誰もが誰かのヒーローで
女の子のいう祈李との出会いというか、女の子が祈李を好きになった経緯は以上だった。
それからは普通のクラスメイトとして接している。祈李もまさかこんな風に好かれているなんて夢にも思わないだろう。女の子は祈李が好きすぎるあまり、祈李と話すときは感極まって震えてしまい、怯えたような反応になっているのだという。実際祈李も女の子には怖がられていると勘違いしていた。
「ま、だからってこういった個性の乱用は褒められたもんじゃねぇよ。実害出てんだろ」
「……はい、わかってます。犯罪ですよね……」
震える手を握りしめて俯く女の子に、出久はひょっとしてと思った。
祈李が好きというのは疑う余地もないけれど、だからといって祈李の周りにいるよからぬ輩を進んで排除するようには見えなかった。だってこんな個性をもっているなら、この子はいくらでも、祈李の救けなんてなくたって立ち向かえたはずだから。
「何か……事情があるんだね?」
「……私……使おうと思って使ってたわけじゃないんです。大好きな人にとって害があるものと思っちゃうと、勝手に……」
「害……俺もか」
「あなたは……その、実は最初だけ見てたんです。緑谷さんすごく嫌そうで、怯えてたから……どうにかしなくちゃって思ったら……ごめんなさい」
「いや、それならいい。俺もぐいぐい行き過ぎた……接し方考えるよ」
素直に改めようとする轟に女の子は若干面食らう。なんだか思ってた感じと違う。もっと自己中心的で、祈李の迷惑も考えずに迫ってくる、イケメンだからって勘違いした人だと思っていた。違った。それがわかると女の子はみるみるうちに青ざめて頭を下げた。
「か、勘違いしてましたっ、ごめんなさいっ」
「勘違い?」
「ちょっとイケメンだからって、緑谷さんも自分のことを好きになると勘違いしてる系の人かと……」
「ブハッ!! 勘違い男だってよ、轟ぃっ」
「……ワリィ」
「と、轟くん大丈夫! そういうんじゃないのはわかってるから!」
勘違い男と言われて衝撃を受け、落ち込む轟を出久が慰めるが、爆豪は反対に爆笑していた。勘違い男がツボに入ったのだった。女の子はますます縮こまっていた。
けれどふと思う。罪状に対して天罰が下るというのなら……あの事件は。
「あの……これ聞いていいのかわかんないけど……」
「はい?」
「その、動画の人のやつは……」
「……あれは――」
女の子は言葉に詰まった。みるみる青ざめていき、呼吸が乱れる。過呼吸を起こし始めたので慌てて処置をした。大丈夫だと声をかけながら落ち着くのを待つと、女の子も頑張って話してくれた。
「あれは……緑谷さんすごく大変で……私「早く終わればいいのに」って願ったんです。そうしたら……ああなっちゃって。私も怖くなって、色々調べたら……あの人、他にもたくさんの人に迷惑かけてて、罪も犯してて……だから、ああなっちゃったんだと思います……」
「自分の
「ああ、うん。確かに……報道にもあったけど、沢山の人に迷惑かけてたね。敵犯罪歴もあったし……余罪も……」
「……やっぱり、私が……殺したんでしょうか……」
おそるおそる吐き出した女の子の言葉に何も言えなかった。そうじゃないというのは簡単で、でも個性が噛んでいる可能性は否定できなくて、なんて言葉をかけたらいいのか迷っていた時にソプラノが響いた。
「そんなわけないでしょ。あの人のは自殺よ。殺したのはあんたじゃない。あの人自身よ」
「みっ……」
「お」
「祈李!?」
「何でおまえがここに……」
急に現れた祈李にみんな驚いた。祈李はバッカじゃないのと言いたげな顔で、くいっと親指で後ろを指さした。そこからおずおずと表れたのは折寺中学校の制服を着た男子生徒で、女の子が名前を呟いていた。
「なんで……」
「君のことがバレたのはすぐに伝わった。どうしよう、なんとかしなくちゃって思ってたら……」
「見るからに怪しかったから問いただしたの。「あんたが私の周辺でなんかやってるやつ?」って」
「僕、うまく言えなくて……焦ったら個性が……」
「こいつの個性テレパシーみたいなもんよ。考えてることを相手にぶつけられるし、逆に相手の思考を読める個性。おかげで話は全部伝わったわ」
ツンとした祈李とごめんと謝る気弱な男の子の対比がすごかった。
女の子は大好きな祈李に知られたことで今にも死にそうな顔をしていた。それに祈李はずんずん前に進み出るとその子の頭を乱暴にぽんぽんと軽く叩いたのだった。それはまるで慰めているようでも、元気づけているようでもあった。
「ありがとね」
「え……」
「あんたが今まで私になんかしてたやつら、まとめてどっかやってくれたんでしょ? 発動条件も聞いたけど、この私を大事な人≠ノするとか……あんた見る目あるわね」
「祈李……」
「自尊心どうなってンだ!!」
どこまでも祈李は祈李だった。この世で一番尊い存在が自分だと信じて疑わない。
爆豪と出久は呆れたが、女の子はそれでよかったらしい。ぼろぼろと泣き出し「ごめんなさい〜!」と身体が崩れ落ちるのを祈李が支えてやった。
「謝ることなんてないでしょ。私は助かって、あんたは大好きな私を助けれた。ウィンウィンじゃない」
「ううっ、でもっ、私……」
「もう……さっきも言ったけど、あんたは誰も殺してないわよ。殺意のないものに何をどうすんのよ。しかも自殺だし。殺したのはあの人自身であんたじゃない。自分で自分を殺したやつの責任を負うとか意味わかんないんだけど」
祈李が何かを言う度に女の子はますます涙の勢いを増した。祈李はまだ泣くのねと思いつつ、不本意ながら引子で慣れていたため女の子が落ち着くように背中を撫でてやった。
そしてそういえばと面白がるように話題を口にする。
「あんた、私のこと大好きなのに……なんで勝己はセーフだったの? 結構やばかったでしょ?」
「あ!? 何でだよ!」
「だって勝己すごい不良だったじゃーん」
「別におまえにはこれといってやってねぇだろうが!」
「だってよ。ね、なんでだったの?」
楽しそうな祈李に女の子はあのね、と言葉を続けた。大好きな祈李が近くにいる。自分と話して、自分を慰めてくれている。女の子は祈李のことが本当に大好きだった。
「緑谷さん……楽しそうだったから……邪魔したくなかったのっ」
「えー私楽しそうだった? 彼氏できたから浮かれてたかなぁ」
「おまえにはマジで散々付き合わされたからなァ、そうだろうよ」
爆豪はそれはもう苦虫を嚙み潰したような顔をした。忘れもしない、あの少女漫画地獄の日々。うっかりマボロキくんを仮免講習で見た時には鳥肌が立った。幸い祈李はセリフはどうでもいいタイプだったので同じことを言うことはなかったが、あのマボロキくんのシーンは祈李が持ってきた少女漫画の中にもあったのだった。軽くトラウマである。
女の子は記憶を辿る。祈李が自分に話しかけてくれたあの日、自分を頼ってくれたあの日を。
「クリスマスプレゼント、何にしようって悩んでる緑谷さんが……すごくかわいくて。なんだか全部、素敵に思えちゃったの」
彼氏になにをあげるのか悩んで聞いてきた祈李。普段話さないのに少しでも参考にしたくて必死で。そういうのを見たら、相手が素行不良気味な爆豪でもいいやと応援できたのだ。どれにしようと悩む祈李も、決まった贈ったという祈李も、これもらったのとこっそり見せてくれた祈李も、全部可愛かったから。だから全部許せた。女の子にとって、祈李が幸せであること。それがたった一つの願いだった。
「なにそれ……私はいつも可愛いんですけど」
「草」
「うん、そうだね……!」
大好きだよ、緑谷さん。そういった女の子の表情はまるで恋する乙女のようだった。
それに祈李は少々面食らいつつも「堂々と浮気かっつーの」と笑った。二人クスクス笑う様子を出久は何だか泣きそうな顔で見守っていた。
祈李は仮免なんてもってないけど、ヒーロー志望でもないけど、個性だってないけど、それでもここにいる誰より――最初からずっと、その女の子にとってのヒーローだったのだ。