モナカ、オレオ、シュトーレン
呪言とは、他者にも自身にも影響の大きい術式である。そのため、普段から語彙を絞って話すことが多い。
呪術高専東京校の1年生である萌香もそうで、彼女はお菓子の種類に語彙を絞っていた。ちなみに「シュトーレン」が肯定で、「アイスクリーム」が否定である。
彼女の一つ上の兄である狗巻棘はおにぎりの具材に絞っており、彼もまた「しゃけ」は肯定、「おかか」が否定と決まっていた。
入学の際に、クラスメイトに自分の言っていることが伝わるだろうかという不安があった萌香だったが、自分も最初は伝わらなかったけれど、今ではばっちり意思疎通ができていると兄に励まされたのと、あまりに萌香が不安がっているからか、担任に掛け合って同じく来年入学することが決まっている男の子と少し早く交流することになったのだった。
「はーい、恵。この子が来年クラスメイトになる狗巻萌香ちゃん! 見て! お人形さんみたいでしょ。可愛い子でよかったね〜」
「はぁ……」
五条が紹介する際に、両肩に手を置いたことでびくっと縮こまる萌香に「五条さん。そいつ怖がってるみたいですけど……」と伏黒が指摘すると「あはは大丈夫大丈夫。その内慣れるから」と肩を叩く五条に、萌香は混乱するばかりだった。
「それ、セクハラですよ」
「手厳しいなぁ、恵は」
「狗巻も。嫌なら嫌って言った方が良いぞ。この人すぐ調子に乗るから」
「モ、モンブラン……」
来年クラスメイトになるという伏黒に対して萌香が抱いた第一印象は「しっかりしたクールそうな人」だった。
伏黒は萌香が今まで関わったことのないタイプであるのと、呪術師というわりにイカレてなさそうなのと、おそらく間違いなく善人であることから、歩み寄りの姿勢を多少なりともみせてくれた。
「伏黒恵だ。狗巻っていうと、狗巻先輩の親族か?」
「シュトーレン!」
「それが肯定か。否定は?」
「! アイスクリーム……!」
「時間が経つと美味しくなるものと、すぐに食べないといけないものか。狗巻のはまだ分かりやすいな」
「……!!」
萌香にとってそれは凄まじい衝撃だった。
数少ないであろうクラスメイトと意思疎通ができない、仲良くなれないかもしれないといった不安が見事払拭された瞬間であった。
「ク、クロワッサン……!」
「クロワッサン? ……そうか、確かケーキ屋とかに置いてあったりもするな。お前にとっては菓子なのか」
「シュトーレン!」
「甘いのが好きなのか?」
「シュトーレン!」
その後も、伏黒は棘とすでに面識があったためか、萌香の言葉にも割と早く順応した。
「モナカ」と言いながら、じっと伏黒を見つめるものだから、伏黒が「それ、俺のことか?」と尋ねると萌香は大層嬉しそうに「シュトーレン!」と破顔した。
萌香の伏黒への懐きっぷりに、五条がにやにやして「え〜、恵にも春来た感じ? もしかして僕ってキューピット?」とぶりっ子を始めたので、伏黒はそれはもうドン引きして嫌そうな顔をした。
そんなこんなで伏黒と萌香の初顔合わせは大成功で終わった。
萌香はもう、それまでの入学への不安はきれいさっぱり消えていた。
「また沈んでんのか?」
「モナカ……」
塞ぎこんでいる萌香に伏黒が声をかける。
呪術高専に入学すると、伏黒の他に女の子が一人入学すると聞き、萌香は楽しみにしていたのだが事情があって入学が遅れるとのことだった。その間伏黒と二人で授業に任務にと頑張っていたのだが、二年生に体術をみてもらうようになると、萌香はよく沈むようになったのだった。
「何度も言ってるが……真希さんは色々規格外なんだ。あの人と比べてもしょうがないぞ」
「モンブラン……」
「でもじゃねぇ。身体の柔さは褒められてたろ。筋肉は……まぁ、一朝一夕で身に着くもんじゃねぇから、コツコツやっていけばいい」
「マシュマロ……」
伏黒のフォローに萌香は力なく頷いた。
一つ上の先輩である禪院真希は、天与呪縛というのもあって身体能力が高く、呪具の扱いなら間違いなく学生一の使い手であった。そんな真希にして、萌香は身体の柔さだけは褒められるが、筋肉の無さや受け身の未熟さなどよく苦言を呈されているのであった。
真希は姉御肌というやつで、決して萌香を虐めているのではないのだが、後輩可愛さゆえに容赦がなかったのである。手も足も出ず、吹っ飛ばされる日々……萌香は大層落ち込んでいた。
ぐっと腕に力を入れて力こぶを作って見せようとするが、萌香のそれは力こぶなどと言えたものではなかった。それにうっと「マカロン……」と泣きそうになる萌香に、伏黒はぎょっとする。
「お、おい……」
「モンブラン……」
自分はダメな奴だとでもいうようにふさぎ込む萌香に、伏黒は更に慌てた。
これで呪言を使わせればなかなかの威力を発揮する呪術師である。そんなことはないと伏黒がフォローを入れても、近接戦に持ち込まれたら終わりだとしゅんとしていた。
真希と比べるからこうなるのだ。誰にでも得意不得意はあるもので、それがすごく得意な人間と苦手な人間ではその差は歴然なのは当たり前のことなのだ。
伏黒は少し考えて、萌香に
それは伏黒の意図を理解し、萌香の足元にすり寄ったり、机に前足を付いてぺろりとその頬を舐めたりした。
「んっ……オレオ……!?」
「ワンッ」
「ワフッ」
もふもふの身体を擦り付けられ、萌香は驚いて伏黒を見た。
伏黒は首の後ろに手を当てて、そっぽを向いていた。
「モナカ……チョコレート」
「……ん」
ありがとう、と言うと伏黒は小さく頷いた。
思う存分に玉犬たちと戯れる萌香を見る伏黒の目は、優しい色を宿していた。
「――で、伏黒はそうやってこの子を落としたってわけね。自分だけがこいつのこと分かってますみたいな顔して……クソッ、私の入学が遅れなきゃ、今頃もっといい男と萌香は付き合ってたのに……!!」
「キャンディ!? アイスクリーム!」
「萌香は伏黒がいいってよ、釘崎」
「目を覚まして萌香! 世の中には伏黒よりいい男が五万といるわ!!」
「おい、俺はクズじゃねえ」
俺は善人じゃねぇけど、五万も善人はいねぇだろと言う伏黒に、「アンタは黙ってて!」と釘崎が吠える。
釘崎が合流した頃にはすでに萌香は伏黒と付き合っており、はじめはお菓子が語彙なんてわかるわけないじゃないと言っていた釘崎だったが、これがすぐに順応した。順応したし、萌香を可愛がるようになり、まだ打ち解けていない伏黒――重油まみれのカモメに火をつけてそう――と萌香――砂糖菓子みたいに可愛い――が付き合っているというのは、釘崎としては全く持って望ましくなかった。
けれど肝心の萌香は伏黒が大好きなのだ。
「キャンディ……タルトタタン」
「うっ……」
「モナカ、オレオ、シュトーレン」
「……そんなに伏黒がいいの……?」
「シュトーレン! チョコレート」
萌香の満面の笑みでの肯定に、釘崎は重い溜息をつくと「なら、しょーがないわね」と苦笑した。
釘崎は伏黒に顔を向けると「おい伏黒! 萌香泣かせんじゃないわよ!」と言うと、伏黒は何言ってるんだと言う顔をしつつも「努力はする」と大変現実的な返答をするのだった。
そこはもうちょっとなんかあるでしょうと騒ぐ釘崎を、虎杖がまあまあと宥めていると、萌香が伏黒の方に寄り、背伸びをして耳打ちをしようとするのに、伏黒は屈んで耳を傾けた。
「シュトーレン」
「……ん」
シュトーレン。それは日毎に味わい深くなるパン菓子。
昨日より今日、今日よりきっと明日、私はあなたが好きです。
愛しさをパンに詰めて、熟成したそれに伏黒はゆっくりと頷いた。まるで俺もだと、肯定するかのように。
その様子に虎杖は「いいカップルなんじゃねぇの?」と釘崎に言う。釘崎はしかめっ面をしつつも、仲良さげな様子に小さく息をついて「そうかもね」と笑った。
クールで不愛想な伏黒も彼女の前では、それなりにいい顔をするようだから。
その後、あの伏黒が萌香には玉犬を癒し目的で出すのがわかり「伏黒も何だかんだ溺愛してんのね〜! このこの〜!」と悪ノリするのは、少し先の話であった。