全ては甲斐無きこと

祈李はしばらくして出久の病室に戻ってくると、出久は何かを考えるようにベッドに座っていた。祈李の顔を見ると、出久は力なく「どうしたの」と言った。


「どうしたもこうしたもないわよ。あんた、まさかとは思うけど勝己を救けに行こうだなんて思ってないでしょうね」
「祈李……」
「それ、余計なお世話。勝己の心配なんてするだけ無駄だし、勝己は無事に帰ってくるに決まってるんだから」

祈李は全く疑っていない様子で当たり前のことを言うように口にした。それに出久はシンプルにすごいなと感じた。爆豪のことを全面的に信頼しているのだ。普通恋人が敵に攫われたと聞けば狼狽するだろうに、祈李は全くその様子がない。その信頼関係が出久は何だか眩しかった。


「祈李は強いね……かっちゃんのこと、そんなに信頼してるんだ」
「信頼っていうか……それが勝己でしょ。どんな逆境も、どんな格上相手でも、最後は絶対勝つのが勝己じゃん」
「……そうだね。かっちゃんはそういう人だ」

出久の脳裏に期末試験の時も過った、上級生相手に勝つ爆豪の姿が浮かんだ。ずっと昔から爆豪はそうだった。祈李にちょっかいを出す輩を最終的に撃退するのも爆豪で、かくれんぼが上手い祈李を見つけるのも爆豪だった。
全幅の信頼はそうやって爆豪が行動で示してきたものから来るものだった。
それでも止まる気がないのを感じて、祈李はしょうがないとばかりに秘密を打ち明けた。


「それと……私のためとかならそれこそ検討違いだから」
「え?」
「勝己とはもう別れてる。恋人でも何でもない。ただの幼馴染で、元カノってだけだから」
「えっ……えええええええ!!?」
「うるさい」

間抜けな顔をして驚きに絶叫する出久に顔を顰めた。
出久はなんで、え、いつとかなんとか言っているがそれに答えてやる気はなかった。別れた事実さえ伝わればそれでいいから。
祈李は言いたいことは言ったとばかりに背を向けて、一言だけ釘をさす。


「だから、あんたは大人しく勝己が帰ってくるのを待ってればいい。半分野郎とクソ髪に唆されんじゃないわよ。弱いんだから」
「え、ちょ……それって轟くんと切島くんのこと!? ほんといつ別れたの!? あ、ちょ……待って祈李!」

ぱたんと扉を閉めて祈李はさっさと帰ることにした。答えてやる義理なんてない。けれど、ふと疑問は沸いた。出久が半分野郎とクソ髪で誰か分かるとは思わなかった。変なの、と思いつつ、祈李は帰路を辿るのだった。












結果的に言えば、その晩、爆豪は救出された。オールマイトを始めとする、腕利きのプロヒーローたちが救出作戦に加わったのだ。けれど神野区の被害は尋常ではなかった。連合の裏に黒幕がいた。そしてオールマイトはそれと戦い、勝利し、事実上の引退を迎えた。
テレビに映ったオールマイトの本当の姿は……みすぼらしい、ガイコツのような姿だった。

そしてオールマイトの引退と連合の動きを鑑みて、雄英高校は全寮制の導入に踏み切った。引子はひとまず頷いたものの、納得していないのは祈李が一番よく分かっていた。
次の日の家庭訪問で、やはりそれは明らかになったのだった。引子ははっきり嫌だと言ったし、雄英に入ってからどんどん出久がボロボロになっていくこと、出久の腕がこれ以上怪我が増えれば動かなくなるかもしれないこと。引子は受け止められなかった。これ以上応援できなかった。


「先日の戦い、テレビで拝見しました。一人の一般市民としても、とても感謝しています。が……親としては怖かったです」

祈李はやっぱり遅いよと思った。気づくのが遅すぎるのだ。ヒーローになるということは命がけで他人を守るということだ。命がけで戦うということだ。無傷で完全勝利、掠り傷だけで済むなど、そんなものは選ばれたごく一部でしかありえない。そして出久はそちら側の人間ではない。わかり切っていたことだった。


「出久の行く末があんな血みどろの未来なら、私は……私……無個性≠フまま……ヒーローの活躍を嬉しそうに眺めているだけの方が、この子は幸せだったんじゃないかって……思ってしまったんです」
「お母さん」

引子の言葉に、また祈李は失望する。引子が子どもの、出久と祈李の幸せを願っているのは知っている。けれどそれは引子によって幸せの形を決められるものではないはずだ。
祈李は無個性を気にしたことなんてなかったのに、出久が気にするから、祈李まで謝られた始末だ。気にしたことなんてないのに。勝手にそうやって「可哀想」にされるのも、大したことじゃないのに「大したこと」にされるのも嫌だった。


「今の雄英高校に息子を預けられる程、私の肝は据わってはおりません」
「お母さん……」
「あなたがどれだけ素晴らしいヒーローでも関係ありません。敵に襲われてまともに授業を続けられない……生徒の大怪我を止められない……そんな学校にこれ以上通わせたくない。私は」

ため息が出そうなのを堪えた。祈李は内心で出久が止められて聞くような性質じゃないだろうと抗議した。
言って聞くような性格なら、とっくに出久はヒーローになるなんて夢を諦めてた。祈李の兄が死ぬこともなかった。
出久が先生たちが何べんも言ってくれたのに聞かなかったのは自分だと、当たり前のことを言っている。それに対して引子は結果この現状なら学校の責任だと言った。モンスターペアレンツかよ、とうんざりしていると、引子自身その自覚があるのか、心情を吐露していた。


「モンスターペアレンツかもしれません。でも、モンスターでいいです。私は出久の夢を奪いたくないんです。どうしてもヒーローになりたいなら別に……雄英でなくとも、ヒーロー科はたくさんありますよね」

――雄英じゃなければいいわけ?

思わず内心で突っ込んだ。ヒーローになるのをやめさせなければ結末は同じだと思う。むしろ、学校選びという観点では雄英以上のところはないと祈李は分かっていた。体育祭と攫われた後の記者会見を見て、担任がどんな人なのか十分理解したから。誰も爆豪を本当の意味で見てなかった。理解しようとしなかった。でも相澤は爆豪を見てくれてた。そんな人が出久のことも見てないとは思わない。
ヒーローになるのを止められないなら、どうしようもないなら、雄英に任せるべきだと思った。飛び出していった出久が戻る前に、声をかける。


「お母さん」
「祈李……」

祈李が再度口を開こうとしたところで出久が戻ってきた。何か紙を持ってきていた。雄英でなくたっていい、見てくれと差し出したのは手紙で、そこに書いてある文字に祈李は息を呑んだ。


「手紙貰ったんだ。合宿の時に救けた子から。ヒーローどころか個性≠キら嫌ってた子がありがとうって……くれたんだ。まだめちゃ心配されててダメダメだけど、それでも……一瞬でも……この手紙が、この子が、僕をヒーローにしてくれた。嬉しかった……! 雄英でなくたってどこだって……いいよ! 僕はヒーローになる……から!」

ヒーローにあてた手紙だった。救けてくれてありがとう。出久は祈李が思っているよりこんなにも早く、ヒーローになってしまった。祈李だけのヒーローだったはずなのに、祈李のヒーローをやめて、誰かのヒーローになってしまっていたのだった。

オールマイトがガイコツからよく知った姿に変わって、土下座をした。そしてオールマイトは出久が自分の後継に、平和の象徴になるべき人間と考えているという。
自分と同じ道を歩ませないというオールマイトの懇願と、この命に代えても守り育てるという言葉は引子には十分すぎる刺激だった。
オールマイトは出久の憧れで、生きがいだったから。


「命に代えないで、ちゃんと生きて、守り、育てて下さい。それを約束して下さるのなら、私も折れましょう」
「お母さん……」
「約束します」
「出久も雄英で生活していくなら……わかってるね……?」
「絶対心配させない!」

結局こうなるしかないのだと、祈李は視線を下に向けていた。
祈李は出久が何をしても、何を言ってもヒーローになることを諦めないことを知っている。
今までなんだって、出久は可能な限り祈李のお願いをよく聞いてくれた。大好物のカツ丼だって、祈李が大してほしくもないクセに、ほしいと強請ればどれだけでも分けてくれた。オールマイトの激レアカードだって、欲しいと言えば泣く泣く祈李にくれた。さすがに可哀想だったら返したけれど。そんな意地悪をずっと繰り返していた。それでも出久は祈李のことを可愛がり続けたし、可愛い可愛いと、祈李の自己肯定感を際限なく高めた。
兄が、祈李可愛さにお願いを聞いてくれるのが嬉しかった。

でもその兄が、祈李のお願いを聞いてくれなかったのだ。だから無駄なのだ。祈李のお願いが聞けないなら、どんな言葉も兄には届かないから。
だから爆豪を頼った。言葉でダメなら、直接壁をぶつければいいって。結果、それも甲斐ないことだったけれど。

せめて、死なないでと思う。怪我が仕方ないなら、死なないでと。
祈李は静かに祈る。それしか何も、出来ないから。


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