ロマンチックには程遠く

小学、中学と上がっていくにつれ、かっちゃんこと爆豪と出久の関係は悪化の一途を辿った。
それと同時に、祈李と出久の関係も同様だった。祈李はお兄ちゃん子の影もなく、愚直にヒーローを目指す兄と、それを心配しつつ、個性を授けて生んでやれなかったことを悔いる母に対し、冷めた目を向けていた。

祈李は無個性ながら、生まれながらのお姫様だった。
整いすぎた顔立ちと、その強気でわがままな性格から、祈李はお姫様のように扱われた。女子は友だちというより取り巻きというのが正しかったし、男子は祈李にいい顔がしたい者たちばかりだった。可愛いって無敵だ。個性がなくたって、祈李の人生はイージーモードだった。
そんなイージーモード人生に、またしてもイージーモードな転機が訪れた。


「祈李、俺と付き合え」

告白された。一つ上の爆豪に。祈李が入学してそれなりに経った頃だった。
けれど告白にしては不服そうな顔をしているし、間違っても爆豪は自分のことをそういう意味で好いているわけではないと祈李も理解していた。だから小首を傾げて、祈李は問う。


「……なんかの罰ゲーム?」

それしか考えられなかった。爆豪は素行があまりよろしくない。みみっちいので内申を気にして煙草や軽犯罪はやらかさないが、つるんでいる取り巻きも素行不良であったし、割と人を見下している。
正直罰ゲームで噓告してこいよとなっていてもおかしくなかった。それに爆豪は首を振る。


「ちげぇ……彼女がいるンだよ」

彼女が欲しい、ではなくて彼女がいる。その言葉の違いにはっはーん、と祈李はある程度を察した。


「何? まぁた見栄張ったの?」
「見栄じゃねェわ!」
「いや見栄でしょ。てかなんで私? 勝己の大っ嫌いなデクの妹だけど?」

これは最大の疑問だった。爆豪はそれはそれはもう出久のことを嫌っている。世界で一番嫌いな奴と聞かれても即答するだろうレベルで嫌っている。むしろ手酷く虐めていて、嫌っているどころの話ではなかった。
爆豪はそれはもう不服そうに、どこか悔しそうに口を開いた。


「…………おめぇの……」
「なに?」
「おめぇの面以上の女がいねぇんだわ!!」
「そんな女この世に存在するわけないじゃん。いもしない奴探すとかバカなの?」

今度は鼻で笑った。祈李以上の美貌を持つ者などいないだろうと祈李は確信している。それほどまでに祈李は可愛い。爆豪もこれは認めざるを得ないが、爆豪から言わせてみれば面にステ極振りして、他がゴミカスみてェな奴だけれども。
祈李バカにバカにされ、爆豪はキレていた。


「誰がバカだ!! おめぇの100倍頭いいわ!」
「ムッ……何よ、雄英A判定受けたくらいで……」
「十分すげぇだろうが。ヒーロー科だぞ。未来の高額納税者様だわ。ま? おまえはバカ高くらいしか行けねぇだろうけど?」
「……フンッ、別にぃ? 私は? 顔で十分稼げるので? 誰かさんも私の顔だけは認めざる得ないもんねぇ??」

売り言葉に買い言葉だった。とてもじゃないが付き合う付き合わないの話をしている男女の会話ではない。
爆豪の言う通り、爆豪の将来設計はばっちりで、雄英に入るのは確実と思われていたし、祈李も祈李で運動も勉強もイマイチだが、顔のおかげで稼げる自信しかなかった。ちょっと顔出しすればユーチューバーだの投げ銭だので十分贅沢が出来る面であった。約束された勝利の美貌というやつである。


「……ちっ、んでどーすんだよ、付き合うんか、付き合わんのか。はっきりしろや」
「それって拒否権は?」
「ねえ」
「聞く意味ないじゃん」

最初からイエスしか返事が許されていない。正直爆豪が相手だと祈李もどうしようもない。爆豪はこの学校の中で、唯一祈李の思い通りにいかない人物だった。爆豪の方が祈李より上なのだ。
祈李は少し考える素振りをして、爆豪と付き合う利点を考える。
正直異性に興味はある。恋愛もそう。甘酸っぱいなにかはないだろうけれど、真似事でもできるなら十分だ。祈李に相応しい彼氏といえば、逆に言うと確かに爆豪くらいでもあった。それに何より、爆豪と付き合ったと知った出久がどんな反応をするのか、それが楽しみだった。


「……んー。ま、いーよ。私も異性に興味あるし。色々知りたいお年頃だし?」
「おめぇはクソデク発狂させてぇだけだろ」
「バレた? いーじゃん。勝己と付き合ったって知ったあいつが、どんな顔するか……今から楽しみじゃん?」
「ハッ……悪い妹だなァ」
「オニーチャンいじめてる勝己に言われたくないかなぁ」

そんなことを言いながら付き合うことに合意する。3つの時、祈李の中で兄が死んでから、ちょくちょく爆豪邸に顔を出していた――光己に会いにである――祈李は、自然爆豪とも接する機会が多くなった。粗暴な言動に対し、繊細な気質だった爆豪は祈李の変化を敏感に感じ取っていた。
何も言いたがらない祈李に対し、現状祈李を最も理解していたのは爆豪だった。
だからこれは間違いではないと祈李は思う。彼氏選びも、恋愛ごっこをするのも。出久に当てつけたいのも。全部全部間違いじゃない。だってそれがわがまま姫緑谷祈李だから。











晴れて付き合うことになったのだし、送ってというと爆豪は心底面倒くさそうな顔をしたが、出久の滑稽な顔が見れると思うとそれもいいかと合意してくれた。
そうして家の前で出久が近くにいるのを見計らって、「送ってくれてありがとう」とこれ見よがしにハグをして、ちゅっと軽く頬に口付けたのには流石に「おい」と苦言が呈された――割と潔癖なところがあるのだ――が、その効果は絶大だった。

真っ赤になって叫び声をあげる出久に、爆豪はうるせぇとばかりに嫌な顔をしたが、それと同時に勝ち誇った顔をして「じゃあな」と祈李の頭を軽く叩いて帰っていった。
祈李は固まった出久をそのままに、家の中に入ると出久も慌てて中に入って来て、どういうことかと聞かれたから「付き合った」とだけ答えた。


「ええええ!? かっちゃんと付き合ったぁああ!?」
「うるさい」
「ごめん! でもほんと!? ほんとにかっちゃんと!?」
「そうだって言ってる」
「なんでまた……いや、確かに昔から交流は多かったけどさ……」

ぴくっと手が反応した。交流が多くなったのはあの3つの時に起きた事件――祈李にとっては事件だ――がきっかけである。あれがなければ今ほど光己たちと交流はなかっただろうし、爆豪に対する気持ちもお兄ちゃんを虐める嫌な奴と逆に敵対心を抱いていただろう。全てはあの日に変わってしまったのだ。


「祈李」
「なに」
「大丈夫なんだよね? 何か脅されて付き合ってるとかじゃ――」
「勝己、信用なさ過ぎてウケる。別にそんなんじゃないから」
「じゃあ、好き……なの?」
「……分かり切ったこと聞かないでくれる?」
「ご、ごめん。そうだよね……答え何て決まってるよね……」

本当に、出久は祈李のことを何も理解していない。
爆豪と祈李の間に好きとか恋とかそういう感情はない。あるのは思春期故の異性への興味と、見栄だけだ。なのにこのクソナードときたら、当たり前に恋だの愛だのを信じている。だからクソナードなんでしょと祈李は蔑んだ目を向けていた。













付き合ったからにはと、それらしく祈李は度々彼氏の部屋を訪れていた。光己にはとっくに付き合ったことは話している。光己も二人の間にそういう恋や愛が芽生えたとは思っていなかったが、学生の付き合いである。とやかくいうことはなかった。ただ一つ「祈李ちゃん、ほんとにこの子でいいの? 祈李ちゃんくらい可愛かったらもっといい男釣れるわよ」と一言物申しただけだった。爆豪はキレた。祈李は「勝己がいい」とだけ口にした。
その返答は爆豪的にも、光己的にも予想外だったが、祈李がそういうからには爆豪でいいのだろうと、光己も「振られないように頑張んなさいよ」と息子を激励した。「余計なお世話だわ!」と爆豪は吠えた。


「勝己、かまって」
「あ?」

そうして部屋で漫画を読みながらゴロゴロしていると、祈李がかまってと顔を覗かせた。
なんだかマジの彼カノのようなことを言い出している。それにげんなりしつつ、なんだよと尋ねた。


「かまえって……具体的に何すんだよ」
「こういうのしてみたい」
「おまそれ……少女漫画じゃねェか!! ざけんな!!」
「いいじゃない! これくらいしてくれたって!!」
「イチイチセリフがくせぇんだよ!!」

誰がやるか! と爆豪が断固拒否の姿勢を取ると、祈李は「別にセリフなんてなくてもいいんだけど!? なんでそんな変なとこ完璧主義なのよ!!」と負けじと言い返していた。
ちなみに祈李が指定したのは座ったまま後ろから抱きしめるといった構図だった。


「これなら顔見えないし、漫画も読めるでしょ!」
「変に計算しやがって……必死か!」
「だって興味あるんだもん! 私たち付き合ってるんだから、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない!」

異性に興味があるというだけあって、祈李は積極的だった。これで爆豪のことが少しは好きとかならいじらしさも多少は感じられたが、まったくそういうことはなかった。本当に異性の興味だけで積極的に動く祈李に、爆豪は若干辟易とした。だがしかし、付き合っている以上、祈李が現状こういうことができるのが自分しかいないのも理解しているため、しょうがねぇなと付き合ってやることにした。


「ほら、これでいいだろ。座れ」
「さすが勝己! 話が分かる!」
「いいからはよしろ!」
「はーい」

ぽすっと足の間に座った祈李に腕を回す。人一人が腕に収まっているため、漫画が見辛くていらっとした。反対に祈李はご機嫌で爆豪の胸に頭を容赦なく寄せていた。


「おい。重いだろうが」
「なによぅ、羽のように軽い私一人分の体重も支えられないの? そんなんでヒーローなれるわけ?」
「なれるわ! つか自分で羽のように軽いとか言ってんじゃねぇぞ! 羽より確実に重いからな!」
「比喩だってば! もーほんと勝己は乙女心が分かってないんだから!」
「そんなん分からんでも困んねぇわ」
「そんなんじゃ本当に好きな人が出来た時困るの勝己だからね。私、相談なんか乗ってあげないから」

「そりゃ結構。余計なお世話だわ」という爆豪だったが、当たり前だがこの関係がこれから先も長く続くはずがないということを、祈李が理解していることに驚いた。けれど同時にそうかもなとも納得する。
出久に何かを諦めてからの祈李は他人に何かを期待することがなくなった。それは母親に対してもそうで、祈李と上手くコミュニケーションが取れないことについて、光己に相談しているのを度々聞いたほどだ。
祈李が現状一番心を許しているのはおそらく光己で、けれどそれは光己が祈李の事情に土足で踏み込まないことが前提のようにも感じられた。
いつか終わる関係。祈李の中ではそれが何にしても大前提で、だからこそ積極的であれるのかもしれないとも思う。特別がいないから、いつか終わるから、興味だけで動いてしまう。


「おまえ……めんどくせぇよな」
「ちょっと! いきなり悪口言わないで! てか勝己も大概だから!」
「ああ゛? 俺のどこがめんどくさいって?」
「そういうとこ! ほんとみみっち――ふぎゃっ」
「おまえの後ろに俺がいるってこと失念しすぎだろ。生意気な祈李チャンにはお仕置きしねぇとなァ」
「ふぁにゃふぃて……!!」
「やーなこった」

容赦なく後ろから片手で両頬をムニムニと弄る。どんな顔になってるかちらっと見ると、それすら可愛くていらっとした。本当に顔だけは認めざるを得ない。
だが中身はただのクソブラコン拗らせたわがまま女である。神は二物を与えないとはこのことらしい。精々賢くなれよとばかりに、祈李の残念な頭を撫でるのだった。


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