甘くも優しくもないけれど
女の子はその後、エンデヴァー事務所で事情聴取を行うことになった。そしてエンデヴァーらが警察と交えて出した結論は祈李と概ね同じであった。けれど、故意ではなかったとはいえ、個性の使用は認められたためそれをコントロールできるようにする方向で話が進んでいた。
酷い事にはならないと祈李にした約束通り、女の子は普通の女の子として生きることが許されたのであった。
「ね、緑谷さんってのやめなさいよ。祈李でいい」
「えっ、でもそんなっ」
「私のこと好きなんでしょ? ならそんな距離ある呼び方しなくていいじゃん。だってもう熱狂的な私のファンだって認知しちゃったし」
「に、認知……っ、うあ」
「ちょっ!? 倒れるとかマジじゃん!」
とかなんとか言いながらも、祈李は名前で呼ばせることを諦めていないようで、前よりずっと女の子と絡んでいたのだった。それは今までの取り巻きとはまた違った形で、一番友だちというものに近かったような気がする。
「ねぇ、パフェは何が好き? 私は抹茶」祈李が聞く。何だか女の子のことが、もっと知りたいと思うのだった。
「で、あんた、その顔はなに。ケンカ売ってんの? 買うわよ」
「お……」
「ブハハハハッ」
轟はやはり祈李と仲良くなりたいようで、事件が解決した今もう今日しかないとばかりに頑張っていた。連絡先を交換してもらえるか否か、すべては今日にかかっていた。
それで先ほど得たワイルド・ワイルド・プッシ―キャッツの虎が好きという情報を頼りに、轟は初期ロキくんよろしくガンギマリの厳つい顔を披露していた。当然喧嘩売ってんのかと不評だった。爆豪は轟の空回り具合に爆笑した。
「虎が好きなんじゃねえのか」
「虎?」
「プッシ―キャッツの……」
「ああ、あれね。好きよ。個性的でいいじゃない。自己を確立してる人は好き」
「自己の確立……そうか」
轟はここでようやく虎が好きだと言った意味を理解した。厳つい顔をしているから好きなのではないのだ。自分らしさを表現しているから祈李は好きなのだと合点がいった。それならば、自分がすべきことはと考えて……大氷壁を繰り出した。
「いやなんでだっ!!!」
「さむっ! ほんと何こいつ! 喧嘩売ってんの!?」
爆豪も祈李もブチギレた。寒い冬にやったのがさらによくなかった。これには出久もフォローしきれず轟くんんん!!? と内心大絶叫をしていた。
反対に轟はけろっとした顔をしていた。
「いや……これが俺の個性だ。右で凍らせて、左で焦がす」
「知ってるけど!?」
「だから何だ!!」
次は左で出した大氷壁を溶かす。本当に何がしたいかわからないと祈李も爆豪も顔を見合わせたが、そこで浮かんできた文字に目をぱちぱちと瞬かせた。
「これが俺だ。ヒーローショートで、轟焦凍だ」
「……」
「周りくでぇ自己紹介だことで」
『俺は轟焦凍 俺と友だちになってください』氷の板に炎の文字が躍っていた。
すっと差し出されたスマホの画面にはラインの交換画面が浮かんでいた。「ダメか?」と少し悲しそうに首をかしげる轟に、祈李は深くため息を吐いた。
「しょーがないから、そこまでいうなら交換してあげる。でもしつこいとブロックするから、そのつもりで」
「わかった。しつこくしねぇ」
「ならいいわ」
そうして追加された祈李のアイコンに轟はそれはそれはもう嬉しそうな顔をした。よっぽど自分と友だちになりたかったのだなと祈李も感じて、まぁ、悪い気はしなかった。
「アイコン可愛いな。おまえはいつも可愛い」
「まぁ、そうだけど」
「なぁ、保存とかしていいか? ダメか?」
「……悪用しないなら勝手にどーぞ」
やっぱり轟はぐいぐい来た。なんだこいつ私に気があるのかと思うが、どうも読めなかった。
出久は素直によかったね、轟くんと言った感じで見ているが、爆豪は何だか機嫌が悪そうな顔をしていた。反対に、轟は乏しい表情ながら嬉しいがとても伝わってきた。
「ありがとう。ところで……しつこくってどの程度だ? 毎日おはようとおやすみは送ってもいいか? 今日何があったとかも――」
「いやめんどっ!? 彼氏面やめてくんない!?」
「彼氏面……これ、彼氏がやんのか。ワリィ」
「あんたほんと距離感バグってるから! ちゃんと節度を持って接してくれる!? ほんとに私ブロックするから!」
「わかった。気を付ける」
本当なにこいつ、と何度目かもわからない未知の生物を見る目を向ける。
轟も轟で緑谷の妹という、妹と言うものに対しての期待があったのだ。決して自分の妹にはならないとわかってはいるが、妹とと言う存在が轟にとってはレアだったのだ。
「じゃ、私帰るから……」
「送る」
「そーいうのいいから! 彼氏面すんな!」
「これも彼氏面なのか。わかった」
「ちょっと! 二人ともこいつの教育ちゃんとして! ほんとブロックするから!!」
「あ、はは……」
「何で俺が……」
クラスメイトで同じインターン先何だから一番接する機会多いでしょうと祈李が吠える。爆豪は最後まで不服そうだったが、出久は僕にできる範囲ならと了承した。
やや怒りながら帰っていく祈李の後ろ姿をどこか名残惜しそうに見つめている轟に、爆豪は胸の靄つきを感じた。そしてそれが何由来なのかも、もうとっくに気づいていたのだった。
――切り捨てられねェなら、それが答えだわな。
祈李が自分としていたことを他のしょうもない男とするのが許せなかった。
それを轟――轟の真意は不明だが――に置き換えてみると更に許せなくなった。
祈李のことをどうでもいい、もう自分に関係ないとは言えない。これが愛だとか恋だとか、そういうものだというのならちっとも甘くはなかった。あるのは薄汚い、独り善がりの欲望だけだった。
祈李が持っていた少女漫画とは似ても似つかない。
けれど自分はそれをそう名付けようと思う。甘くも優しくもないけれど、誰かのものになるくらいなら死ねと思うから。きっとこれは、自分なりのそれなのだと、そう答えを出すのだった。