少女漫画のようにはいかない

「かっちゃん! 祈李のことなんだけど……!」

ヘドロ事件の翌日、爆豪は緑谷に話しかけられた。
機嫌悪く振り返ると、出久はビビリつつも、真っ直ぐ爆豪を見てきた。そこにはお兄ちゃん≠フ顔があって、爆豪は胸糞悪くなった。


「祈李、泣いてたよ」
「だから何だよ」
「かっ、かっちゃんが泣かせたんだろ……!」
「あいつがそう言ったんか?」
「それは……」

言葉に詰まる緑谷に、だろうなと爆豪は思った。祈李は泣いて出久に縋る性格ではない。あっても盛大に当たり散らすくらいだが、実際当たり散らしたのだろう。けれどその涙は自分が泣かせたものなのか、爆豪は違うだろうなと思っていた。


「それでもっ、状況から見て間違いないだろ……! かっちゃん、祈李は僕じゃない。祈李は祈李だよ。君の彼女の祈李のはずだ……!」
「……何当たり前のこと言ってやがる」
「僕が余計なことをしたのは謝るよ。実際僕は何もできなかった。でも僕と祈李は別の――」
「あ゛ーもうクソうぜぇなぁ!!」

グダグダグダグダと、爆豪は苛立ってしょうがなかった。
確かに自分は祈李が心配してきた姿に、出久を重ねた。兄妹で、無個性だから。祈李も自分を心配したのだと思うとムカついてしょうがなかった。けれど他ならぬ祈李が自分は彼女だと言ったから、その心配が別のものだと気づいた。
爆豪は出久に言われなくたって、とっくに理解していたのだ。


「そんなこたァ分かってんだよ! 祈李は祈李で、クソナードはクソナードだ! それ以上でもそれ以下でもねェ!」
「かっちゃん……」
「おまえに言われるようなことなんざ何一つねェんだよ! 俺と祈李の間に割って入ってくんじゃねェ!!」
「……かっちゃん……そっか」

散れ、と掌を爆破して背を向ける。おまえが言えた口かよと心中でごちた。
祈李を泣かせたのは自分ではないと、爆豪は自信を持って言える。祈李が泣くほど心配するのは――いつだってクソナードだけだ。










祈李は本当に爆豪が謝ってくるまで口をきかないつもりだった。
だって祈李は悪くないはずだから。いくら恋だの愛だのがない関係でも、敵に襲われた彼氏の心配をすることが悪い事だなんて思わなかった。けれど――


「祈李の彼氏ほんとすごいよね!」
「それそれ! とんでもないタフネスだってプロも絶賛してたし! 爆豪先輩将来安泰すぎない?」
「このままいけば祈李、未来のトップヒーローの奥さんじゃんね!」
「マジセレブじゃん!」

学校に来たら取り巻きたちは爆豪の賞賛ばかりしていた。心配なんてする人間はおらず、むしろさすが爆豪とばかりに株が上がっていた。
それに祈李は自分が変なのかと思う。自分だけが爆豪の心配をしている。他に心配をしたのは出久くらいで、出久も祈李も無個性で。無個性なのに強個性持ちの爆豪を心配して。個性持ちほど爆豪を賞賛する。
祈李は何だかよくわからなくなった。持たざる者だからこそ、個性を恐れ、個性を侮っているのだろうか。


「祈李ー! 爆豪先輩来たよー!」
「え」
「うっそ今まで教室来ることなかったくない!? え、事件を経て愛深まった系?」
「襲われる中でとっさに頭に浮かんだのは可愛い彼女だったとか? やばドラマじゃん」

好き勝手言う取り巻きたちを無視して、祈李は爆豪の方に急いで向かった。
取り巻きたちが言うようなことは億が一にもない。自分たちの間に愛だの恋だのはないし、爆豪が雄英に上がれば終わる関係だった。
そして爆豪が昨日の今日で、祈李に会いに来るとも思ってなかった。


「ちょっと面かせ」

それだけ言って、爆豪は廊下を歩く。祈李はそれを戸惑いつつも、黙ってついて行くのだった。










人気のない場所まで連れてこられると、爆豪は止まって祈李の方を振り返った。
祈李は思わずたじろぐが、爆豪はそれに気にした風もなく、いつものようにふにっと唇に手を伸ばした。ふにふにと触られるそれに、困惑していると爆豪は口を開いた。


「……おまえはおまえだ」
「え……」
「重ねて悪かった。おまえの心配は……しょうがねぇから受け取ってやる。彼女だからな」
「勝己……」

ゆっくり爆豪の顔が近づいて、そっと唇が重なった。仲直りのキス。少女漫画にあったそれを見せた時「こんなんで仲直りとかバッカじゃねェの」と鼻で笑っていたのに、ちゃんとしてくれた。
いつもそうだと思う。祈李のことなんてそういう意味で好きじゃないくせに、祈李のこうしてほしいをなんだかんだ叶えてくれる。
だから祈李も少しだけ素直になった。


「私も……怒ってごめん」
「おー。珍しく素直だな」
「仲直りのキスの後は、お互いごめんなさいをするのよ。読んだでしょ」
「読んだっつーか、見たっつーか。まぁ、そうだったな」

爆豪を心配できるのは今だけだと祈李はわかっている。彼女だから許された。だから、彼女じゃなくなったら、もう祈李は爆豪を心配する資格なんてないのだ。
きっと爆豪はヒーローになって、自分とは別の世界を進んでいく。接点なんて爆豪家くらいになって、個人的に話すことはほとんどなくなるだろう。それまでの、今だけの特権だった。


「こんなに素直な私が見れるのも今だけよ。だから、精々私を大事にしてね」
「……本当、おまえはめんどくせぇ女だな」

今だけの関係だ。お互い分かっていた。春になって、爆豪が卒業したらこの関係は終わる。期限付きの恋人。それが二人の関係だった。














今年のクリスマスプレゼントは、祈李は昨年と同じようにタオルを選んだ。黒地に今度は緑のラインの入ったそれは、祈李がもらったクローバーのネックレスと同じ色だった。これもいつか捨てられるものだ。消耗品だからそんなに長持ちもしないだろう。
爆豪からはブレスレットをもらった。昨年のように光己に言われたことを思い出して贈ったのかもしれない。ただ、ブレスレットに赤いストーンが使われていたから、少しだけ驚いた。


「これ、独占欲? 所有欲?」
「また少女漫画の受け売りか? 特に意味はねぇよ」
「そう」
「そういうおまえは? これ緑だけどよ」
「それはクローバーと合わせただけ。雄英でも一番になるんでしょ? 叶いますようにっておまじない」
「そんなんなくても俺が一番だけどな」

むぅ、かわいくないと思っていると、爆豪が徐に祈李を抱き寄せた。珍しいそれに「何」と見上げると「別に」と返ってくる。そしてそのまま食べられるみたいにキスをされて、そのままそういうことをした。
何かがいつもと違った気がした。予感があった。ああ、これで終わりなんだと。そういう予感が。

実際、二人がそういうことをするのはこれが最後になる。卒業まで付き合ったままだったけれど、そういうことはこの日を境にぱたりとなくなった。


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