高嶺の花でいてくれよ

期末の個人成績で優劣がつく、と思っていた爆豪だったが、例年は入試の時のロボが相手だったにもかかわらず、ヴィラン活性化を危惧し、対人戦闘・活動を見据えより実戦に近い試験に変更された。それはよかったのだが、内容が二人一組チームアップで教師一人と戦うもので、その相手がオールマイト、そして組んだ相手が緑谷という最悪のカードだったのが爆豪の誤算であった。

オールマイトには重りというハンデがあったけれど、威圧感といい、その力といい、まったく手も足も出なかった。最初から爆豪は緑谷と連携することなんて考えていなかったし、話し合いなんてもっての他だった。緑谷は交戦を避けて逃げることばかり考えていた。
ようやく優劣がつくと思ったのに、よりにもよって緑谷とチームアップをする羽目になり、オールマイトには通用しない。それでも緑谷の力を借りるくらいなら負けた方がマシだと言ったとき、爆豪の頬を殴ったのは緑谷で、爆豪を掴んでオールマイトから距離を取ったのも緑谷だった。


「僕にはオールマイトに勝つ算段も、逃げ切れる算段も、とても思いつかないんだ」
「あ!?」
「諦める前に僕を使う・・くらいしてみろよ! 負けていいなんて言わないでよ! 勝つのを諦めないのが君じゃないか――!!」

爆豪の脳裏に、勝つのを諦めた女が浮かんだ。人形のような、つまらなさそうな顔に諦観と傷を宿した女が。緑谷と一緒にいた、轟の名前を呼んだあの人が。
同時に、あの廊下での決意を思い出す。自分はそうならないと、自分の限界を定めたりしないと、ここから絶対に一番になると決めた決意が胸に湧き上がってくる。――負けていいわけがなかった。

その後、折れて、折れて、自分捻じ曲げてでも選んだ勝ち方は、何とか実を結んだ。
気絶して、保健室に運ばれて、起きたら全部が終わっていた。

起きた時、ふと思った。あの人は……リスク取ってでも勝とうと足掻いたことあるンかな、と。秒でねぇだろうなと結論付ける。リスクを覚悟で最大火力を出した掌がジンジンと痛んだ。


――一度でも、泥臭く足掻いてみやがれ。氷女。


いつも綺麗なまま澄ましている、あの人が泥に塗れて足掻く姿を見れるなら、この胸も少しはすきそうだった。








林間合宿の個性伸ばしは、相澤が言った通り死ぬほどきつかった。熱湯につけて掌の汗腺を広げ、爆破を繰り返し爆破の規模を上げる。爆豪はそんな内容だったが、辺りは阿鼻叫喚。皆死ぬほどきつかった。
そうして個性伸ばしを行っていたのだが、夜には肝試しが開かれた。それはいいのだが、爆豪のペアは轟で、またも物申したい相手であった。近くにいた尾白に代わるよう言ったが、交代はかなわなかった。
しょうがなしに自分たちの番になると、爆豪は「離れて歩け」と言ってルートを進んだ。

轟に距離感を任せると爆豪的にアウトだったため、先に轟を行かせてその斜め後ろを歩いた。揺れる紅白頭には別段何も思わなかったが、急に木々がざわつきだし──B組の柳の脅かしだ──ふいに振り返った轟の横顔が、雪音に重なって思わず息を呑んだ。


「お。止んだな」
「……」
「? 爆豪、どうした。俺の顔に何かついてるか?」
「別に。ムカツク面見せてんじゃねェよ。おめーは前だけ見てろ」
「お。おう」

轟はさらに機嫌の悪そうな爆豪の様子に、爆豪肝試し苦手なのか、と誤解して俺がしっかりしねぇとと前を進んでいた。だがそんなことを知る由もない爆豪は、ここにいるはずもない雪音を彷彿させられて最悪だった。
どんなに出て行けと追い出そうとしても、沁みついて離れない。気づきたくもなかった。伏目がちにした表情は似ているなんて。


――それもこれも、半分野郎がよりによって右に振り返るからだ。左向けっつーの。


そんな理不尽を抱いていると、煙と倒れているB組の奴が目に入った。
そこからは色んなことがあって目まぐるしく時間が過ぎて、攫われて、救けられて、平和の象徴オールマイトが終わって、緑谷とオールマイトの中にあるものを感じて、それで――。







ふとした時、心がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。それは雪音に抱いているものだけで十分だったのに、神野以降抱えるものが増えてしまった。
連合の襲撃と、オールマイトの引退もあり雄英が寮制になって、部屋を作っている最中……窓からいるはずもない人が見えた。


「……なんで、あの人が」

何故か手に障子戸を持っていた。何してんだあの人、と思っていると畳を持った轟が後ろからついてきて、なにやら話していた。そしてそのままA組の寮に入ってきたから驚いた。
けれど爆豪は、自分には関係がないとカーテンを閉めて見なかったことにした。


――随分、仲が良いこって。


そんなことを思いながら、でもそんなことを思ったことすら打ち消すように部屋作りに専念した。そしてすぐに寝た。
起きていたら心が落ち着かない。オールマイトのことも、雪音のことも、今の爆豪にとっては思い出したくも、考えたくもなくて、浮かんでくることさえも苦痛でしかなかった。









仮免試験に落ちた。轟も落ちた。けれどそれ以外――緑谷も受かっていて、また胸がざわついて落ち着かなかった。そして、ついに爆豪は緑谷とぶつかることになる。

神野の一件で、爆豪は緑谷の個性はオールマイトから貰ったものだと察した。自分も同じようにオールマイトに憧れたのに、オールマイトが選んだのは緑谷で、緑谷はそれからぐんぐん力をつけて……ずっと自分の後ろにいたはずなのに、今では自分が追う立場になってしまった。
自分がもっと強くて、敵に攫われなければオールマイトは終わらなかったはずで、自分が憧れを終わらせてしまった事実は胸に深く巣くっていた。

ぶつかって、ぶつかって、そして勝ったのは爆豪だった。
そうして、オールマイトに諭されて……色々思うことはあったけれど、飲み込んで、爆豪はオールマイトの秘密を守ることを約束した。明かされた秘密も、全部、全部。

そうして爆豪が目指すのも、やることも、全部変わらなかった。オールマイトをも超えるヒーローになる。それが爆豪勝己だから。

けれどこれでめでたしめでたしといくわけもなく、爆豪と緑谷は謹慎処分を受ける。
先に手を出した爆豪が4日間、緑谷は3日間の謹慎だった。領内共有スペースの清掃を朝と晩と、反省文の提出付きで。
その緑谷の謹慎明けの日に、ビッグ3によるインターン説明会があったと知らされたのは、次の日、爆豪が謹慎を開けてからだった。


「ビッグ3……ってことは、氷の先輩来たんか」

切島や上鳴、瀬呂たちから散々謹慎を弄られた後、本題とばかりにインターン説明会の話をされ、爆豪はビッグ3が来たという話に、雪音が来たことを疑いもしなかった。謹慎で正解だったわ、とすら思ったそれは、予想外の展開を迎える。


「氷? それって氷叢先輩か? 氷叢先輩ならきてねぇぞ。ビッグ3じゃないし」
「……は?」

最初爆豪は何を言われたのかわからなかった。あの人がビッグ3じゃない、というのが呑み込めなかったのだ。爆豪の脳裏には、画面越しで見たあの圧倒的な強さが焼き付いていた。


「来たのは透過の個性の通形先輩と、すげぇ後ろ向きな天喰先輩。女は不思議ちゃんって感じの波動先輩の三人」
「……ビッグ3って、3年で上から3番以内の奴等じゃないんか」
「いやその認識であってんぜ。いや俺も驚いたよ実際。昨年までの体育祭じゃ氷叢先輩一強って感じだったもんなぁ……インターンってそんだけすげぇみたいだぜ」

通形も、天喰も、波動も聞き覚えなどなかった。昨年までは誰もあの人に手も足も出なかったと爆豪は記憶している。完膚なきまでの1位を、栄光を手にしていたのはあの人だった、と。
でもその雪音が負けた、遅れをとったというのはあまりに衝撃的で、爆豪はこれは夢か、と思いすらした。


――……あの人が……負けた……?


見たくないと封じ込めた、今年の3年の体育祭を帰宅早々部屋で見た。
相変わらずの「頑張ります」という幼稚な宣誓から始まったそれは――最初から意外な展開を迎えていた。
雪音が後れを取っている。いつも圧倒的な1番で遠い背中を見せていた雪音が、3人の背中を追っている。そしてそのまま、雪音は4番目になっていた。
圧倒的な1位が、憧れが、目の前でガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。


「なんっっで!! 負けとンだ!!?」

1番から4番目に転落したというのに、雪音は相変わらず人形のような顔をしていた。そこには悔しいという気持ちは全く感じられなくて、むしろこれが当然の結果とでも言いたげで、その姿に爆豪は胸がかきむしられた気がした。
何で悔しがらない、何でこれが当然だと思ってンだ、お綺麗な試合ばっかしやがって。

あまりに悔しくて、信じられなくて、何よりこの結果に満足している雪音が嫌で、高ぶった感情はそのまま目から雫として零れ出た。


「……諦めてんじゃねェよ……クソがっっ!!」

あの日の憧れがパキパキと音を立ててひび割れていく。
オールマイトとはまた違った憧れ。オールマイトが遠い、いつか必ず追い越す目標なら、雪音は近くにいる憧れだった。こんな風に勝ちたいと、1番になりたいと思わせた人。近いうちに必ず自分がその世界を塗り替えてやるのだと思っていた人。当たり前のように1番をとって、勝つことを疑いもしなかった人。


――俺以外に……負けてんな。


掌の花をぐしゃりと握りつぶす。痛いほどに力を込めて。でもなぜか爆破できなかった。力を込めた掌は、何かに縋る姿にも似ていた。


 


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