肩幅の道標

祈李が帰ってきて、出久と引子はひとしきり泣くと、出久は「いきなり怒ってごめん。もっと先にしなくちゃいけないことあったんじゃないかって……祈李が飛び出してしまった後、思ったんだ」と言って「無事でよかった……」と祈李の頭を撫でた。

祈李が飛び出した後、麗日は追いかけるように出久に言ったが、祈李の背中が完全に出久を拒絶しているように見えて、爆豪に連絡して任せることにしたのだ。
麗日はそれで出久と祈李の兄妹仲が思わしくないのを察し、けれど同じ同性として、祈李の立場に立ってみたらどう思うだろうと冷静になって考えてみると、あかんことした、と一気に青ざめるのだった。
これは麗日からのアドバイスでもあった。平気そうに振舞っていた祈李の顔が曇っていたから。飛び出す直前の祈李の顔が、泣いているように見えたから。


――デクくん。祈李ちゃん、本当はすごく不安で怖かったんやないかな。怖かったの、わかってほしかったんやないかな。ただ、「もう大丈夫だよ」って抱きしめてほしかったんやないかな。


自分の両親が体育祭で頑張っている自分を見て、お金もないのに三重から駆けつけてくれたように。頑張ったと認めてくれたように。
それは出久にも伝わり、祈李が去った道を見つめる出久の目は……後悔に溢れていたのだった。

祈李は頭を撫でられて面食らうも「そういうの、いいから」と言って振り払った。けれどその振り払う力はいつもより弱くて、それが拒絶というより照れからくるものだと出久も理解していたのだった。












そうして出久たちが休みが明けて、職場体験なるものをやっている頃、祈李は件の男子生徒と同じ学校ということもあり、引子に大丈夫なのか、休んでもいいと心配されたが「なんで悪いことしてない私が休まないといけないのよ」と言って祈李は普通に登校した。
けれど、驚いたことに男子生徒は休みで、その後も長く休みが続き、そのまま不登校になっていた。祈李は自分と普通逆ではないかと思ったが、ある日担任から事情を説明される。
何と、祈李たちから逃げるように去った後、敵に襲われ心神喪失の状態にあるらしい。廃人のような状態で、よかったらお見舞いにでもみんなで行ってあげて欲しいとのことだったが、祈李はもちろん行かなかった。
他人の不幸を喜ぶのはあれだけれど、罰が当たったのよと祈李はご機嫌だった。爆豪にして「面にステ全振りして他がゴミカスみてェな奴」と言われるだけのことはある。シンプルに性格が悪かった。

その後、職場体験で出久がヒーロー殺しと遭遇したと聞いて驚いたが、すぐにエンデヴァーが駆けつけてステインを退治してくれたらしい。祈李はほっと胸を撫でおろして、やっぱりヒーローになるなんてとんでもない事だと思った。心臓がいくつあっても足りない。久々に撫でられた頭の手の感触を思い出し、祈李は早く諦めたらいいのにと思うのだった。










「それでね〜、「大丈夫だよ、絶対救けるから」って言った時の出久、本当のヒーローみたいだったの……!」
「へ〜」
「お母さん、その辺で……」
「ううん、まだまだ話し足りないんだから! それでね――」

晩御飯はかつ丼だった。出久の好物であるそれを祈李は小さな口に含んだ。
今日は授業参観の日だったらしい。ヒーロー科の授業参観らしく、引子たちが人質役になり、何も知らない出久たちが救けるというものだった。引子は出久の雄姿をそれはもう熱く語っていた。


「ヒーロー科って、やっぱそういう感じの授業なんだ」
「うん。座学ももちろんあるんだけど、ヒーロー基礎学はより実践的な訓練を学ぶんだ」
「ふーん」

もう一口かつ丼を口に含む。引子はどれだけ出久が頼もしかったかを未だに語っていた。どうやら出久は参謀的な位置にいるらしく、周りからいい作戦を思いつくのではないかと頼られていたらしい。その時点で祈李は半信半疑だったのだが、出久の焦りつつも照れた様子から嘘とも思えなくて、何だかかつ丼が一気に喉を通らなくなった。
引子がそういえばと興奮した様子で祈李に話しかける。


「勝己くんもすごかったよ! 一気に敵役の先生を確保しちゃってね。やっぱりすごいねぇ、勝己くん!」
「……まぁ、勝己だし」

引子の目が輝いていた。祈李は若干うんざりしつつも、思ったことを言った。それにまた引子は嬉しそうな顔をしていて、また勘違いされていると祈李は何とも言えなかった。
出久も「あの時、作戦が失敗して僕はどうしたらいいか分からなくなってた。それをかっちゃんが蹴り飛ばして、打開してくれたんだ。やっぱりかっちゃんはすごい人だね」とか言い出すので「……まぁ、勝己だし」と祈李は同じ返答をした。


「ごちそーさま」
「あら祈李、まだ大分残ってるよ?」
「もーお腹いっぱい。片づけちゃって」
「あ、じゃあ僕がもらうよ。いい?」
「勝手にすればー」
「ありがとう」

祈李は部屋に向かいながら、ふと思った。そういえば出久の食べる量が増えたなと。前まではいかに好物と言えどあそこまで食べてなかった気がする。ヒーロー科に入ったからだろうか、いや、それより前からだった気がする。出久の肩幅も、骨格も変わった気がした。
その変化は祈李にとって喜ばしくないものだ。出久はいつまでもクソナードのままいればいいと思う。爆豪に近づいてほしくないと思う。ヒーローになんかならないでほしい。けれど、祈李の思いとは裏腹に、出久はどんどん進んでいく。いつか取り返しのつかないことになりそうで、祈李は恐ろしかった。


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