世界

祈李は引子と一緒に出久のいない雄英に避難していた。タルタロスを始めとした監獄が陥落し、外はダツゴクがうようよしていて危険だったからだ。それにこれから激しい戦いが予想された。高いセキュリティを誇る雄英が避難所として開放してくれたので、それに甘えることにしたのだ。


「祈李ちゃん、スマホ鳴ってるよ」
「うん……でも見たくない」

鳴り響く特徴的な着信音に気づいていないわけがないのに、一向に出る気配のない祈李に友だちが首を傾げた。それに祈李は首を振って着信を拒絶する。祈李の反応に友だちは苦笑した。

爆豪の病室を飛び出したあの日から、爆豪とは連絡を取っていない。取っていないというか、爆豪から連絡は来るのだが、祈李が見たくないとなかったことにしているのだった。
爆豪は時間が出来ると祈李のスマホに着信をかけていた。そうしてメッセージでは電話に出ろ、話がある、まだ終わってねぇといった通知が来ていた。あくまでも、メッセージではなく電話で話す気らしかった。大事なことだからそうしようとしているのは祈李とて分かっていたが、爆豪に裏切られたという気持ちから立ち直れていなかったのだった。
祈李の沈んだ顔に友だちは心配したような顔を向けた。


「……制裁、する?」
「そんな軽くすたば行くみたいな感じで言わないの。それやって怒られるのはあんただからね」
「それくらいいいよ。でも……結果どうなるかわかんないけど」
「間違いなく大怪我するし、事件になるからやめとこ……」
「……そっか」

その言葉で相手が誰なのかを友だちは確信した。
祈李から酷い裏切りにあったとだけ聞かされていたので、爆豪か出久かのどちらかだろうとは思っていたのだ。祈李は意外と接してみるとわかりやすかったので、友だちはすぐにこの二人が祈李にとって特別な何かなのは理解した。けれど、大怪我したり事件になるというのならそれは間違いなく爆豪だろうと思ったのだ。

今回の着信はしつこくて、ずっと音楽が鳴っていた。それにムカついて祈李が電源を落とそうとしたときにそれは切れ、代わりにメッセージが浮かんだ。


「……え?」

そこに浮かんだ文字に祈李は瞳を瞬かせた。
「バカ兄貴を連れ戻して来る」それだけ記された通知に祈李はしばし固まった。


「祈李ちゃん……?」
「…………なんでもない」

何でもないと言いながら、何でもなくはなかった。
外には出久がいる。今もずっと戦っている。一人で茨の道を歩む出久をもし、本当に連れ戻してくれるなら。少しだけ話くらいは聞いてやってもいいかもしれないと思う。
返事はしない。激励もしない。ただ祈李は祈る。――どうか、あの人がこれ以上傷つきませんようにと。










爆豪の連絡から間もなく、祈李たちは校長らの説明を受けた。自分たちの安全は保証されていること、それだけの防衛セキュリティが雄英には備わっているということ、だからどうか受け入れてくれと頭を下げる校長らがいうそれが誰なのか、祈李たちは分かっていた。
納得して、受け入れてくれた人たちもいた。でも、受け入れられなかった人もいた。そうして、本当に爆豪が、爆豪たちが出久を連れて帰って来てくれた時、それは起きた

祈李は出久の姿を窓越しに見てから誰より早く駆け出していた。
最後に会った時よりずっとボロボロになった出久の姿がそこにあった。祈李を見て驚く出久に何かを言おうとして、けれど祈李が声に出すより早く、不安の叫びが届いてしまった。


「その少年を雄英に入れるなーーーー!!」
「っ」
「噂されてる「死柄木が狙った少年」ってそいつだろ!!」
『ヘイヘイヘイ落ち着いて』

払拭できなかった不安の声がそのまま出久に向かっていった。
既にヒーローの信頼が地に落ちてしまった今、どんな説明をされたところで信じられなくなっているのだ。出久が死柄木に狙われていることも、ワン・フォー・オールのことも中途半端に伝わってしまって、出久を排除することで安心を得ようとしているのだ。
そんな中、ジーニストが進み出る。


「ジーニスト……!! 私たちはあなたの言葉を信じてここへ来た!!」
「ああ! 校長から説明があったように! ここは今最も安全な場所であり、あなた方の命を第一に考えている! 我々は先手を打つべく緑谷出久を囮に敵の居場所をつきとめる作戦を取った!」

囮と言う単語に祈李はドクリと心臓が脈を打つのを感じた。
何もおかしなことではない。狙われているのは出久なのだから、出久がいる場所に来るに決まってる。だから、出久を起点にプロヒーローたちは迎え撃とうとしただけだ。何も、おかしくない。


「緑谷出久は敵の狙いであると同時にこちらの最高戦力の一角! これ以上の摩耗は致命的な損失になる!」

何言ってるのと祈李は思う。ジーニストは何を言っているんだろう。
最高戦力ってなに、損失ってなに。出久はまだ高校一年生で、約一年前まで無個性のビビリだったのに。まだ、こんな最前線で戦うような、そんな立場じゃないはずなのに。


「確かに最善ではない!! 次善に他ならない! 不安因子を快く思わない事は承知の上で、この最も安全な場所で彼を休ませてほしい! いつでも戦えるように、彼には万全でいてもらわねばならないのです!」

なにそれ、と祈李は小さく呟く。
分からない事ばかり言う。出久が最も安全な場所ここで休むのが最善じゃなくて、次善で。
出久が不安因子で、それでもいつでも戦えるように出久に準備をさせる。むしろ、戦うための準備で、休息だった。
意味が分からない。戦うことが当たり前なのか。オール・フォー・ワンの責任だか何だか知らないけど、出久は戦わなくちゃいけないのか。今までと訳が違う、プロヒーローたちが惨敗した敵相手に出久が最前線で戦う事を求められているのが、祈李は理解できなかった。


「ふざけるな! それでヒーローのつもりなのか!! 勘弁してくれ!! 俺たちはただ――」
「ああ、もうっ……うっさいなぁ……!!!」

祈李の怒号が響き渡る。一人の少女から出た叫びに周囲は一瞬怯んだ。
友だちが、引子が、出久が呆気に取られて祈李の名を小さく呼ぶ。
ただただ、祈李の中には怒りが渦巻いていた。みんな、全部うるさくて仕方ない。もう全部黙ってろ。

これは世界へ向けた怒りだ。祈李はずっと、兄が死んだあの日から喧嘩をしている。その相手とは紛れもなく世界≠サのものだったのだと、祈李はこの時初めて理解した。


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