変わらぬ信頼

ヘドロ事件の後から、出久がなにやらコソコソしていたのを祈李は知っていた。朝早くに起きて、遅くに帰って来ていた。ひどく疲れているのも、食べるご飯の量が増えたことも。祈李は無個性の時点で受かるはずがないのに、無駄な足掻きをしているのだと冷めた目で見ていた。
それはクリスマスが来て、バレンタインが来てからも変わらず、とうとう受験の日になっても変わらなかった。受かるはずがない。そう、思っていたのに――。


「合格……?」
「うん! 救助活動レスキューPってのがあってね! それで合格できたんだ!」
「レスキュー? 誰か、救けたってこと……?」
「救けたっていうか……僕もその人に救けられたんだけどね。良い人だったよ……!」

祈李は絶句した。無個性の出久が受かったのもそうだが、受かった理由が救助活動だというのも。救けて、救けられたということは、出久はその人を救けるために危険な目に遭い、その人にも救けられたのだという。じゃあ、その人が救けなかったら、出久は。
そもそも、その人を救けたりしなければ危険な目に遭う事にも――。


「……ぇ……ねぇ……ねぇ、祈李!」
「な、何」
「大丈夫? ぼーっとしてたよ」
「平気」
「僕も実感がわかなくてさ。雄英に……僕もオールマイトと同じヒーロー科に入学できるんだって思うと……! 僕も、困っている人を笑顔で救ける……そんなヒーローになるんだ!」

やめてと叫びたいのを飲み込んだ。「あっそ」とだけ言って急いで部屋に戻る。聞きたくなかった。何故か出久は受かってしまった。無個性なのに。無個性なのに、受かってしまった。
祈李は縋るような気持ちで爆豪に連絡を取った。すぐ、今すぐ、救けてほしかった。









「いきなり呼び出してどうしたよ」
「勝己……」
「……部屋行くぞ」

爆豪が来たことに気づいた引子が挨拶してきて、爆豪も軽く返す。部屋に行く二人――詳しくは祈李――の姿を何か言いたげな瞳で見てきたが、何も言わないままだった。爆豪はそれに変わってねぇなと思う。引子も心配事が多く、ストレスを多くため込んでしまっているし、祈李も相変わらず心を開く様子がなかった。
そうして部屋に入った途端、震えながら抱き着いてきた祈李に、爆豪は出久絡みで何かよくないことが起きたのを察した。


「あ、あいつが……」
「おう」
「雄英……受かった……」
「……は?」

嗚咽を零して泣く祈李に、爆豪は一瞬何を言われたのかわからなかった。てっきりあの雄英の入試で大怪我したとか、あまりの恐怖で精神に異常をきたしたとかの類を疑っていただけに、完全に想定外だった。
どういうことだと祈李の肩を乱暴に掴む。「痛い」と言われたが構いやしなかった。


「あいつは無個性のはずだろ! 試験はロボを撃破する実技だった! 無個性がどうあがいたってP稼げねぇぞ!?」
「わ、かんないわよそんなこと……! レスキューPがなんとかって言ってた。誰かを救けたって!」
「レスキューP……あれかっ」

同じく投影された合格通知に、その旨を話された記憶があった。爆豪の場合はレスキューP0で撃破Pのみで1番をとったことに対する賞賛だったが、その存在は知らされていた。
だが、と思う。無個性でレスキューPを稼ぐにしたって、限度がある。とてもじゃないが、雄英高校ヒーロー科の椅子を奪えるPを稼げるとは思えなかった。


「何か仕掛けがあんな……クソデクのくせにっ、舐めた真似しやがって……!」
「合格、取り消せないの……?」
「証拠掴まねぇと無理だろ。てか、雄英もバカじゃねぇ……すぐ掴めるようなもんなら、合格通知なんて出してねぇはずだ」
「……じゃあ、あの人雄英行くの?」
「……クソ腹立つがそういうこったな」

わっと再び泣き出した祈李にため息を吐いた。相変わらずクソブラコンにもほどがある。爆豪からしてみれば祈李は分かりやすかったが、引子も出久も全く気付いた風はなかった。鈍いにもほどがあると再びため息が出そうなのを飲み込んで、祈李の頭を雑に撫でた。わざと髪をぐちゃぐちゃにしてやると、嫌がるように手を振り払われた。


「祈李」
「やだっ、ひっく、勝己なんとかしてよぉ……」
「何とかできんならやっとるわ」
「なんとかして……!」
「わーったから落ち着け」

泣きながらガタガタと震える祈李の肩を抱いてやった。本当にため息が出る。ムカツクことに、以前祈李のことで啖呵を切りにきた出久の姿が浮かんだ。
どの口が言ってんだといつも思う。祈李をこんなに泣かせるのは、こんなに怖がらせるのはいつだってムカツククソナードだけだった。
一言、「祈李が泣いてたぞ」と言えば済むならそうしている。けれど、緑谷出久がそれで止まる人間じゃないというのを一番理解しているのも爆豪だった。祈李もそれが分かっているから絶対に引子にも、出久にも言わないのだ。少しだけこのめんどくさい女が不憫で、爆豪は何ともなしに「うち、泊まるか」と誘うのだった。











そうして時は流れ、ホワイトデーが終わって、その後すぐ爆豪たちは卒業した。
卒業して、雄英に入学する前日に祈李と爆豪は別れた。最後にキスをしたのはなぜだったのか、わからない。ただこれが最後だと思うと、桜が舞う中でどちらともなく近づいて、そのままキスをした。


「雄英でも頑張ってね。1番になるんでしょ」
「おまえに言われなくてもそのつもりだわ。おまえも変な男に捕まんなよ」
「勝己こそ、私より可愛い女の子はいないだろうけど、可愛くないって思っても言っちゃダメだからね。私と比べるのは可哀想」
「相変わらずおまえは性格ゴミカスだな」
「本当のことを言っただけでしょ」

自己肯定感だけは一丁前だった。爆豪はやや呆れ気味に「勉強も頑張れよ」というと、祈李は嫌そうな顔をした。あまりに勉強ができないから、見かねた爆豪が家で見ていたりしたのだが、爆豪と別れた今祈李のせっかく上がった学力が下がるのは必至だった。
出久はなかなかに勉強ができたタイプだったので、祈李は頭の良さも出久に吸われたらしい。いよいよ長所と言えば本当に顔だけになってしまう。爆豪は「変な男に引っかかんなよ」と念押しして、そのまま別れた。

お互いの気持ちには終ぞ愛だの恋だのは芽生えなかったけれど、それでも絆のようなものは確かにあった。
爆豪は変わらない。変わらずに出久を嫌いでい続けてくれる。それが祈李にとっての救いだった。


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