泣かせたのは誰なのか

爆豪と祈李の付き合い自体は意外と順調だった。クリスマスを無事に終え、そんなこんなでバレンタインも、ホワイトデーもそれなりに過ごし、爆豪は受験生になっていた。そろそろ進路も決まる頃で、進路調査が行われた日、それはもう最悪に爆豪の機嫌は悪かった。


「どうしたの勝己。すごくご機嫌斜めじゃない」
「おまえんとこのクソナードのせいだわ!」
「何? あの人またなんかしたの」
「あいつも雄英志望だってよ。それもヒーロー科! 無個性の雑魚が受かるわけがねぇ! なのに! 「やってみなきゃわかんない」だとよ! 分かり切ってるわ!!」

祈李は僅かに目を見開いた。雄英といえば天下のオールマイトをはじめ、数多くのトップヒーローを輩出したヒーローの登竜門。その偏差値は79にも上る。
爆豪は模試でとっくにA判定が出ているし、問題ないとして……出久も勉強は出来るが、それ以前の問題、無個性だった。無個性のヒーローなんて聞いたことがない。出来るわけがなかった。


「あの人……まだそんなくだらない夢見てるんだ。バッカみたい」
「……おうおう、祈李チャンまでご機嫌ななめかァ。おまえはまだいいよな。無個性だがちゃあんと弁えてやがる」
「何それ。無個性でも、一番可愛い≠チて個性を持ってるでしょ」
「おまえ、自己肯定感だけはほんと一丁前だよな」

ふざけた様子もなく、本気で祈李はそう思っているようで爆豪は少々呆れた。でも、爆豪だって祈李の顔の良さだけは認めざるを得ないから、そういう個性だと言われても納得しそうだった。実際はただの持って生まれた顔である。爆豪は出久の件で自分と同じくらい気分を害した風の祈李に満足し、祈李の唇を軽く撫でた――少女漫画のあれがしたいこれがしたいで、不本意ながらそういった動作が板につきかけているのだ。本当に不本意だった――。


「おまえはその顔に産んでもらったことおばさんに感謝しろよ」
「またそれ? これは私の実力よ」
「多少は遺伝もあんだろ」
「それ言ったらなんであのクソナードは不細工なの」
「そりゃおめェ、あいつが自分の分もおまえにやったんじゃねぇの。代わりにおまえの分も善性は吸ったみてぇだけど」
「なんかムカツク!! 私が可愛いのは世の理なんだからもうそれでいいでしょ! 難しいこと話さないで!」
「祈李チャンは頭が弱ェもんなァ」

バカにしないで! と怒る祈李をよしよしと雑に頭を叩いて宥める。
けれどからかわれた祈李は腹の虫がおさまらず「もういいっ」と爆豪を振り払って教室に戻ってしまった。祈李をからかったことで大分溜飲は下がったが、帰りに多少なりとも機嫌を取らなければならないことを思うと、やっちまったな、と舌打ちがでた。

それからまた時間が経つとイライラと出久のことを思い出し、取り巻きたちと帰っていると――爆豪は、ヘドロの敵に襲われた。











爆豪が敵に襲われたというのは大きく取り上げられていた。
祈李がそのことを知ったのは何もかもが終わった後だったけれど、ニュースで中学生の男の子が敵にたった一人で長時間抵抗し続けたこと、そしてそれを救けようとプロが動けない中、飛び込んだ少年がいたこと。
その少年が誰かなんてわからなかったけれど、爆豪が襲われたのは分かっていて、祈李は思わず爆豪の家に走り出した。


「勝己……!」
「あ゛? 祈李……」
「勝己……!!」

祈李は爆豪の無事な姿を確認すると、そのまま突進するように抱き着いた。鍛えている爆豪はびくともしなかったけれど、爆豪は機嫌が悪いのか、さっさと祈李を突き放した。


「……あのクソみてぇな報道見てきたんか」
「そうだけど……」
「今、おまえの顔見たくねぇ。帰れ」
「え」

それは明確な拒絶だった。祈李の顔を見たくないという爆豪の顔は、まるで出久を見る目だった。自分と出久を重ねられるのも、明確に拒絶されるのも祈李は初めてで、言葉に詰まった。


「な、なん――」
「聞こえなかったか、帰れって言っとンだ!」
「なんでよ! 理由くらい教えてよ! なんでそんな顔で私を見るの! 私はあの人じゃない!」
「うっせェ!」

怒気を含んだその声に、思わず怯む。爆豪は確かに今までだって怒鳴ることはたくさんあったけれど、こんな風に祈李を拒絶することはなかった。どんなに出久に腹が立っても、祈李とは別の人間としてちゃんと見ていたはずなのに。今の爆豪は祈李を通して出久を見ていた。


「兄妹そろって俺の心配かよ……」
「え……?」
「俺は大丈夫なんだよ。おまえらに心配されるこたァ一つもねェんだ! 無個性の雑魚共に俺が心配されることは一つもっ、一つもねェ……!!」

そんなの、祈李は痛いほどわかっている。無個性と個性がある人間との力の差。それを祈李はよく理解している。それと同時に、飛び出した少年が誰なのか今ので分かってしまった。出久だったのだ。爆豪を救けようと飛び出したあの少年は……出久だったのだ。
祈李は二重の意味で心がずたずたにされた気分になった。


「勝己のばかっ! 心配くらいさせてよ! 私一応彼女だもんっ!」
「……それも中学までだ。いいか、この際だからはっきり言っとくぞ。俺とおまえの付き合いは、俺が雄英にあがれば終わるもんだ。そのつもりでいろ」
「そんなの最初からわかってる! 私の方が勝己よりずっと、現実見てる!」
「……」

爆豪だってそんなことは分かっていた。祈李の方がいつだって別れを前提に置いていた。長く続かないと高をくくって、プレゼントだってそう長持ちしそうにもないものを寄こすくらいだったから。
今の宣言は祈李を傷つけようと武器として用いた、卑怯な言い方だった。


「バカ勝己! 私とあの人を一緒に見ないでよ! 私はあの人じゃない……!!」
「……祈李」
「バーカ! 謝るまで口きいてあげないんだから!!」

そう言って祈李が踵を返して走って帰っていく。爆豪はその後ろ姿が消えてからも、そこからしばらく動けなかった。「クソッ」と口から出る。わかっている。今の自分は、最高にかっこ悪かったということくらい。













「た、ただいまー!」

妙に浮足だったような声で出久が帰ってきた。祈李は玄関の隅っこで蹲っていて、それに気づいた出久が心配したように声をかけた。


「祈李!? どうしたの!? どっか痛いの!? びょ、病院行く!?」
「うっ……ううっ……」
「泣くほど痛い!? きゅ、救急車呼ぼうか!?」
「ううっ……ばかああああああ!!」
「うわっ!!?」

慌てる出久に耐えかねたように、祈李は泣きながら出久を押し倒して、ひたすら「バカ! バカ! バカぁあああ!」と出久を殴りつけた。鍛えてもいない、細い腕のそれでは大した威力にはならなかったけれど、祈李はボロボロ泣きながら、出久をひたすら殴りつけた。

それに出久は最初こそ混乱していたが、ニュースになっていることを思い出し、祈李と爆豪との間に何かあったのだと察した。そしてそれには自分が絡んでいるのも理解してしまった。
出久は何で、自分の妹と爆豪が付き合ったのか分からなかった。それほどまでに爆豪は出久を嫌っていたから。でも、自分の存在なんて気にならないくらい、爆豪は祈李のことが好きなんだろうと思った。思って、たのに――。


「ごめん、ごめんね祈李……ごめんね」
「うっさい謝んな! 謝るくらいなら改善しろ!!」
「うん、ごめん……ごめんね……」

――恨むぞ、かっちゃん。

祈李を通して自分を見られる。それは出久にとっても辛いことだった。
次の日、出久は爆豪に啖呵をきる。大事な妹のために、妹を泣かせた爆豪が……初めて心の底から、許せなかった。


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