誰かが誰かでありますように
ホワイトデーが過ぎて、爆豪が待てというから祈李は何をくれるんだろうと楽しみにしながら待っていた。爆豪は意外とちゃんとしていて、毎年三倍返しを必ずしてくれる。もう彼女ではないけれど、それでも何をもらえるんだろうと楽しみに過ごしていた。
ちなみに友だちはホワイトデーの日に彼氏からホテルのスイーツビュッフェのチケットをもらっていて、それに一緒に行った――祈李と。
流石の祈李も「そこは彼氏じゃないの」と言ったが、友だちは祈李がいいと言うし、彼氏も元からそのつもりで送ったらしかった。祈李は漠然と思う。彼女の推し活に理解あるんだなと。アイドル好きやヒーローオタクと付き合うなら、理解がある相手じゃないとうまくやっていけないのねと祈李は悟りを開いたのだった。スイーツビュッフェはものすごくよかった。
そんな風に日々を過ごしていた中、それは唐突に訪れた。祈李が恐れてやまなかったことが、現実になったのだ。
下旬に街からヒーローが消えた。大規模な作戦にヒーローが総力をあげて乗り出たのだ。
けれどその作戦は結果として言えば失敗に終わった。街は甚大な被害を受け、死傷者の数も相当数に上る。エンデヴァーやホークスの家庭環境や生い立ちなどが報道され、街は混乱に陥った。
祈李は引子と共にセントラル病院に駆け付けた。出久が大怪我を負ったためだ。何でこんな風になったのか、説明を受けると同時に、爆豪も出久を庇って腹に穴を開けたというのだから祈李は二重の意味でショックを受けた。
「まってよ……じゃあなに、あんたは……そのワン・フォー・オールとやらの責任を果たすために、死柄木とオール・フォー・ワンとかいう化け物と……戦うってこと? みんなを巻き込みたくないから、雄英出て行って……ひとりで……?」
「祈李……黙っててごめん。聞いた通り、僕の個性は突然変異でも何でもなくて、歴代継承者たちが必死に繋いできた希望の力なんだ……僕が、やらなくちゃ」
祈李はうそだと言いたかった。うそだと言ってほしかった。
嫌な個性だと思っていた。だって使う度に大怪我を負っていくから。ボロボロになるくらいならそんな個性出なきゃよかったのにと思っていた。でも、突然変異でも何でもなくて、譲り受けた個性で、その個性のせいで狙われて、ボロボロにならなきゃいけないのなら祈李は到底受け入れられなかった。
祈李は出久に個性を譲渡したというオールマイトに詰め寄り、その胸倉を乱暴につかんだ。
「おまえっ!!」
「祈李っ!!」
「やめなさい祈李っ」
「……おかまいなく。緑谷少女の怒りはもっともだ……大事な、お兄さんなのだから」
止めようとする出久と引子を他ならぬオールマイトが制した。ガイコツのように落ちくぼんだ瞳は凪いでおり、静かに祈李を見つめていた。そうして「すまない。君が怒るのは当然だ」と頭を下げた。
頭を下げたところで何になる。出久は救われるのか、出久が戦わなくて済むのかと言いたかったけれど、そんなものに意味もない事もよくわかっていた。
ただ、オールマイトも無個性で、それでもナチュラルボーンヒーローを全うして、出久が憧れた人というたった一つの事実が、祈李を食い止めた。だってそれじゃあ、オールマイトも出久と同じだから。
「……このこと、他に誰が知ってるの……? 一人で抱え込んでた? 大晦日のとき言ってたよくわかんない力とか、相談できる人いた……?」
「……かっちゃんが知ってる。ずっと、助けてくれてた」
「!! ……そう」
何でも話せる友だちがいることがどんなに救われるのか、祈李はもうそれを知っている。けれど出てきた意外な人物の名前に、酷いショックを受けた。爆豪は何も言わなかった。何も、言ってくれなかった。それが酷く祈李の心を傷つけた。
祈李は泣きそうになるのを耐えて、オールマイトの胸倉から乱暴に手を離すと、病室を出た。引子と出久が引き留める声が聞こえたがそれどころじゃなかった。
ねぇ、なんでと疑問ばかりだった。何で言ってくれなかったの、何で変わっちゃったの、何で裏切ったの。爆豪に聞きたいことが山ほどあった。
祈李がやや乱暴に爆豪の病室の扉を開けると、爆豪は「何だ!」と怒鳴ったが開けたのが祈李だとわかると、全てを悟った。祈李の顔はものすごく怒っていたから。
まぁ、予定調和だわなと爆豪は落ち着いていた。
「何であいつのこと言ってくれなかったの」
「言ったら何か変わったか? おまえ発狂どころじゃねぇだろ」
「そうだよ! 意味わかんない! 何でよりによってあいつなの! もっと他にいたでしょ!!」
泣きながら声を荒げる祈李に爆豪は内心でため息を吐いた。何で出久なのか、それは爆豪だって知りたかった。オールマイトの土俵云々の話に納得したわけではない。ただ、過ごすうちに自ずとなんで出久なのかは理解できた。いや、最初から爆豪は分かっていた。ただ、認めたくなかっただけだった。
「あいつだからだよ」
「え……」
「あいつは……生まれながらのヒーローなんだよ」
ぼろぼろと祈李の瞳から大粒の涙がこぼれる。口が小さく動くが、言葉にはならなかった。けれどその表情は言葉よりも雄弁で、やめて、言わないでと痛いほど伝わった。
伝わったけれど、爆豪はやめなかった。傷ついた祈李に踏み出す前の自分を見る。祈李は過去の爆豪だった。出久を認めず、出久を否定し続ける。その根本にある感情は自分とは違ったけれど、こいつを置いていくわけにはいかないと爆豪は思っていた。
「祈李。あいつは確かに無個性だった。弱虫のくせに、引かねぇやつだった」
「っ……」
「わかるだろ、祈李。ヒーローってのは……勝って救けて、救けて勝つもんなんだ。あいつは何もない頃から分かってた」
爆豪が出久を肯定する度に祈李が絶望していく。本当の意味で祈李を理解している爆豪が、他ならぬ爆豪が、祈李を傷つけていた。出久がヒーローであることを肯定するということは、祈李に残酷な未来を受け入れろと言っているのと同じだった。
「でも、一人でやらせる気はねぇよ。だからおまえは何も心配すんな」
爆豪の赤い目が祈李をじっと見つめていた。
心配するなと言われて、じゃあ心配しないなんてなるわけがなかった。爆豪が生半可な気持ちで言ってるわけでもないと祈李は理解していたけれど、出久がこれまでとは規模の違う戦いに身を投じることになると、祈李はもう知ってしまっている。
今度こそその力を持つせいで出久が殺されるかもしれない。祈李はただ、その力を出久からなくしてほしかったのだ。爆豪だって祈李がしてほしいことを分かっているのに、それでも爆豪は出久がそれを持つことを肯定してしまって、もう祈李の願いが叶わないのだけが分かっていた。
祈李がどうしてもと願ったものほど、叶わない。何一つ、叶った試しがなかった。
「なんで勝己、私を置いて変わっちゃったの……?」
震える声で祈李は尋ねる。
変わってしまった。出久を認める爆豪なんて祈李の知っている爆豪じゃない。
何があっても出久を否定してくれると信じていたのに、爆豪はそうではなくなってしまっていた。それどころか、出久を助けたり、庇ったりして……祈李の知る爆豪はいなくなってしまった。
爆豪は酷く穏やかだった。祈李がどんなに取り乱しても、爆豪は冷静だった。
「てめーの弱さを受け入れた。それだけだ」
弱いって何、と祈李は思う。出久を否定することが弱さなのだろうか。じゃあずっと祈李は弱いままなのか。それならそれでいいと思う。弱くたっていい。出久が傷つくことを肯定するくらいなら、弱いままで構わない。
でもそれを他ならぬ爆豪に言われたということが……耐えられなかった。
「勝己ならわかってくれると思ってた。勝己だけは変わらないでいてくれると思ってた……全部私の勘違いじゃん……もうやだ……」
「祈李」
「裏切者っ! 勝己なんか大っ嫌いっ」
乱暴に扉を開けて、音を立てて閉めた。何でこんな風になるのかわからなかった。いつからこの結末に進んでいたのか分からない。
祈李はただ、自分だけの
(ヒーローなんか……大っ嫌い)
ヒーローみたいなことを言って欲しくなかった。勝って救けるとか、救けて勝つとかそんなの知らない。
じゃあ、祈李の傷ついてほしくないという気持ちは正しくないというのか。傷つくことを、戦うことを肯定してほしくなんてない。誰か≠ェこの世の平和を守って、自分たちが平和を享受できているのだとしても、その誰か≠ェ大切な人であってほしくないという気持ちは間違いなのだろうか。
祈李にはもう、何も分からなかった。