個性というもの

「あ、これ定期……あっ、あの子かな!? すみませーんっ、定期落ちて――」
「っ……」
「えっ何で逃げるの!!?」

落としていた定期を知らせようと出久が声を張り上げると、その女の子は逃げるように走っていった。なんでと驚く出久をよそに、爆豪が怒鳴り声をあげて飛びながら突進した。


「バカ言え! 逃げるってこたぁやましいことがあるってことだろ!! 待ちやがれおさげ女!!」
「ちょっかっちゃん怖いよ!!」
「待てやごらあああああ!!」
「かっちゃーーんっ!」

出久はほとんど悲鳴のような声を上げた。女の子は今にも死にそうな青い顔をして爆豪に掴まった。疑わしきは罰せよ精神が効いた。
出久は女の子を気遣うように声をかけて落とした定期を渡したが、女の子はそれどころじゃないようだった。


「かっちゃん、怖がらせすぎだよ……」
「あ?」
「ごめんね急に」
「い、いえ……」

女の子は何かに怯えていた。まるで悪いことをして見つかったときのように。
爆豪が試しに轟を押して近くに連れてくると、その反応は顕著だった。真っ青になる女の子に爆豪は確信する。


「ビンゴ。おまえが祈李の周りで起きてる事件の犯人だな」
「っ」
「え!? そうなの!?」
「まだ中学生じゃねぇか」
「しかもこの制服……折寺中学の……君、一体――」

折寺中学の制服を着たその女の子はおさげ髪の地味な容姿だった。とても大胆な行動をするようには見えない。
けれど女の子も逃げられないと悟ったのか、震えてはいたが逃げる様子はなかった。












ガタガタと震える女の子にとりあえず話を聞こうと場所を移動する。
出久は当初の目的だった公園でハンカチを濡らすと、轟の手当てをした。派手に擦りむいた痕に女の子がまたしても暗い顔をするので、出久はどう話を切りだそうかと考えていると、爆豪が容赦なく切り込んだのだった。


「で、なんで祈李の周りの奴らに悪さして周ってたんだ?」
「かっちゃん、決めつけるような言い方は……」
「状況から見てどう見ても黒だろ。言い逃れできるかよ」
「ううんっ……そうだけどさぁ。……ごめんね、ちょっと事情聴かせてくれる? 君の話が聞きたいんだ」

ベンチに座っている女の子の目線に合わせるように、出久はしゃんがんでそう優しい声で尋ねた。その姿勢に多少なりとも話す気になってくれたようで、ぽつりぽつりと女の子は口を開いた。


「わ……たし、緑谷さんのことが……好きで……」
「そうなんだ。ありがとう」
「なに礼言ってんだよ」
「いやほら、妹を好きって言ってくれたら兄として嬉しいし……」
「平和ボケか! 状況考えろ!」
「う……ハイ」

爆豪に怒られてしゅんとなる出久を見た女の子が、ちらっと爆豪を見て少し不思議そうな顔をしていた。
大方、何で緑谷さん爆豪先輩と付き合ったんだろうといった感想であった。兄が兄なだけに、あまりにも正反対だった。


「そんで、祈李が好きっつーなら、祈李に悪さしたから制裁したってか?」
「かっちゃん!」
「……制裁っていうか……私の個性は確かにそうですけど……」
「え、本当にそんな感じの個性なんだ!?」
「……はい。私の個性はその人の罪状によってそれ相応の罰を与える個性です……」
「ええっ、随分すごい個性だね! ヒーロー向きだ! 君の個性なら対敵に有効っていうか、特攻って感じの! すごいなぁ……!!」

出久があまりにもキラキラした顔で個性を褒めるものだから、女の子は面食らった。大抵の人間が自分の個性を知ると怖がって、気味悪がって遠巻きにしてきた。夢を語る少年のような顔をした出久がなんだかすごく眩しかった。
それに大好きな祈李の姿がどこか重なった。


「緑谷さんは……恩人なんです」
「オンジンー? あいつがか? そんな人助けするようなタイプの人間じゃねぇけどな」
「……緑谷さんは助けたとか思ってないと思います。本当に、緑谷さんにとっては何でもない事だったと思うから……」
「……聞いてもいい?」

優しく伺う出久に女の子は静かに頷いて話してくれた。
それは中学1年生のときのこと。入学したてでグループもまだ出来上がってないような頃、ある男の子とある話題で仲良くなったのが始まりだった。


「その男の子とはワイプシで意気投合したんです。お互いフォロワーで、推しも同じで……」
「あの人らか……」
「いいよねワイプシ! 親しみやすさもだけど、十年もの間山岳救助を行ってきた救助のエキスパート! かっこいいよねぇ」
「おまえ隙あらばだな」
「つい……」

ヒーローのことになるとすぐに語りだす出久に爆豪がドン引きした様子で突っ込んだ。
やってしまったと乾いた笑いを零す出久に対して、女の子は寛容だった。


「いえ、私も好きなので……お気になさらず。それで、お互い持ってきたグッズを教室で見せあってたのがよくなくて……クラスでもやんちゃな子たちにからかわれたんです」
「あー……ワイプシ支持層がコアだから……」
「ええ。そうやって当然暴言を吐かれました。でも私も彼も言い返せなくて……怖かったんです」
「わかるわかる。なかなか言い返せないよね……いてっ」
「共感してんなっ!」

いじめっ子の代表だった爆豪から頭を叩かれた。君だって僕のヒーローノート爆破したじゃないかと思うけれど、ここはぐっと飲み込むことにした。
女の子はますますわけがわからないといった顔をしたけれど、ここが重要だとばかりに気持ちを切り替えて大切な人を呼ぶかのような顔で口を開いた。


「その中の一人が、緑谷さんに話を振ったんです。今思えば、彼は緑谷さんとどうにかして話したかったんだと思います」
「あいつも面倒なやつに絡まれやすいからな……で、何て? あいつが気の利いたこというとは思えねぇけど」
「そうでもないですよ。緑谷さん、ワイプシ知らなかったみたいで……私のグッズを見てこう言ったんです「私、この厳つい顔の人好き」って」
「え!?」
「は!?」

これはさすがに爆豪ですら予想外だった。被害にあったこともあり、女の子から大分離れた場所で静かに聞いていた轟も「そうなのか」と何か考える様子をみせた。


「かっちゃん、祈李のタイプってそういう感じだった?」
「俺に聞くんじゃねェ」
「ええっ、だってかっちゃん仮にも元彼でしょ……何か知らないの?」
「そういうおめーは兄だろ。知らねェのかよ」

お互い知らなかった。兄でも元カレでもしらない祈李の意外な好みに衝撃が隠せなかった。
出久は「私この人と結婚する」と言って虎を連れてくる祈李が脳裏に浮かんだし、爆豪は「こんな風になって」と虎の写真を見せてくる祈李が浮かんだ。ざけんな俺はもうおまえの彼氏じゃねェと思ったが、そもそも自分で勝手に想像したのだと思うと余計複雑だった。


「緑谷さんの反応が思ったのと違って空気が変わったんです」
「そりゃそうだろうな……あいつ見るからに性格悪そうだしよ。実際悪いしな」
「かっちゃん……!」
「それからも緑谷さん、興味を持ってくれたみたいで「この人なんて名前? 個性的でいいね」って。緑谷さんがそんな感じだったから、逆切れする人もいて……一緒にいた彼がその、あんまり迫力なかったから、その人がターゲットにされちゃって。クソナードって……」

クソナードという単語に出久と爆豪が反応した。もしかしなくても、その男の子は出久みたいなオタク系のスクールカースト弱者だったのだろう。そんな相手が祈李と話しているというのは、確かに色々よく思わない人間が出てもおかしくなかった。


「私、庇わなきゃって思ってたのに言えなくて……どうしようって思ってたら「クソナードも個性じゃないの」って緑谷さん言いだして」
「ハッ、庇ってるようで庇ってねぇのあいつらしいな」
「ええ……みんなびっくりして、でも緑谷さん「ちなみに、他人を蹴落とすことでしか自分の価値を証明できないのもあんたの個性ね」って追い打ちかけちゃって。もうその子たち何も言えなくなっちゃったんです」
「そりゃ言えねぇわな。それ以上言えば祈李に嫌われると考えるだろうし、そうでなくても自分が雑魚ですって言ってるようなもんだ」

あいつらしいという爆豪とは逆に、出久は色々衝撃を受けていた。
クソナードも個性と言う祈李に何かを思い出す。ワン・フォー・オールが宿ったことを嘘を交えて打ち明けた時、祈李は言った。気にしてたのは自分じゃないと。自分は誰より可愛いから、無個性だけど無個性じゃないのだと。それに出久は本当だったんだと思った。強がりでも何でもなくて、祈李にとっての個性≠ヘ世間一般で示される個性≠カゃなくて、自己を確立する何かなのだと初めて出久はちゃんと理解したのだった。


――すごいな、祈李は……。


ずっと祈李はそうだったのだ。無個性と分かる前も分かってからも、祈李は自身でアイデンティティを確立していたのだ。「勝手に私を哀れまないで」という言葉が重くのしかかる。
祈李は最初から可哀想なんかじゃなかった。そして、自分だってきっとそうだったのだと、出久は気づいたのだった。


「僕……祈李を妹に持てたこと、すごく誇りに思うよ。世界で一番の果報者だ……」

昔から出久にとって祈李は自分にはもったいない妹だった。
この子を僕が絶対に守るんだと思っていたし、今だってそう思ってる。
けれど身近にこんなに尊敬できる人がいたことに今の今まで気づかなかった自分は大馬鹿者だとも思った。無個性であることにコンプレックスを一度も抱いたことがない、偉大な妹。自分の価値を誰より理解している妹。何より出久の自慢だった。

心からそういう出久に、爆豪は少し考えて小さく呟く。


「……そりゃ、どーだろな」

あんな面倒くさいクソブラコンもそうそういない。それこそが爆豪の知る祈李だったから。
でも、もし今の言葉を祈李が聞いたなら照れ隠しをしつつも、喜んだだろうと思う。やはりそう、クソブラコンなので。


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