重い扉の向こう側

スマホに入っていた「どこにいんだ」という連絡に、ある程度まで離れると場所を伝えて迎えに来てもらう。
待ってる間、怖くなかったといえばうそになる。祈李だって怖かった。怖かったけれど、それ以上に出久と麗日と一緒にいたくなかった。爆豪がよかった。

そしてそんなに時間がかかることもなく、爆豪は迎えに来てくれた。呆れた様子で、祈李の顔を見ていた。


「……ひでぇ面。おまえ、顔だけが取り柄なんだからその面なんとかしろや」

いつも通りの爆豪に何だか祈李は酷く安心した。
だから祈李はいつも通り不遜に返す。


「うっさい。この顔でも私が世界一可愛い」

可愛いは祈李のアイデンティティだ。可愛いの代名詞。可愛いの権化。それが緑谷祈李だ。祈李は内心で、私が一番かわいい、ともう一度呟く。それは暗示にも似ていた。そんなことしなくたって、祈李が一番可愛いのに。
爆豪はいつも通りの祈李にため息を吐く。


「自己肯定感だけはクソだなマジで。で、何があったんだよ。おめぇの面にひっかき傷つけれる奴なんていたかぁ?」
「麗日とかいう奴にやられた」
「麗日ぁ? ……デク絡みか。マジのキャットファイトじゃねーか、笑うわ」

麗日ですぐ出久が出てくるのが何だかすごく嫌だった。何で出てくるの、そんなに普段から一緒にいるの、もしかして好きなの、って。聞きたいようで聞きたくない。キャットファイトだなんて言ってほしくなくて、でも事実で、祈李は不貞腐れたように呟いた。


「あいつの顔の方がひどいよ。思いっきり殴ってやった」
「殴って返って来たんが引っかき傷たぁお優しいことで。さぞかし、あいつの顔丸くなってんだろうな」
「餅みたいにね」
「違いねぇ」

本当に餅みたいだったと思う。顔が丸くて、頬っぺたは餅みたいだった。それを思い出して思わずくすりと笑うと、爆豪が「帰るぞ」と当たり前のように爆豪邸への帰路を辿ってくれるのが、嬉しかった。
やっぱり爆豪は一番祈李を理解している。何を言わなくたって、一番、わかってくれる。一緒にいて居心地がよかった。だから祈李は、あの時付き合うことに頷いたのだ。











爆豪が何をどこまで知っているのかわからなかったけれど、爆豪邸に入るとすぐに光己が何も言わず抱きしめてくれた。それになんだか安心して、嗚咽を零していると、爆豪は何も見てないとばかりにさっさと部屋に行ってしまった。それがありがたかった。


「ふ、ふぇ〜〜んっ!!」
「よしよし」

光己の優しい匂いがして、安心する。何も言わなくていいのも安心した。何も言いたくなかったし、黙って抱きしめてほしかった。そうしてほしかったんだよ、と届くはずもない出久にそう思った。

帰りたくないのを言わずとも分かってくれて、祈李が何をするでもなく、爆豪邸に泊まることになっていて、その日は光己がずっと一緒にいてくれた。痣になった腕を見て、それをつけた相手に怒りながら手当てしてくれた。「大丈夫よ、悪い犬に噛まれただけだから。大したことじゃないわ」と、祈李の性格を理解して、大したことじゃない≠ニ肯定してくれるのに救われた。


「じゃーん、抹茶パフェ作ってみたの!」
「え、すごっ、白玉もクレープクッキーもある〜!」
「ちょっと頑張ったわ! 早速食べましょ!」
「光己ママ天才〜!」

たまには夜に甘いものもいいでしょう、と光己が作ってくれた抹茶パフェを食べる。
その抹茶パフェは3つのときに行って、それからちょくちょく足を運んだ喫茶店のを再現したものだった。キラキラと瞳を輝かせる祈李に、爆豪は鼻で笑う。


「太るぞ」
「勝己!」
「太っても私は世界一可愛い。これで太るなら幸せ太りでしょ。ならそれもいいじゃない」

いつになく素直な祈李に爆豪は面食らう。いつもの祈李なら私は太らないとか生意気を言っていたはずだ。本当に嬉しかったんか、と爆豪も微妙な気持ちだった。これは意外と自分が思うより弱っていたかもしれない。
反対に光己はそれはもう感激した様子だった。


「祈李ちゃん……! 作ったかいあるわぁ……ほんと、勝己もったいないことしたわね」
「ほっとけ」

コーラを飲みながら、隣で美味しそうに抹茶パフェを食べる祈李を横目に見た。
やっぱり何度見ても、顔だけは認めざるを得ない。かなりそこら辺にうるさい爆豪ですら可愛いと思う。けれどそれはやはり恋愛感情からではなかった。事実として、祈李の顔は可愛い。彼女にしてもいいと思うくらいには。
でもまた付き合おうとは思わなかった。それでもまぁ、くだらない男といい感じになったりしたら腹立つだろうけど。自分のことはそれなりに引きずれとも思う。けれどそれは恋愛感情ではないと爆豪は理解していた。









次の日になると、祈李は帰ることにした。光己が「もう一日くらいいる?」と気を遣ってくれたが、逆にそれだと帰りたくなくなるから丁重にお断りした。「また抹茶パフェ作ってくれる?」というと「当たり前でしょ」と笑ってくれた。光己とハグをして、爆豪に家まで送ってもらって「頑張れよ」とだけ言われて別れた。
この家のドアを開けるのにどれだけ頑張らないといけないのか、爆豪は理解してくれていた。勇気を出して開けると……そこには出久と引子が玄関先に座って待っていた。


「え……」
「「祈李ーーーー!!」」
「ちょっ」

二人して抱きしめられる。ボロボロ泣いていて、祈李は何が何だか分からなかった。けれど二人が「ごめんねえええ」「心配したよおおお」と言いだすから、何だか拍子抜けした。
このドアを開けるのにどれだけの力がいっただろう。どれだけの覚悟がいっただろう。けれど開けてみたらなんてことはなくて、ずっと心配して待っていたのだろう、二人の足はとっくに痺れていて、二人して「「いだだだだだ」」と蹲るものだから、笑ってしまった。だから素直に口にできたのだろう。


「ただいま」
「「お、おかえりぃいいいい!!」」
「まだ泣くのね」

滝のように涙を流す二人に苦笑する。これじゃいくらティッシュがあっても足りないだろう。ほんと、涙腺は母息子そろって緩いんだからと、自分の目尻に滲む涙には気づかないふりをした。


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