これが日常

祈李が願っていたように、出久の入学が取り消されることもなく、無事に出久は雄英に入学を果たした。
出久は突然変異的なあれで、医学的にもあり得ないことではないとかなんとか言って、個性が発現したと言った。父にも、母にも似ていない個性。超パワーを繰り出す個性が、出久に発現していた。


「祈李……あの、僕は……」

まるで祈李に悪いと思っているような出久の態度に祈李は呆れた目を向けた。
ため息を一つ吐いて、真っ直ぐな目で出久を見る。


「私は、無個性を気にしたことは一度もない。私は無個性だけど誰より可愛い≠ゥら。無個性だけど、無個性じゃない。無個性でも私は誰より価値がある。それが分かってるから、私に個性のことで気を遣ってるなら、それいらないから。勝手に私を哀れまないで。気にしてたのはあんたでしょ。私じゃない」
「う、うん……その通りだね……ごめん」

縮こまる出久から顔を背けた。祈李は生まれてから一度も無個性を嘆いたことはなかった。発覚したその時ですら、兄とおそろいだと言って喜んだほどだ。それは祈李の中で兄が死んでからも、自己肯定という一点において、憎まずに、自分の一部として受け入れて生きている。
天は二物を与えず。祈李はすでに誰より優れた容姿を与えられた。だから、個性がないことは些事でしかないのだ。
無個性を気にしているのは祈李ではなくて、出久だった。


「まぁ……えっと、これ。入学祝! 早とちりかもしれないけど……」
「ジャンプスーツ!?」
「このままじゃ様になんないんだけどね。勉強中、寝落ちしてた時。出久のノート*レに入っちゃってさ」
「えーー!!」

空気を変えようと引子が持ってきた緑色のジャンプスーツに、祈李は少し引いた。
正直出久のセンスはないなと常々思っているし、母のセンスも信用ならない。ダサいことになりそうで祈李は微妙な気持ちだった。
それから引子が何かを後悔するように心情を吐露した。


「お母さんね……酷い事を言ってしまったって……ずっと引っ掛かってたの。あの時・・・……私は諦めちゃった……なのに出久は諦めないで、夢を追い続けてたんだよね。ごめんね出久。これからは手放し全力で応援するからね!!!」

目の前で繰り広げられる美しい母息子愛に、祈李は吐き気がした。
何もわかってない。母は、出久は、何もわかってない。個性を得たとか、もう無個性じゃないとか。そんなの意味わからない。たとえそうだとして、無個性が個性のスタートラインに立ったとして、それが何になるというのだろう。いきなり個性を与えられて使いこなせるだろうか。そもそも、ヒーローになるということは、見知らぬ他人のために命張ってボロボロになって、命を削るということなのに。

――何も、わかってない。

吐き気がする。眩暈がする。ヒーローなんて、大っ嫌いだ。








そして案の定、出久は入学二日目にして大怪我をして帰ってきた。
右腕は骨折し、左腕も包帯がとれなかった。雄英にはリカバリーガールという貴重な治癒個性のヒーローがいるが、そのリカバリーガールの治癒も万能ではなく、昨日の今日で一気に治癒はできないとそのままになったのだった。


「それ、どうやって怪我したの」
「祈李……えっと、これは……」
「貸して」
「あっ、ちょっと!」

スルスルと包帯を勝手に解く。そこに見えた焦げたような痕に祈李はなるほどと納得した。
この個性はよく知っている。その持ち主もよく知っていた。


「勝己がやったのね」
「いやえっと……そう、なんだけど、これは戦闘訓練でついたもので、かっちゃんも故意に……故意にやったわけじゃ」

嘘を吐くのがへたくそだなと思った。変な顔してる。眼が泳いでいる。それに爆豪自体の性格からしてわざとに決まっていた。出久に別れたことは話していない。母にもそうだった。話したのは光己くらいで、光己も「あらそう。勝己、これから彼女作るの大変ね」と笑っていたくらいだった。
変な気を遣っているのがバカみたいだった。けれどわざわざ教えてやる義理もなかった。


「別に勝己に怒ったりなんてしないし。戦闘訓練なんでしょ」
「あ、うん……そっか」
「ヒーローになったらこれが日常になる。痛いのも、辛いのも、それが当たり前になる」
「祈李……?」
「それでもあんたはヒーローになりたいの」

じっと出久の顔を見た。それでもヒーローになりたいか、そう問う祈李に一瞬息を呑むも、出久はすぐに「なるよ。困っている人を笑顔で救ける、かっこいいヒーローに!」と答えた。それに祈李は諦めたように「そう」とだけ答えて、雑に包帯を巻きなおして部屋に戻った。

出久は祈李のその顔が妙に頭に残った。真剣に問う表情。祈李との距離は随分昔に溝ができて以来、縮まらない。昔は何にしてもおにーちゃん、おにーちゃんと自分を呼んでいたのに、いつからか祈李は呼ばなくなった。
多分、その代わり呼ばれていたのは爆豪なんだろうと出久は思っていた。付き合うくらいだから、きっとそうなのだろうと。
祈李のことが分からない。話をしようにも、話したくないとばかりに避けられる。いつからこうなってしまったんだろう。どこで間違えたんだろう。それは今も分からないままだった。








爆豪と出久の仲は相変わらず悪かった。あれからもちょくちょく出久は怪我をして帰って来て、その怪我は超パワーの個性に身体が耐え切れず、自損したものと、爆破された痕のようなものが主だった。
祈李は別れてから個人的な連絡はとっていない――それでも光己に会いに爆豪邸に行くことはある――けれど、この痕だけでも爆豪が頑張ってくれていることは十分に分かった。
それは祈李のためなんてロマンチックな思いからではないのも理解しているけれど。
傷だらけになっても、相も変わらず出久はヒーローになることを諦めなかった。


「えええ!!? 雄英に敵が襲撃!?」
「う、うん……」
「大丈夫だったのそれ!? 先生方は!? 生徒のみんなは!?」
「相澤先生と13号先生がちょっと……生徒のみんなは無事だったよ」
「そ、そう……」

雄英に敵連合なるものたちが出久たち1年A組を襲撃したらしい。オールマイトを目的としたそれは、生徒を散らして嬲り殺すという卑劣な作戦だった。
晩御飯と一緒に語られた経緯に、祈李は食事が喉を通らなかった。


「雄英っていえば……セキュリティがしっかりされてあるところでしょう。どうしてそうなったの?」
「前にマスコミが殺到して侵入されたときがあったんだ。その時カリキュラムを把握されたみたいで……その時から周到に計画されて、今日、襲撃された」
「……そう」

気の弱い母は今にも卒倒しそうだった。祈李も卒倒こそしなかったが、目の前が真っ暗になりそうだった。
祈李は雄英にいる間は大丈夫だと思っていただけに、完全に予想外だった。本当に大丈夫なのか、不安が過る。けれどすぐに学校から連絡が来て、事情説明とその改善について十分な説明がなされていた。
プロヒーローが教師を務める一流の高校。これ以上信頼できる高校もない気がした。


「祈李? 大丈夫?」
「なにが」
「あんまりごはん進んでないみたいだから……怖い話聞かせちゃったね。でも、大丈夫だよ。雄英にはなんていったって、オールマイトがいるから!」
「……そうだね」

平和の象徴、オールマイト。彼がいるのなら、それ以上の安心もない気がした。


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