甘いものだけを頂戴
出久の例があるからと、祈李は引子に連れられてホークスが紹介した病院にきていた。
祈李としてはそんなわけがないと思っていたし、時間の無駄としか思わなかったが、引子が気になるようだったのでしょうがなく検査することにした。
「うーん……無個性だねぇ。色々見てみたけど、個性がある可能性は限りなく0だねぇ……」
「そう、ですか……」
「だから言ったでしょ。検査するだけ無駄だって」
ホークスが検査を勧めたこともあり、引子ももしかしたらという気持ちがあったのだろう。けれど結果は12年前と同じで、引子は僅かに落胆したのだった。反対に祈李はけろっとしていたが。
「私、今日は光己ママのとこいくから。抹茶パフェ食べる約束してんの。そのまま泊まる」
「そう? わかった。光己さんによろしく言っといてね」
「はーい」
そのまま引子とは病院で解散して祈李は爆豪邸に向かった。
護衛付きの生活で一番嫌だったのは光己と思うように会えないとこだったかもしれない。幸い祈李の過去の恋愛遍歴は明かされることがなかったため、爆豪とのことは世間にバレていない。もしそうだったら爆豪は怒っただろうかと祈李は考える。珍しく一言だけ入っていた「生きてるか」というメッセージが何だからしくないなと感じたのだった。
「でさ〜、勝己見切れてるじゃん? ちょっとうちでも話題になったよ。爆切れ先輩って」
「あははっ! 見切れてるのとキレてるのかけてるのね」
「そそ。勝己もさー、もったいないよね。すごいのにあれじゃ轟って人が一人で活躍したみたいじゃん。あれじゃバレンタインチョコ今回も私からしかもらえないよー」
光己が作ってくれた抹茶パフェをぱくりと食べながら、祈李は最近報道されている爆豪の活躍について話していた。仮免取得からわずか30分後、プロヒーロー顔負けの活躍をした二人は一躍有名人だった。
けれど、爆豪は取材の受け答えや態度がよろしくなかったようで、轟だけ映っており、爆豪はまるまるカットされて見切れていたのだった。今やかっこいいと轟が話題になっている。正直祈李は半分野郎のどこがいいのかわからなかった。根っからのブラコンなのだ。
光己は祈李が当たり前のように来年のバレンタインチョコを爆豪にも渡す予定であることに、少し驚いた様子を見せた。
「あら、今回もくれるの?」
「別れたからあげないってのもね。まぁ、雄英で本命出来てたら知らないけど……」
「いないわよそんな子」
「そう? 分かんないよ。だって勝己……名前で呼ぶ人いるみたいだし……」
どこか面白くなさそうに拗ねた様子の祈李に、あらと光己は思った。名前で呼ぶ人というのはおそらく体育祭で当たったあれだろうなと当たりをつけると、何だか無性に祈李が可愛く思えた。
光己はフッと笑って、何でもないことのように世間話をする。
「そうねぇ、切島くんだったかな。この間電話したら近くにいたみたいで、結構楽しそうにやってたよ。勝己にも対等な友だちができたみたいでよかったわ」
「切島……」
「あらやだすごい顔。そんなに嫌だった?」
「切島と轟と麗日はだめなの……」
「随分具体的な判定だね」
「相容れない……」
苦虫を嚙み潰したような顔で抹茶パフェを口に含む祈李だったが、やはり美味しかったらしく表情が和らいだ。こういうところは素直なのよねと微笑ましく思いながら、それ以上を聞くこともなかった。話したいなら祈李は話すだろうし、話したくないなら話さないのが祈李だからだ。
友だちという話題に、祈李はそういえばと口を開く。
「そーいえばさ、うちのクラスで転校したのいたよ」
「え? この時期に?」
「そーなの。あとちょっとで卒業じゃん? しかももう中三だよ。変だよねー」
「そうねぇ……その子とは仲良かったの?」
「うーんどーだろ。よく一緒にいたし、話してたけど……私あんま相手のこと知らないんだよね。興味なかったっていうか……」
「なるほどねぇ」
友だちというか、取り巻きの一人だったと祈李は思っている。光己もそれを察し、本当こういうところは息子と似ていると感じるのだった。
「バレンタイン、何にするか決まってる?」
「まだ〜! 昨年は味がイマイチで文句言われたし、今年はじゃあちょっとお高いチョコあげようってあげたらさ、勝己なんて言ったと思う!? 「手抜きしやがって」って笑ったんだよもー! どうしたらいいの〜!」
「あの子ったらもう……殴っていいわよ」
「もう殴ってる〜!」
「よくやったわ」
忘れもしないバレンタイン。付き合って初めてのバレンタインは恋人らしく手作りを頑張ってみたのに「不味ぃ」と文句を言われ、じゃあ次は間違いのないチョコレートをと思って渡せば手抜きと言われ、祈李はそれはもう怒った。殴ったら怒鳴り声が返って来て、それからまたギャーギャー言い合って、面倒くさくなったのか爆豪が祈李の口にチョコレートを突っ込んで、そのままキスされたのを思い出す。
「あら、顔赤いわよ。熱ある?」
「あーううん、思い出し怒り的なやつだと思う」
「そう?」
心配げな光己に大丈夫と頷く。
爆豪と恋人として過ごした時間の中には、祈李が大いに異性に興味があったのもあって、少女漫画の真似事に付き合わせたものが多くあった。爆豪はなんだかんだ言いつつも聞いてくれた。少女漫画が意外と過激なものも多くて「本当にこれ少女漫画か!?」と言われることも多かったけれど、ちゃんと叶えてくれた。
そうやって恋人として爆豪と過ごした時間は決して悪くなかったと思う。だから、思ってしまうのかもしれない。
――勝己に好きな人できてたら……嫌だな。
祈李より可愛いって思う女の子ができるのが、すごく嫌だと思った。
出久と爆豪の可愛いは祈李だけのものだった。けれど、出久はもうそうじゃなくなってしまったのもあって、爆豪までそうなってしまったらしばらく落ち込むだろうと思った。
失敗したかな、と思う。こんな気持ちになるなら容易に付き合うべきじゃなかったかもしれない。祈李にとって爆豪はどうでもいい人ではないから、自分がいたところに、自分がしてもらったように、爆豪が他の女の子に接するのを想像すると……胸に黒いものが渦巻いて、張っ倒したくなるのだった。
光己は祈李の百面相を見て何かを察したのか、それとも気にしていないのか、一つの提案をする。
「じゃあさ、今度のバレンタインチョコ。私と一緒に作らない?」
「え、まじ?」
「大マジ」
「えー助かる! 光己ママのなら絶対勝己文句言えないもん! やるやる〜!!」
「そうと決まれば何作るか候補くらい決めときましょ。勝己をあっと言わせるためにもね」
「言わせる〜!」
一気に調子を取り戻した祈李は、スマホで検索しながら光己とあれがいい、これがいい、と候補を絞り始めた。
もう思考は楽しいお菓子作りに向いている。だって、光己の作る抹茶パフェは、ご飯は、お菓子はとても美味しいから。疲れた時は甘いもの。気分転換も甘いもの。女の子は甘いものでできていると信じている祈李にとって、お菓子の前ではすべてが些事でしかなかったのだった。