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ふわふわした君が好き

 

――それはありきたりな話、一目惚れだったと物間は自覚している。

初めて彼女を見たのは校門の近くで、思わず目を奪われた。
ふわふわ揺れる白い髪も、雪のように白い肌も、雪の結晶が煌めくその薄氷の瞳も。全てが美しく、この世の奇跡を体現しているかのようで、可憐なその少女を雪の妖精だと物間は確信めいたものを感じた。


(どこの人だろう……? 先輩か? 先輩ならヒーロー科じゃないな。あんなに目立つ人がメディアに露出していないのはおかしい)

じゃあ、違う科か……それとも同じ新入生か。
そうだとしたらどんなにいいだろうと物間は思った。向かう方向が同じで、ああ、同じ新入生なんだと確信すると、これは同じクラスだったりしたら運命に違いないと物間は思う。
そうして本当に同じクラスだったのだから、物間はこの世の神に感謝した。


(神よ……! 感謝します……!!)

座席表から察するに、彼女の名前は白雪氷華というらしい。名前まで美しいと物間は酷く感心した。名は体を表すとはこのことだ。
氷華が教室に入ってからというものの、先に教室に来ていたクラスメイトたちは目を瞠っていた。それに物間は分かる、分かるぞと内心で大いに頷く。
この世にこれほど整った顔を持つ人間がいるのか、いやそもそも人間なのかを疑いたくなるような完成度。正に生きた芸術、天使よ妖精よ、本当にそれは存在したのだと、ここにいるすべての人間が生き証人になった気持ちだった。

物間は氷華になんて声をかけようかと考えていた。何せこれは運命である――少なくとも物間はそう思っている――記念すべき初会話は印象に残るもので、それもドラマチックなものがいい。
可憐な彼女との恋物語に相応しい、そういったものがいいと考えていると、考えすぎて――いつの間にか入学式が始まっていた。
ぽっかりと空いたA組の場所に皆驚いていたが、そんなもの白雪氷華の奇跡に比べれば些事であると物間は思った。思考は氷華のことで染まってしまっていたのだ。

だが、考えすぎて……その日は話しかけることが出来なかった。
明日こそ完璧に話しかけるぞとシナリオを考えていると、やはりその日も夜更かしをしてしまうのだった。








次の日は通常の授業と、体力テスト――否、個性把握テストが行われた。
氷華は推薦組だったようで、同じく推薦組の取蔭とよく話しているようだった。そこに姉御肌の拳藤も加わり、可愛いもの好きな小森が氷華に絡み、拳藤経由でクラスの女子とはすっかり仲良くなっているのが見て取れた。
男子は誰も話しかける勇気はないようで、遠目から「白雪さん可愛いよな……」「それな」「未だに直視できねぇ。キラキラして眩しい」「それな」と騒ぐだけだった。

そんな中、物間は練りに練った、記念すべき初会話をドラマチックにするシナリオ通りに氷華に話しかけようとしていた。


「やぁ、白雪さ――」
「ねぇ氷華も見た? 昨日のドラマ。あのキュンキュンする学園もの」

物間が意を決して声をかけると、取蔭が先に氷華に話題を振っていた。
微妙に距離があったのもあって、氷華は物間が自分に声をかけたとは気づいていないようだった。


「うん。王子様みたいだよね。優しくて、気が利いてて……いつも味方でいてくれるから、いいなぁって思う」
「だよねー。ま、実際現実にあんな男はいないけどね」
「そうかなぁ……?」
「あー……でも、氷華にはそうしたいって奴等はたくさんいるか」
「切奈ちゃん、すぐそうやってからかうんだから」
「だって本当だし」

もー、と言いつつ、まったく怒ってない氷華がまた可愛かった。穏やかで女の子らしくて、どこかふわふわしている。
そして新たに手に入った、王子様のような人が好みという情報に物間は更にドラマチックな初会話にすべく、踵を返した。取蔭にそんなつもりはなかっただろうが、有益な情報提供をありがとうと言った気持ちであった。恋は全てを凌駕するものだ。

そして、二日目もやはり声をかけることは出来ず、氷華の理想の王子様を演出するため、物間はまたしてもシナリオを練る。ただ、明日は初の戦闘訓練が予想されることから、早めに寝た。
戦闘訓練で寝不足で立ち回りが杜撰になったら、王子様から程遠くなってしまう。物間は非常に策略家で、抜け目がなかった。

そうしていざ、戦闘訓練になると、物間はこの恋が約束された運命だと感じずにはいられなかった。
コスチュームのお披露目の段階から、物間はこの恋の勝利を確信していた。
自分の紳士的な燕尾服はもとより、氷華のそれは雪の妖精を体現した素晴らしいものだった。今すぐダンスを申し込んで、ワルツを踊りたいほどだった。自分たちは似合いだろうという自信もあった。
それにそれだけではなく、二人組にペアになるくじでは、見事氷華とのペアを勝ち取ったのだ。運命だと思った。
その上、ペアになった以上よろしくと会話するのは当たり前だが、そこで奇跡が起きた。


「白雪さん」
「あ、物間くんだよね? 今日はよろしくね」

物間くん……!? と物間は衝撃を受けた。
氷華が自分を認識しているとは思っていなかった上に、よろしくねとふわふわ笑った顔が途方もなく可愛かった。氷華の前でなければ、間違いなく胸を手で押さえていた。


「よろしく。早速だけど、作戦に移ってもいいかな? 僕の個性のことも話したいし」
「もちろん。私、物間くんの個性これかなって思ってるんだけど、当ててもいい?」

当ててもいい? と小首を傾げるの可愛いなと思いつつ、個性まで知ってくれてるの、個性把握テストの時見てくれてたってことでいいかなと物間は内心で悶える。
「いいよ。当ててみて」と言うと、氷華はこそっと耳打ちした。


「コピー……で合ってる?」
「……うん、合ってる」
「やった。物間くん、クラスの人たちの個性たくさん使ってたから、そうなのかなって思ったの」

当たって嬉しいとふわふわする氷華に、僕も当ててもらって嬉しいと返す。心中では嵐が吹いていた。それは言わずもがな恋の嵐である。こんなの誰だって好きになるに決まってる。バニラの甘い香りがふわってした。すごい女の子だった。


「じゃあ物間くんには私の個性の使い方とか、そういう情報を教えたらいいのかな?」
「うん、そうしてもらえると助かるよ」
「了解ですっ、あのね、私の個性は――」

あー、好きだなと物間は氷華と話すたびにそう自覚せざるを得なかった。
氷華の個性の話を聞いたとき、実際にコピーしたとき、自分たちはやっぱり運命なのだと思った。
氷華の冷たい身体も、凄まじい強個性も、コピーできる自分なら何の障害にもならない。同じように氷華が感じるものを感じ、同じだけ分かち合える。
自分はひねくれ者だけど、氷華にはどれだけでも優しくできるし、優しいお姫様を守るだけの強さも、覚悟もあるつもりだった。
氷華の理想の王子様になれるのは自分だと、物間はそう思っていた。








戦闘訓練の一件から、物間は氷華に良く話しかけていたし、氷華自身人懐っこい性格もあって、物間とはよく打ち解けていた。だからだろう、物間に相談があると言って氷華が切り出したのは、ある問題についてだった。


「? 壁を感じる?」
「うん……私、クラスの男の子から避けられてるような気がして……」
「それは……そんなことは……」
「気のせい、かな……?」

不安そうな氷華に物間は気のせいだと言いたかったが、そうではないのをよく理解していた。
氷華自身はわりと親しみやすい性格――それでも可憐でふわふわしていて、ハートを撃ち抜かれっぱなし――なのだが、人間かと疑いたくなるほどキラキラして、整った顔をした少女であるから、ほとんどの男子は気後れしてしまっているのだ。
同じ推薦組だったという骨抜と、特に何も考えていない鉄哲辺りとは話せているようだが、それ以外はほぼ全滅だった。


「白雪さんは……白雪さん≠謔閨A白雪の方がよかったりする?」
「え……?」
「ほら、クラスの女子……塩崎とかは置いといて、氷華って呼んでるのがほとんどでしょ。そうなのかなって思って」

氷華は氷華ちゃんとか、白雪さん、と言った方がしっくりくるタイプの人間だ。
けれど、そろって氷華呼びなところを見ると、そう呼ばれたいのかなと思ったのだった。
氷華は「物間くん、すごいね……」と驚いていた。


「うん。実はね……私、ずっと白雪さん≠チて呼ばれたことしかなかったから……呼び捨てされるのに憧れてたの」
「そっか。じゃあ僕も白雪って呼ぼうかな」
「いいの?」
「いいよ。呼ばれたいように呼ぶのが、一番いいと思う」
「……ありがとう、物間くん」

そこから、氷華のB組での生活は少しずつ変わるようになる。
距離があった男子たちが、少しずつ「白雪」と呼んでくれるようになったのだ。まだぎこちなく、打ち解けるまではいかないけれど、それは氷華が感じていた壁を薄くするには十分だった。


「物間くん、ありがとう」
「……なんのことだか」

そういうところが好きなのかもしれないと、物間は知らんぷりをしながら思う。
氷華はちゃんと人を見ている。些細な変化に気づいて、察しが良く、屈託なく感謝が出来る人間だ。そんな君だから、きっとこんなにも好きなのだ。


(君のためにしたんじゃない。君に笑っていてほしいから、僕が勝手にしたんだ)

可憐な雪の妖精は、今日もふわふわと笑っている。
ずっと笑っていてくれと願う。そしてどうか、その隣が自分でありますようにと。
笑っていてほしい、だってこんなにも君の笑顔は素敵だから。