乙女心は複雑で

気を取り戻した引子だったが、祈李が出久が本選に通過したことを教えると、また気絶してしまった。今度は嬉しさと驚きが天元突破したのだろう。祈李はため息を一つ吐いて、ちょうど体育祭の方も昼休憩のため、簡単な食事をとることにした。

例年本戦はサシで戦っている。出久は今までリスキーパワーの個性を使った様子はなかったが、本戦ではそうもいかないだろう。傷つく出久を見続ける覚悟、それを持たなければなかった。


『ヘイガイズアァユゥレディ!? 色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!! 心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』
「つ、ついに始まるのね……!」
「お母さん、倒れないでよ……」
「約束はできないわ!」

素直に約束できないという引子に、だろうなと祈李も軽く頷いた。
記念すべき第一試合は出久と心操の試合だった。トップバッターというのもだが、出久がサシで戦うということ自体に引子は緊張していた。


『一回戦!! 成績の割になんだその顔。ヒーロー科、緑谷出久!!』
「出久ぅううう」
「情けない顔……」
バーサス、ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科、心操人使!!』

出久は随分緊張しているようで、顔が強張っていた。
引子はすでに気が動転しそうなほど心配している。これは気絶するのもすぐだろうなと思った。
ルールは簡単、場外に落とすか、行動不能にしたり、「まいった」と言わせること。怪我上等のガチンコバトル。プレゼント・マイクのその言葉に、引子が心配症を炸裂させて「出久ぅううしっかりぃいい」と叫んでいた。

そして始まってすぐ、心操が何かを言って出久が怒ったような反応をすると、出久が静止した。


『緑谷、開始早々――完全停止!? アホ面でビクともしねえ!! 心操の個性≠ゥ!!? 全っっっっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』
「いっ、出久……ああっ」
「お母さん!」

プレゼント・マイクがやべえ奴と言うから引子が卒倒してしまった。もうこれで三回目なんだけど、と思いつつ祈李は引子を介抱する。
出久はそのまま場外まで歩けという命令通り、歩いて行ってしまう。祈李はこれでよかったのだと思った。相手がこの個性ならば、出久は怪我をすることなく敗退できる。それは祈李にとって望ましい結果だった。
けれど、祈李の思いとは裏腹に、出久は左手の指を犠牲にして洗脳を解いてしまった。


「はぁっ!?」
『緑谷!! とどまったああ!!?』
「う、う〜ん……はっ、出久!?」

祈李の声と爆発音で引子が起きた。けれど出久の壊れた左手を見て再び悲鳴を上げる。
祈李は信じられない気持ちで取っ組み合いになる出久と心操を見ていた。


――なんで、どうして、なんでそこまでして勝とうとするの。


揉み合いの末に出久が自分より体格のいい心操を背負い投げした。そしてそのまま場外にして――。


『心操くん場外!! 緑谷くん、二回戦進出!!』
「いっ、出久ぅううう!!」

勝ってしまった。出久が勝って、二回戦に上がってしまった。
泣きながら歓喜する引子に無理やり両手をとられるが、祈李は抵抗もできなかった。それどころじゃなかった。進んでしまった。また――出久が怪我をするのを見なくちゃいけない。











続く第二試合を見た時、祈李は明確な恐怖を感じた。
轟焦凍、その人の個性は圧倒的で、ヒーロー向きの個性だった。ヒーローに向いている、すなわち対敵に優れた個性ということだ。出久は二回戦、轟と当たる。
間違いなく心操戦より激戦になることが予想された。そして決して左の指二本ではすまないということも。ボロボロになる出久の姿が今から目に浮かぶようだった。


「祈李? どうしたの?」
「何でもない」

気絶から復活した引子から顔を背ける。母も、出久も、何もわかってないと祈李は思う。
今からそんなに卒倒しているのに、出久がヒーローになった日は毎日がそんな調子になるだろうし、出久も毎日ボロボロになるに決まっている。ヒーローなんて、本当に選ばれた力を持った人間しかやれない仕事だと祈李は知っている。恵まれた身体、恵まれた精神、恵まれた個性。全てがないとヒーローになったところで、殺されてしまうのが落ちだ。どうして分からないの、と祈李は拳を痛いほど握りしめていた。










出久に対してはヒーローになることを否定する祈李ではあるが、爆豪に対しては肯定的だった。
それは初めから爆豪が、祈李にとってヒーローになるのに必要なものをすべて持っていたからだ。ヘドロ事件の時は彼女だから心配した。彼女じゃない今、心配することなんて何一つなかった。
それがたとえ、プロからのブーイングでも。


『おい!! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!! 女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!』
『そーだそーだ』
「祈李……」

気遣わし気に引子が祈李の手を握ってくるが、祈李は全く気にしていなかった。逆にプロヒーローもやっぱりすぐ死ぬやつらがいるんだなと再確認したくらいだ。
正直、爆豪が麗日を警戒していたことに対しては意外だった。自分以外の全てがカスだと思っているはずなのに、雄英で過ごすうちに何かしらの変化があったらしい。油断しないなら、本当に爆豪が1番をとるのだと祈李は確信すら抱いていた。


『今、遊んでるっつったのプロか? 何年目だ? シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろうが』
「……雄英って、いい先生がいるんだね」
「祈李……。うん、そうだね」

担任だという相澤は祈李にも好ましく映った。あの粗暴な言動に引っ張られやすい、爆豪のいいところをちゃんと見ていてくれている。それは何だか少しだけ嬉しかった。
そして実際、麗日も自棄など起こしていなかった、本気で勝ちにいくためにずっと武器を蓄えていたのだ。降り注ぐ流星群に引子が悲鳴を上げた。
けれど祈李はやはり顔色一つ変えずにそれを見ていた。突破すると、わかっていたから。


『麗日さん……行動不能。二回戦進出爆豪くん――!』
「す、すごかったねぇ、祈李。……祈李?」
「(麗日……ね)なんでもない」

最後、爆豪が麗日と名前で呼んだ。それがなんだか面白くなかった。
爆豪に恋愛感情を抱いているわけではない、けれど元カレだ。爆豪が同年代で名前を呼ぶのは祈李くらいだった。それは爆豪が祈李の容姿をモブではないと認めていたからだ。爆豪が名前で呼ぶにはそれだけの理由がいる。
麗日と呼んだのならば、それは爆豪の中で心境の変化が起きたことに他ならない。モブではなくなった。認めたのはその根性なのか、何だかそれは面白くなかった。


――数年は引きずれよ、バカ勝己。


そういう好意じゃなくても、愛だの恋だのあったわけじゃないけど、同性をこうもあっさり認められるのは果てしなくムカついた。


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