されていたりと、それはもう最悪な気分だった。自分がバカみたいな時間を過ごしている間に、緑谷はまた成長していた。
そればかりか、緑谷は――雪音と交流するようになっていたのだった。

ランチラッシュのメシ処でそれは起きた。
食堂が混んでいるのは今に始まったことではないが、この日は特に混んでいた。爆豪は早々に席を確保して食事にありついたが、緑谷たちは苦戦していたのか、そんなに大きな声ではなかったというのに、妙に印象的な声がそれを呼んだ。


「緑谷くん、席探してるの?」
「氷叢先輩! そうなんですけど……轟くんと飯田くんに、麗日さんっていう女の子も一緒で……」
「あと四人ね。大丈夫、私の周り……何故か人が来ないから」
「人が来ない!? こんなに混んでるのに!?」
「不思議よね。さ、席はこっちよ」
「あ、ありがとうございます!」

ランチラッシュのメシ処はいつも賑わっていて、わいわいと騒がしい。雪音の声は相変わらず雪に音がついたかのような儚げな声であったし、緑谷は耳につくけれどこの騒がしい食堂でいつも聞き取れるわけじゃない。それでも爆豪の耳に二人の会話は鮮明に聞こえた。


――なんっで……!! あの人とデクが……!!


握りしめすぎて箸がバキッと割れた。けれど頭のいい爆豪はすぐに察した。職場体験の時だと。ヒーロー殺しステイン。緑谷たち三人はステインと遭遇し怪我を負った。
ステインを確保したのも三人を救ったのもエンデヴァーだが、雪音はエンデヴァー事務所でインターンをしている。脳無の確保と消火活動、それが雪音の功績であるが、轟とは間違いなく親戚だと爆豪は察している。怪我をして病院に運ばれた轟の見舞いに行っていてもおかしくなかった。
間違いなくその時だと爆豪の勘は告げていた。その時に緑谷と雪音は面識を持ったのだと。

雪音が取っていた席は、爆豪が取った席とそんなに離れていなかった。
背中越しに声が聞こえてくる。雪の音。溶け込んでくる、なにか。


「氷叢先輩、そうめんなんですね」
「ええ、好きなの」
「やっぱり……冷たいの限定ですか?」
「ええ。温かいものも食べれなくはないけれど、これが一番だわ」
「へー、やっぱり轟くんと似てますね!」
「従姉弟だもの」

クソナードのくせに和やかに話してンじゃねェ、と苛つきながら爆豪は飯を猛スピードでかき込んだ。もうここにいたくなかった。飯がまずくてしょうがなかった。

――氷叢雪音の近くに寄るべからず。
それはこの食堂の暗黙の了解だった。雪音は美しい。けれど、その美しさは人形のような、氷のような、無機質さと儚さがあってのものだ。所謂観賞用の女。
たまにクラスメイトらしきつぶらな男が一緒にいることもあったが、それも滅多にあることではなかった。それなのに、今はどうだ。轟たちも合流して、わりとわいわいと何だかんだ盛り上がっている。自分から発言こそしなかったけれど、雪音は尋ねられるがまま、話しかけられたらきちんと返していた。「焦凍くん」と呼ぶ声が聞こえる。従姉弟だというなら名前で呼ぶのもおかしくないというのに、胸がざわついた。

爆豪は驚異的なスピードで食べ終わると、さっさと食堂を後にした。
視界に入れたくない、聞きたくもない、知りたくもない。

あの日、知らなければ……暗黙の了解を破るのは自分だったという思いを振り払う。


「なぁ、アンタ。ここいいか」

そう言って否など言わせるはずもなく、アンタのつまらない世界を変えたかったなんて。
そんなのはもう、ありもしねェ話だ。

つくづく俺の神経を逆なでするデクも、舐めプばっかの半分野郎も、期末でぶち殺す。


――花を、手の中で無残に散らす。耳に残った雪の音をかき消すように、そのまま爆破した。出て行けと、呪いながら。


 


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