そんなあなたが大嫌い
いよいよ出久の二戦目が始まろうとしていた。対戦相手はあの轟である。
祈李はぎゅっと両手を握りしめていたし、引子は今からすでに泣いていて、大量のティッシュを消費していた。正直足の踏み場がなかった。
『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立ち、今!! 緑谷
「いずぐぅうぅう!!!」
プレゼント・マイクの煽りに祈李は不思議なものを感じた。トップクラスの成績。確かにそうなのだ。今までの出久では想像もできなかった大躍進だった。まったく威厳も何もあったものじゃないけど、依然として弱そうなオタク感満載の出久だけど、その実力は……結果をちゃんと出していたのだった。
大氷壁が、来る。
『おオオオ!! 破ったあああ!!』
「っ」
「いずぐううううっ」
『まーーーーた破ったあ!!!』
破るたびに指がダメになっていく。それに引子は耐え切れず、再び失神した。祈李も息を呑んでテレビを見ていた。出久の指が映る。潰れた指に祈李は「バカじゃないの……っ!」と震える声で呟いた。
絶えず大氷壁が迫って、その度に指をダメにして打ち砕く。引子はその光景に、覚醒しては涙腺をブチギレさせ、そのまま失神を繰り返していた。
『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』
「もう……右手全滅じゃない。やめなさいよ……棄権しろっ、敵うわけない……!!」
接近する轟の氷に、近づくなと言わんばかりに、出久は先ほどよりも高威力を出して払った。その代償に今度は左腕をダメにして。
どうしてここまでするのか祈李は分からなかった。だってこれは体育祭だ。プロに見てもらう場なのは分かるけれど、それにしたってこんな自損してまでやるものではないはずだ。
そして、轟はそのまま追い詰めていく。
『圧倒的に攻め続けた轟!! とどめの氷結を――……』
「はっ……!? うそでしょやめてよもう!!」
迫ってきた氷をとっくに壊れた右手で迎え撃った。血だらけの、ぐしゃぐしゃの指を握りしめて、出久は叫ぶ。
『
「なんでよっ……」
大きな出久の叫びをテレビが拾う。何で煽るの、ボロボロで、でも向こうは無傷で、もう勝敗なんてとっくについてる。涙が出た。頼むから審判止めてくれとさえ思った。
出久は向かってきた轟をしゃがんで迎え撃って、壊れた右手で腹を殴った。
『モロだぁーー生々しいの入ったあ!!!』
やめて、と思った。壊れた右腕で殴ったそれは、出久自身にもかなりのダメージが返って来ていて、滲んでぼたりと落ちた血がそれを何より物語っていた。
それからも出久は足掻いて、足掻いて、足掻いて、その果てに……轟の炎が燃え盛った。
『焦凍ォオオオ!!! やっと己を受け入れたか!! そうだ!! 良いぞ!! ここからがお前の始まり!! 俺の血をもって俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!』
『エンデヴァーさん急に激励=c…か? 親バカなのね』
その後すぐに決着はついた。ぶつかるその直前、祈李は内心「やめろこの半分野郎!!!」と思ったが、歯を食いしばってそれだけは口には出さなかった。
出久は場外で、ボロボロになって救護室に搬送された。本当にボロボロで、祈李は泣きたいのを我慢して「
引子は脱水で失神して聞いていなかったけれど、それでよかったのだと思う。
引子が復活する頃にはもう決勝戦が始まっていた。
決勝戦は轟と爆豪で、それを教えると引子はキラキラした顔をして祈李を見てきた。「彼氏が決勝に行ってよかったわね」的なあれである。無視した。
『麗日戦で見せた特大火力に、勢いと回転を加えまさに人間榴弾!! 轟は緑谷戦での超爆風を撃たなかったようだが、果たして……』
全力で当たった爆豪に対し、轟は炎を引っ込めてしまった。そのまま場外に出た轟に、爆豪は納得いかないとばかりに気を失っている轟に詰め寄った。けれど審判に眠らされ、勝敗を告げられる。
『轟くん場外!! よって――爆豪くんの勝ち!!』
『以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭1年優勝は――――A組爆豪勝己!!!!』
「祈李〜! やったわね〜!!」
「……(勝己、可哀想。やっぱりあいつ嫌いだわ)」
引子に無抵抗に抱きしめられる。祈李は眠らされた爆豪を見て、可哀想だと思った。同時に轟のことは嫌いだとも。
その後の表彰式でもその認識は変わらなかった。清算しなきゃいけないものがあると言っていたけれど、そんなことは勝己には関係ないと思った。あとシンプルに出久の有様がショックだった。八つ当たりも大いに含んでいたけれど、祈李は轟のことが嫌いだった。
出久が帰ってきてすぐ、引子が発狂した。また腕が治っていなかったのだ。
玄関口でわーわー言っているのをリビングで聞いていた。それから引子がご飯の支度に戻ると、祈李は出久の方を見た。
「それ、治んないの」
「祈李……うん、ちょっと無茶しちゃって……歪んじゃったんだ」
「変なおせっかいするからでしょ」
「え、聞こえてたの!? テレビ流れちゃった!?」
「あんたが「全力でかかって来い!」とかはずかしー煽りしたとこしか拾えてないわよ。普通にわかるでしょ、勝己の時は引っ込めたのに、あんたのときは炎出して、エンデヴァーはなんか語りだすし、表彰式であんなこと言ってたら」
「そ、そっか……(相変わらず察しがいいなぁ)」
出久は一瞬ひやっとしたが、ただのいつもの祈李の察しの良さだとわかり一安心した。
あまり勉強は得意じゃないけれど、祈李は恐ろしく察しがいい子であった。正直個性の話も信じてくれているかわからないけれど、何も言ってこないことは大丈夫なんだろうと思っている。というか、そう思うことにしている。
そしてそうだ、と思い、出久は口を開いた。
「かっちゃん、優勝したね。おめでとう」
「……あれのどこがおめでとうなの」
「うっ、それは……」
「あれは勝己が可哀想だよ。可哀想って思われるのも勝己は嫌がるだろうけど。私、轟って人嫌い」
「あ、あはは……そっかぁ」
ツーンとした様子の祈李に出久はそれ以上何も言えなかった。あれは確かに爆豪としては不本意な勝ち方であったし、あの結果に一番満足していないのは爆豪だから。
祈李が轟のことを嫌いというのも、彼女からしてみるとそうだろうな、と思って何も言えなかった。轟にも事情があった、それを祈李も分かっているけれど、それは祈李にとって重要なことではないから。
祈李はへらへらした兄の顔に、苛立ちを募らせていた。
今すぐ爆発してしまいそうで、逃げるように部屋にこもった。でもどうしたって消化できなくて、祈李はたまたま来ていたラインにテキトーに返事をしてしまった。自棄だったのだと思う。それがちょっとした騒動になることなんて、この時は思いもしなかった。