パスケース

「それで……私の周りを嗅ぎまわってるわけね?」
「嗅ぎまわってるって言い方っ、何か異変が起きてないか見守ってるんだよ」
「要するにストーカーじゃない」
「ストッ……もー祈李、なんでそんな言い方するの〜!」

ツーンとした様子で出久らを冷めた目で見る祈李に、出久は消沈した。
祈李の性格を一番知っている爆豪の提案で、祈李には最初から事情を話すことにしたのだ。コソコソ身辺を探ろうものなら、祈李はそれはもう怒るだろうから。
けれど話したはいいが、祈李も祈李でまたしても監視される生活に逆戻りかとうんざりするのだった。


「緑谷の妹……前も思ったが、おまえと似てねぇな」
「あーうん、よく言われるよ。顔もこの通り祈李はすごく可愛いし、性格もほぼ正反対だし……」
「ああ、俺も可愛いと思う」

轟が何でもない風にごく自然な様子で可愛いというものだから、一同は面食らった。天然のなせる技である。仮免事件から女子からの支持を集めるイケメンに、そんなことを言われたらまんざらでもなさそうだが……祈李はどこまでも祈李だった。


「あっそ。私はあんたみたいな半分野郎、かっこいいとか思わないけど」
「祈李…!?」
「そうか」

ツンと強気に喧嘩を吹っ掛ける祈李に出久が慌てた。いつか聞いた半分野郎呼びは幻聴だと思いたかったが、そうではなかったらしい。轟は別段気にしている様子もなかったが、いきなり失礼なことを言った祈李にちょっとどうしたのと小声で詰め寄った。爆豪はというと、半分野郎と言っておまえが嫌いだと威嚇する祈李に笑いを堪えていたのだった。


「ダメでしょ祈李! いきなりあんな言い方しちゃ!」
「本当のことでしょ。どっからどう見ても半分じゃない」
「名前が分からないからってそういう言い方しないっ、彼は轟くん。轟焦凍くん! ヒーロー名はショート! ちゃんと呼んでね」
「……」
「祈李!」

無視する祈李を小声のまま咎める出久にも祈李は無視を貫いた。名前ならとっくに知っているけれど、呼ばないのはもちろんわざとだった。祈李はあの体育祭も、病院でのことも1ミリたりとも許していないのだ。
もー、と困る出久に待ったをかけたのは轟だった。


「いい、緑谷。好きに呼んでくれてかまわねぇし、俺らはまだ仲良くなれてねぇから、心を開けなくても無理はねぇよ。仲良くなれるように頑張ろうと思う」
「轟くん……」
「仲良くはならないから諦めなさい半分野郎」
「祈李!」
「ブハハッ! クソ嫌われてんなァ、轟ぃ」

取り付く島もない祈李の拒絶に、さすがに轟も「お」となる。けれど病院でのことと、それから祈李が連れて行ってくれるなと言ったにもかかわらず出久を連れ出してしまった――祈李は未だに神野に行った事を知らないが――ことから、嫌われるのも無理はないと思い直した。兄妹だから、兄を心配する気持ちは同じ末っ子として分からないではなかった。


「わかった。仲良くなれるよう俺が努力する」
「ならないって言ってるでしょ。頭と耳は大丈夫? 半分に分かれてるからそっちも半分しか機能して――」
「祈李!!」
「いや、特にそういったことはねぇよ。心配してくれてありがとうな」
「大丈夫ってそういう意味じゃないんだけど?」

なにこいつ天然なの、と恐ろしいものを見るかのような目で轟を見て、確認を取るように爆豪へと視線を移した。爆豪は未だに面白がって笑っていたが、祈李の言いたいことを理解して頷くのだった。
轟は早速仲良くなろうとしたのか、祈李に連絡先を聞き出した。


「なぁ、ラインでいいか?」
「いや、交換しないけど?」
「何でだ?」
「あんたと交換したくないから」
「そうか。じゃあ交換したくなるくらい仲良くなろう」
「ならないって言ってんでしょ……」

なにこいつ再びであった。むしろこんなに拒絶してるのに一切堪えずぐいぐいくる轟に恐怖すら感じた。さすがの爆豪も轟の押し加減に寒気がしたのか、凄い顔で轟を見ていた。
祈李は爆豪の後ろに隠れるように回る。


「おい、俺を盾にすんな」
「勝己もさっきの見たでしょ! なにあいつ怖いんだけど。どうにかしてよ、仮免持ってるヒーローでしょ。ヒーローらしく私を助けてよ」
「あいつもその仮免持ってるヒーローだぜ」
「世も末だわ」

本気で言っている様子の祈李に爆豪は小さく笑った。
普段勝気な祈李をここまで怯えさせるやつなどなかなかいない。それこそ爆豪が怒ったと勘違いしたときくらいだろう。轟も轟で、あからさまに距離をとられて拒絶されたことでややショックを受けている様子だった。出久がそれを慰めているが、出久としてもどうしたらいいのか分からなかった。多分絶妙に相性が悪い。

振り出しからこんな調子でこれどうなんだ、と爆豪は既に先行きが不安であった。












サイドキックたちと交代し、休憩時間になっても轟は熱心に出久と爆豪に祈李のことを聞いていた。好きな食べ物や音楽、色、動物……そんな些細なことも忘れまいと轟はメモを取る始末だった。
その姿勢に出久と爆豪は疑問がわいた。


「あの……轟くん。なんでそんなに祈李と仲良くなりたいの?」
「言っとくが、あいつが上等なんは皮だけだぞ。中身はゴミカスみてぇなやつだ」
「かっちゃん! 仮にも付き合ってたんだよね!!?」
「期間限定でな」

ブレない爆豪の祈李の評価にさすがに物申したい出久だったが、どうしようもなかった。ゴミカスっていうほどかなとは思うが、祈李は確かにお世辞にも性格がいいとは言えなかったのだ。フォローといえば「でも祈李も優しいところはあるんだよ。お母さんの涙腺すごいんだけど……なんだかんだ言いつつも、いつも祈李が介抱してるんだ」と言うしかできなかった。
けれどそれは轟にはとても好印象だったらしい。「お母さんを大事にするのはいいことだ。優しいんだな」とものすごく好感度が上がっていた。爆豪はこれ何言っても好感度上がるんじゃねぇかとちょっと引いた。


「俺は……前に病院で緑谷の妹のこと傷つけちまった。俺のことをよく思ってないのも当然だと思ってる」
「ああ……その節は祈李が大変な失礼を……まさかビンタするとは……」
「気にしてねぇよ。それにあんま痛くなかったしな」
「もやしだからな」

爆豪はどこか呆れた様子だった。祈李は顔以外何の取り柄もない。運動も勉強も圧倒的に苦手な部類だというのにも関わらず、祈李がスクールカースト上位に位置しているのは、やはりその類稀な美貌故だった。そして単純に気が強かった。ただでさえ祈李は自己愛精神が強いというのに、幼かった出久が可愛い可愛い、世界一可愛いと肯定しまくるものだから、祈李の自尊心は膨張する一方だった。
世界一可愛い自分は世界一偉いという持論のもと、大した苦手の克服もせず来ているためもやしもいいところだった。


「俺がしたことでこうなってんだ。ちゃんと責任はとらねぇと……」
「おい、間違ってもあいつに神野に行ったことは伝えんなよ。マイナスにしかならねぇ。知らねぇ方があいつは幸せだろうさ」
「うん……そうだね」

祈李は神野に行くこと自体を許していない。結果的に無事に帰れたため、祈李の要求は守れたものの、それは結果論でしかない。そしてその結果論を知ったところで祈李が傷つくだけだというのを爆豪はよく理解していた。出久はそこまで分からなかったが、心配をかけるというのが分かっていたため止めたのだった。
轟は謝る気だったため、止められるのは予想外だったが、自分より遥かに祈李のことを知っている二人が強く止めるのだから、間違いないだろうと頷いた。


「そうか……わかった。でも、それ以外にも、個人的に仲良くなりたいって気持ちもちゃんとあるんだ」
「……惚れたんか? やめとけ。あいつはおまえの手に負える女じゃねぇわ」
「そういう意味じゃねぇんだが……」
「じゃあ何だってンだよ」

じっと爆豪の鋭い眼光が轟を射抜いた。轟はそれに少し面食らう。随分警戒されてんなと感じた。
大して爆豪は興味本位で祈李にぐいぐい来られるのは看過できなかった。祈李は割と本気で轟が嫌いだ。ただでさえ詮索も干渉も嫌がる祈李に、轟の仲良くなりたい故の積極性は面倒しか招かないと分かっていた。


「大した理由じゃねぇんだが……緑谷の妹だろ」
「う、うん?」
「それがどうした」
「友だちの妹に嫌われたままなのはちょっとな……あと単純に、妹っていうのに興味がある」
「は?」

爆豪と出久は心を一つにした。内心で同時に呟く、末っ子か。
末っ子故に轟は妹というものが気になるらしいし、始めてできた友だちの家族にも興味があるらしい。本当に今まで友だちを作ったことがないらしかった。


「祈李は確かに妹だけど……うーん、世の妹像とはちょっと違うかも?」
「いやあれもあれでしっかり妹だわ」

首を捻る出久に爆豪が即座にツッコミを入れた。祈李ほどブラコンをこじらせている妹もいないというのが爆豪の見解だ。不思議そうにする出久に内心でため息が出る。


「おまえ、まだヒントはつかめてねぇンだな」
「うっ……探してるんだけどね……」
「さっさ見つけろや。取り返しがつかなくなっても遅ぇかンな」
「ご、ごもっとも……」

耳が痛い話だった。出久もどういうことなのか理解しようとしているのだが、わからず仕舞いだった。自分が祈李を泣かせるというのなら、やはりそれは心配だろうか。けれど祈李は自分には興味がなさそうだと思うと、決め手に欠けるのだった。
よくわからない話に轟がひょこっと首を突っ込む。


「なぁ、それなんの話――うおっ」
「轟くん!? 大丈夫!? 派手にいったね!?」
「あ、ああ」
「何もねぇとこで転ぶとか何やっとンだ。前見て歩け!」

轟がいきなり何もないところで派手に転んだ。ズザーッとそれはもうギャグ漫画顔負けの転び方だった。
擦りむいて派手に出血しているのを見た出久が、手当てをしようとハンカチを近くにある公園で濡らそうと踵を返すと、そこに誰かのパスケースが落ちていた。


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