その泣き顔が離れない

寮生活になって仮免試験が終わったその日、爆豪と出久は衝突し、二人一緒に謹慎を言い渡された。
その謹慎で共有スペースの清掃をしていた時、出久がおそるおそると言ったように伺ってきた。


「祈李がかっちゃんと別れたって言ってたんだけど……ほんと?」
「……本当だ。とっくに別れてる」

祈李の名前が出たことで、一瞬爆豪の手が停まったが、すぐに動き出して何でもない事のように答えた。祈李がわざわざ言ったということは、おそらく爆豪救出に赴こうとする出久を止める為だろうと察したからだ。そうじゃないのならわざわざ口にする性格でないことを爆豪はよく知っていた。
出久は本当だったんだと思いつつ、もう少し踏み込んだ。


「それって……いつくらい?」
「……中学の卒業式」
「え!? そんなに前!!?」
「うっせぇ。……あいつとは最初から、俺が雄英上がるまでの付き合いだったんだよ」
「え……なにそれ。最初から別れるのが前提だったってこと!?」
「そーだっつってんだろ」

いつものようにキレ気味に返される。出久は何が何だかわからなかった。別れを前提に付き合うというのも、本当にその通りに別れるのも、出久には理解が出来なかった。出久から見て爆豪と祈李の間には見えない絆があるように見えたし、そもそも祈李の爆豪に対する信頼は特別なものだと出久は思っていただけに、色々とショックだった。それに、そんなに前から別れていたのなら、あれは……と、路地での自分が言った言葉に猛烈な後悔が押し寄せた。


「う……祈李に謝んなきゃ……」
「何をだよ」
「……前に祈李と連絡付かないってかっちゃんに連絡とったでしょ。あの時僕……祈李が君というお付き合いしている人がいるのに、他の人とデートしたと勘違いしちゃって……それについてすごく怒っちゃったんだ……一番怖かったの、祈李だったのに……」

爆豪もあれかと合点がいった。自分の連絡にも返信しない辺りただ事じゃなさそうだなと探していた頃。出久から「祈李がごめん。それと……祈李をお願い」と連絡が入った上に、祈李からも位置情報と一緒に「すぐに迎えに来て」と送られてきたので面倒なことになったのだとは理解した。
実際祈李に会うと祈李の頬にはひっかき傷があって、泣いたような跡があったから出久と何かあったのだというのを嫌でも感じた。
まさかごめんの意味がこれだとは思わなかった。


「……あいつは浮気するような奴じゃねェ」
「うっ……早とちりして申し訳ない……」
「クソわがままで、性格ゴミカスみてぇな奴だけどな」
「君たち仮にも付き合ってたんだよね……?」
「一応な」

わ、わかんないなぁ……と出久は思った。出久の恋人という認識は、2人で遊園地に行って手をつないでクレープを半分こするというものだ。実際それを爆豪と祈李がするとは想像できなかったけれど、2人が一緒にいるのは意外と見ていてしっくりきたのだ。それでも最初から別れが前提だったというのだから、意味が分からなかった。


「かっちゃんはさ……祈李のこと、好きだった?」

出久の質問に対して返事は返ってこなかった。興味がないとばかりに爆豪は掃除機をかけていて、出久は祈李に同じような質問をしたときのことを思い出す。「分かりきったこと聞かないでくれる?」と言われたそれが、勝手に好きだと思い込んでいたけれど、実際は違うのかもしれない。


「僕……祈李のこと、何もわかってないや。お兄ちゃんなのに」
「……あいつだって知られたくねぇンだろ」
「え……」

掃除機の音が鳴り響く。爆豪は寮になって以降祈李との関係を割と聞かれる毎日だった。聞けば出久から聞いた麗日が心配し、耳郎がたまたま拾ってしまってそこから広がったというのだから、怒る気も起きなかった。祈李は何も言わない。言いたがらない。そういう女だった。


「でもなァ、クソデク。一つだけ言っとくぞ」
「何? かっちゃん」
「あいつを泣かせるのは俺じゃねェ。おまえだ」
「え……それってどういう」
「自分で分かれ。意外とそこかしこにヒントはあんだろ」

これはちょっとした仕返しだった。ちゃんと訂正くらいはしろや、クソ祈李というちょっとした仕返し。
轟と切島をビンタしたのも、祈李が泣くのも、祈李が爆豪との今の本当の関係を話したのも、すべては出久に帰結する。

そして、この変化は――爆豪と出久の関係が私闘を経て変わった証でもあった。










祈李はそれはもう怒っていた。出久から連絡が来て浮気したと決めつけて、怒ってごめんとものすごく謝られた上に「僕……祈李を泣かせるようなこと、したみたいなんだけど……教えてもらえたりする?」と言われて「そんなものないわよ!!」と一方的に通話を切ったのだった。
出久が自分でその思考に行くことはないと祈李は知っている。だからこれを言ったのが誰なのか、祈李は分かっていた。わかっていたから鬼電した。


『だああああ! うっせぇ!! なんだ!』
「勝己!! 何考えてんのよ!? 何で余計なこと言ったのもーー!!」
『ああ゛? おめーだって訂正してねェだろうが! おかげでこちとら詮索されまくってンだわ!!』
「元々は勝己が見栄張ったのが問題でしょ!! 自分で何とかしなさいよ!!」

電話口でお互いキレ散らかす。爆豪が言うと祈李は思っていなかった。今までだって一度も祈李の気持ちを勝手に話したりなんてしなかったから。だからちょっと祈李にとってはショックでもあったのだ。裏切りとまではいかないけれど、とんでもない意地悪をされた気分だった。


「何でよりによってあいつのこと話すの……今まで何があっても言わなかったじゃん。そんなクラスメイトにからかわれたの? 半分野郎とクソ髪友だちだった? ビンタしたから怒ったの?」
『半分野郎とクソ髪って、轟と切島かよ。おまえ微妙に似るのやめろや』
「何の話よ〜!?」
『こっちの話だわ。……ハァ、別にそれで怒ってはねェよ』

ぐすっと祈李の鼻を啜る音が聞こえた。泣いてやがると爆豪は内心で面倒なことになったと思った。まさか泣くほど嫌だとは思ってなかった。しかも爆豪が怒ったから意地悪をされたのだと思っているし、おまえ根本妹なんだよなとげんなりした。


「じゃあ何で話したの? 私、すっごく嫌だった」
『俺だってここまで嫌がるとは思ってなかったわ。……別に、深い理由なんざねェよ。事あるごとにおまえを引き出されて、俺のせいにされんのがムカついただけだわ』
「なにそれ……勝己そんなこと言われてたの?」
『デクだぞ。あいつも昔からクソシスコン拗らせてやがんだ。こっちの身にもなれや』

面倒くさそうな爆豪の声に、祈李はそうなんだと思った。少しだけ、ほんの少しだけ嬉しく思う気持ちもある。じゃあ、自分の勘違いだったんだとほっとして、祈李は珍しくしおらしい態度をとった。


「怒ってごめんね。勝己が変わっちゃったのかと思ったから……」
『俺が? 何が変わんだよ』
「あいつのこと、認めちゃったのかなって……違うよね?」
『……んなわけねーだろ。寝言は寝て死ね』
「ならよかった」

ほっとした祈李の声に爆豪は何も言えなかった。反対に祈李はすっかり機嫌がなおったようで「じゃあ、授業とか色々……頑張って。言われるまでもないだろうけど」と言うものだから、爆豪も「当たり前だろ」と言って通話を切った。

すっきりした祈李とは裏腹に、爆豪の頭の中には祈李の声が響いていた。認める、認めないなら……認めてない。でも、爆豪は変わりだしてしまった。
ふと思う、これは裏切りだろうか。祈李には自分しかいない。自分しか祈李を本当の意味で理解してやれない。それが分かっているから、頭に祈李の泣き顔が容易に浮かぶのだった。


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