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初恋は叶わない



「そういえばさ、轟、初恋っていつ?」
「初恋……?」
「初恋は叶わないっていうじゃん? クラス屈指のイケメンの轟はどうだったのかなーって! ね、ずばりどうだったの? ねーえー!」

轟は共有スペースに降りると、恋バナに飢えた芦戸に捕まってしまった。
他の女子のメンツはどこか辟易としていたり、キラキラとした目でこちらを見ていたりしていたので、早々に餌食になったことが伺えた。
轟は初恋について考えると、やはり真っ先に綺麗な従姉の姿が浮かんだ。


「俺も……叶わなかったな」
「えー!? 轟でも叶わなかったの!? ねね、相手は同い年!?」
「いや、年上だ。」
「年上かー! 幼稚園の先生とかだったりした?」
「いや、そういうんじゃねぇよ。なんつーか、姉貴みたいなもんだった」
「そういう感じか〜!」

轟にとって、氷叢雪音はそういう存在だ。もう一人の姉。けれど実の兄弟よりも近い存在で、母の面影を色濃く感じる綺麗な人。母がいなくなった後、冷がしてくれたことを真似してくれた、優しい人。
そのおかげで母の優しさを、温もりを、愛情を忘れずにいられたことも確かだった。それがどうして恋になってしまったのか、轟は少しだけわかっていた。


「なんで好きになったの?」
「なんでって……俺が辛い時に、いつもそばにいてくれたから……だと思う」
「それって幼馴染ってこと!? 王道じゃん!」
「幼馴染……ああ、そうとも言えるかもしれねぇな」
「優しい人だったんだね、その人」
「ああ……すごく、優しい人だった」

轟は少し前に打ち明けてもらった、雪音がヒーローになろうと思った理由を思い出していた。雪音はそれをエゴだといったけれど、轟はそうは思わない。自分のことを誰より考えてくれて、誰よりも愛情を注いでくれたその人の優しさを、轟はずっと忘れないだろう。
脳裏に、雪音が形成する美しい氷を描く。それは轟がずっと見てきたものだった。


(いつだって……俺のことを考えてくれる人だったから……あの頃の俺には、それが眩しかったんだ)

その愛情に惹かれるのは当たり前だった。だから、轟焦凍は氷叢雪音に恋をした。
従姉弟だけれど、あの歪んだ環境で轟にとっての温かいものが、雪音だけだったから。惹かれていくのは必至だった。


「轟くん、告白とかしなかったの?」
「しなかった。困らせたくなかったから」
「轟に告白されて困る人いるの!?」
「いるよ。それに多分……いいことにはならなかったから。これでいいんだ」
「轟……」

雪音とずっと一緒にいたいと願った幼い心は、けれど成長と共にその綺麗な思い出さえも歪んでいってしまいそうで、轟は告白すらしないまま、自分の中に閉じ込めて、昇華することを選んだ。
もし伝えてしまっていたら、雪音は拒絶できなかっただろうと思う。そういう気持ちを抱けなくても、轟を孤独にしないため、轟の願いを叶えるためにきっと頷いてしまう人だったから。だからこれでよかったのだと轟はすがすがしい顔をしていた。


「その人への好意は今は形を変えているけれど、誰よりも幸せになってほしいって思ってるよ」
「へぇ……轟ってほんといいやつだよね」
「そうか?」
「そーだよ! 相手の気持ちを尊重できるのは、やっぱりすごいと思うよ!」
「それは……いいお手本が近くにいたからかもな」

振り返るといつも雪音は自分のためにあれこれと頑張ってくれていたことを思い出す。
自分がちょっとしたことで喜ぶと、それを極めようとする人だった。相変わらず家事に関しては壊滅的だったが、見かねた冬美がその分頑張ろうという気になったのを見ると、案外何だかんだ家族としてマイナスからのスタートだったけれど、ゼロに限りなく近づけていたのではないかと今になって思う。

轟焦凍は氷叢雪音の弟だ。イトコンイトコンと散々言われるほど、筋金入りの焦凍バカである。けれど最近、その雪音が自分以外の誰かを気にしているのも、轟は知っている。
氷を叩き割って、その中から連れ出した乱暴者。立ててすらいなかった雪音を「オラ立てや!!」と立たせて歩かせ、走らせたのは誰なのか。
雪音の好きなヒーローが誰なのか。轟は知っている。


「でも……一つだけ悔しいと思ってることはある」
「なになに?」
「一番好きなヒーローが……俺じゃなかったこと」
「ええっ、轟くん可愛いー! 拗ねてるー!」

俺じゃなかったと言って拗ねる轟に、察しのいい面々はその初恋の相手が誰なのか察した。
轟を急に子供っぽくできるのは……お姉ちゃん雪音しかいないので。
なるほどと納得していると、そこに爆豪が通りがかり、轟は思わず口を開いた。


「あ、爆豪」
「なんだ」
「早く本当の名前教えてくれ」
「お前には教えねェつってンだろうが!!」
「あっ、すまねぇ、俺じゃなくて……」
「死ね!!」

爆発的な拒絶に何も言わなかった。けれど面々は今の感じだと轟の初恋の人は爆豪が好きなのかなと新たな恋の話にわくわくしていた。
特に意図せずして、恋愛模様が筒抜けになってしまった轟はそうとは知らぬまま、聞かれるがままに色々答えていた。

後日、爆豪にもその魔の手は伸び、妙に筒抜けのそれに「あの半分野郎の舐めプが!!」と爆発的にキレられるのだが、それはまた別のお話。