その一歩は偉大への、

雄英襲撃から約二週間後、雄英体育祭が開かれた。
例年より警備を厳重にして開かれたそれは、オリンピックに代わるスポーツの祭典に相応しく、華々しいものだった。中でも、毎度3年に注目が集まるはずが、敵の襲撃を耐えたとだけあって、1年A組を目当てに1年の部にメディアも集中していた。


「祈李〜! いよいよだね〜! 私もう今からドキドキしちゃう!」
「まだ入場してすらないけど」

始まる前から緊張しっぱなしの引子に祈李は少々呆れていた。
そうしていざ1年A組が盛大な煽りと共にに入場すると、引子は「出久ぅぅうう!!」と歓声を上げていた。もうすでに泣いている。
色々早すぎると思いながら各クラスの入場を見ていると、やっぱりヒーロー科ってクラス少ないんだなと感じた。2クラスしかない。各20名の計40名。その席を出久が取ったというのは、何とも言えない気持ちだった。


「あ、祈李! 選手宣誓勝己くんですって!」
「見ればわかるよ。そりゃそうでしょ、主席だったんだから」
「やっぱり勝己くんってすごいのねぇ」

未だに別れたことを報告――付き合った報告もしてないが、状況的に見て付き合ったのは察せられていた――していないため、引子は娘の彼氏が晴れ舞台に立っているのを興奮してみていた。わざわざ訂正する気はないが、こうもいちいちはしゃがれるのも何か嫌だった。


『せんせー、俺が一位になる』
「わぁ……すごいね勝己くん。宣誓しちゃったわ」
「まぁ、それが勝己だし」
「へぇ……」
「なに」
「なーんにも」

にやにやしている引子に祈李は何か誤解している気がすると思った。やっぱり彼女は分かってるのね、的な感じだった。祈李のそれはそういうのではなかったけれど、やはり別れたと言う気も起きなくてそのままにした。

第一種目は障害物競走。いきなり出たというリスキーパワーで、どこまで行くだろうかと祈李はやや仏頂面でテレビを見ていた。











障害物競走の序盤から中盤まで、出久は特に映らなかった。テレビで注目を浴びるのはやはり先頭で、そちらは最初から一人突出していた氷の個性の男子と、それに食いついていた爆豪がよく映し出されていた。
1年の部といえど、さすが雄英。第一関門のロボ・インフェルノから始まり、第二関門は穴の深い綱渡り、ザ・フォール。第三関門は地雷原だった。エンターテインメントに飛んだそれらを引子がハラハラしながら見ていた。


「? あの人、何して……」

ちらっと出久が画面に映る。ロボ・インフェルノのときに落ちた鉄板だろうか、それで地面を掘っているような動作をした出久がいた。周りが地雷に気をつけながら進む中、穴掘りなんて何を考えているんだろうと呆れていると、それは起きた。


『A組緑谷、爆発で猛追ーーーー……っつーか!!! 抜いたあああああー!!!』
「は……」
「出久ぅううう!!」

後ろにいた出久がトップ争いをしていた轟と爆豪を抜いた。穴を掘っていたのは、地雷を取り出して爆風で追い越すためだったのだ。出久に抜かれて、そのまま行かせまいと阻止しようとする轟と爆豪を妨害して、そしてそのまま――。


『さァさァ、序盤の展開から誰が予想出来た!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男――――緑谷出久の存在を!!』
「出ズズズククイズクイ……」
「っ」

泣きながら腰を抜かして声にならない声を上げる引子の横で、祈李は喉元まで出かかった「お兄ちゃん」を飲み込んだ。じわっと目に熱が籠るのを瞬きをして誤魔化す。
兄は死んだ。ずっと前に祈李の中で兄は死んでいる。それなのに出かかったそれが信じられなくて、信じたくなくて、必死で目を背けた。
体育祭だからだろう、他を蹴落として競う出久の姿は、祈李が許容できるものだった。










障害物競走を1位で通過したのもつかの間、それ故に更なる受難が出久に降りかかっていた。


「いっ、1000万!!? 大変よ祈李! 出久が狙われちゃうっ!」
「……プルスウルトラってやつでしょ……」

第二種目は騎馬戦。第一種目での順位がPの高さに比例する。けれど1位の出久の点だけ桁が違った。1位の鉢巻きさえとれば確実に通過できるシステム。出久が狙われるのは必至だった。
そのせいか騎馬もなかなか決まらず、時間ギリギリになって決まったようだった。


「出久ぅううう!!」
「お母さん落ちついて、まだ始まったばかりよ」
「でも開始早々囲まれてるよぉ!」
「そりゃ1000万だもの。狙われるに決まってるじゃない」

ツンとした口調で祈李はテレビを見ていた。出久は当たり前のように狙われていたし、逃げの一手なのかとにかく回避に徹していた。騎馬のメンツもそれに特化しているのか、とりあえず上手く回避できているようだった。


『7分経過した。現在のランクを見てみよう! …………あら!!? ちょっと待てよコレ……! A組緑谷以外パッとしてねえ……ってか爆豪あれ……!?』
「勝己くん、Pが……!」

爆豪のPが0になっていた。引子が祈李の方を心配そうに見てくるが、祈李は全く心配していなかった。気にした様子もなくテレビを見る祈李に、引子は気遣わしそうに「祈李……」と口にした。


「別に、気にしなくていいから。勝己のことだから……すぐ倍返しするし」
「……そうね、そうよね」

爆豪が通過することを微塵も疑っていない祈李の様子に、引子はじーんとなっていた。また何か甘酸っぱい感じに誤解された気がして、内心で祈李はうざ、と思った。
疑う必要なんてない。爆豪は絶対に1番をとる人だから。出久を阻んでくれる人だから。何一つ疑う必要なんてないのだ。








2位の轟の騎馬が動き出した。放電させた後氷で身動きをとれなくして、出久との直接対決に持ち込んでいた。持ち点が元々高いのに、轟も1000万狙いで、やっぱり一番にこだわるのかなと祈李は思った。


『残り時間約1分!! 轟、フィールドをサシ仕様にし……そしてあっちゅー間に1000万奪取!!! とか思ってたよ5分前までは!! 緑谷なんと、この狭い空間を5分間逃げ切っている!!』
「出久……!」

引子が変わらずハラハラしている間も、祈李はじっとテレビを見ていた。常に相手の左側に騎馬を寄せている。右側しか氷が出せないのか、轟は攻めあぐねているようだった。
けれど残り1分、そこで轟の騎馬が動いた。


『なーーーー!!? 何が起きた!!? 速っ速ーーーー!! 飯田、そんな超加速があるんなら予選で見せろよーーーー!!!』
「ああっ、出久のハチマキがっ……」
「お母さんしっかり!」

いきなりの超加速に対応しきれなかった出久のハチマキが奪われた。そのショックに引子が気を失ってしまった。相変わらず気が弱い。祈李は引子を介抱しつつ、テレビを見ていた。


『ライン際の攻防! その果てを制したのは……逆転!! 轟が1000万!! そして緑谷、急転直下の0Pーー!!』
「逃げてばっかだからでしょ……そんなんでヒーローになんてなれるわけないじゃない」

ぎゅっと拳に力が入る。だからヒーローになんてならなくていい、ならないでと思うのを拳に押し込める。

場面は変わって、爆豪と物間の騎馬が映し出されていた。爆豪は物間からハチマキを奪うと3位になったが、それだけで爆豪は満足しなかった。


『爆豪!! 容赦なしーー!!! やるなら徹底! 彼はアレだな、完璧主義だな!!』

物間に奪われた自分のPも奪い返して、爆豪はそのまま1000万へ行った。
祈李はやっぱり勝己が一番だと思った。一番をとるのは爆豪だと、祈李は微塵も疑っていない。出久にもこれでわかったでしょうと内心で問いかける。ヒーローになれる人間と、なれない人間の差が、出たはずだと。
けれど祈李の予想に反して、出久は最後の足掻きを見せた。


『残り17秒! こちらも怒りの奪還!!』
「……は」

嘘でしょう、何でと思う。一瞬轟の左腕から炎が出た。それが散って、出久がハチマキを掴んで、順位が上がる。出久が抵抗した。向かっていった。
祈李の知る出久は弱くて、震えてばかりで、それでも退かないだけの人だった。獲りに、奪いに行った。それは祈李の中でかなりの衝撃だったのだ。

出久がヒーローの一歩をとっくに踏み出していたことが、祈李はなかなか受け入れられなかった。


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