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氷の貴公子といいましても

 

個性事故。それはこの超常社会において、然程珍しいことではなかった。
ヒーロー飽和社会といえど、敵はなくならず、また、個性発現仕立ての子供が事故を起こすこともあり得ることだった。
これは、バレンタインが終わった頃の話。稀代の美少年が爆誕した、とある事故の話。


「……た、ただいま……」
「おかえ――どちら様!!?」

突然エンデヴァー事務所に現れた、非常に整った顔をした美少年に緑谷は思いっきり叫んだ。
その声につられて爆豪と轟が振り変えると、轟は小首を傾げつつも、どこかで見たような気がする顔だなと思い、爆豪はじーっとその顔を見ると、何かに気づき、ぷっと吹き出した。


「おまえっ、男でもんな面してンのかよっ……!」
「えっ、かっちゃん知り合い!?」
「爆豪くん……笑わないで……」

未だに笑っている爆豪に、緑谷が知り合いなのかと驚くが、エンデヴァー事務所にこんな人いたかなと考える。見た目は自分たちとそう年齢が変わりそうにないところを見ると、新しく迎えたインターン生だろうかとあたりをつけると、もしかしてと思い緑谷は尋ねる。


「あの……もしかして、他校の先輩ですか……?」
「ブフォッ!! せ、先輩……!」
「え!? 違うのかっちゃん!? てっきり補講の時一緒だったのかと……!」
「補講の話を持ち出すんじゃねえ!!」
「ごめん!」

キレる爆豪と謝る緑谷に、美少年は何とも言えない顔をする。困ったようなその顔に、轟がふと気づく。
そういや白雪も爆豪と緑谷のことそんな風に見てたなと。そこでまさかと思い当たる。


「おまえ……白雪、か?」
「え!?」
「……うん。白雪、です」
「……ええええええ!!?」
「うるせぇ!!」

頷いた美少年――改め氷華――に、轟はやっぱりそうかと頷いた。どこかで見たことある顔だと思っていたのだ。こうして改めて見ると、もっぱら雪の妖精だの、氷上の天使だの称される氷華の美貌が男だったらこんな顔だったのだろうと、絶世の美少年を確立させていた。
緑谷はまたしても爆豪に怒鳴られたが、かっちゃんの方がうるさいよとは間違っても口に出さなかった。賢明である。それはそれとして、言われてから氷華の顔を見ると、わぁあっと現在同性ながら、圧巻の美しさだった。


「白雪さん……いや、白雪くん……? 男の子になっても本当綺麗だね……」
「……あ、ありがとう……」

微妙な顔をする氷華に、ひとしきり笑い終えた爆豪が本題に入った。


「で、何でそんなことになってンだよ」
「迷子の子どもを見つけて、一緒にお母さんを探してたのはよかったんだけど……お母さん見つけた時、安心したのか個性が出ちゃったみたいで……こんなことに」

その時のことを思い出し、氷華は若干遠い目をした。
パトロール中だったこともあり、もちろんヒーロー活動をしている氷華はコスチュームを着ていた。その状態で性別が反転したものだから、パトロールなど続けられるはずもなく、これはまずいと急いでバーニンにSOSを送ったのだった。
バーニンは涙が出るほど爆笑しつつも「あんたほんと綺麗だよね」と涙をぬぐい、手助けしてくれた。
現に氷華は少年の出で立ちをしている。けれど、服屋からエンデヴァー事務所に戻るまでには相当な苦労があった。私服で街を歩いているものだから、入れ替わり立ち替わりに芸能関係のスカウトや、インタビュー、逆ナン……果てはいつかのミスター・スマイリーのように絵のモデルになってほしいと熱心な勧誘を受けたものだった。氷華は本当に疲れていた。


「わぁ……大変だったね」
「……うん」
「性別反転だけか?」
「これだけ。でも、これも時間経過で戻るみたい」
「どんくらいだ?」
「夜には解けてるって。だからあと半日かなぁ……」

死んだ目をする氷華に、爆豪は色々察した。
氷華はその儚げなルックス通り、非常に繊細な性質である。ヒーロー志望らしく活動中は勇ましい反面、一旦公私を分ければ、おおよそ理想の女の子というやつである。
そんな人間が、あと半日とはいえ男の身体で過ごすのに抵抗を覚えないはずがなかった。


「おまえ……間違っても漏らすなよ」
「!? 爆豪くんそれは怒るよ!? 何てこというの!」
「おまえ無理だろそういうの! 根性でどうにかできるもんとそうじゃねぇもんは分けて考えろって教えてンだわ!」
「分かってるよそれくらい〜!」
「嘘つけ! 着替えだけでどーせ半泣きだったんだろうが氷華チャンよぉ!」
「なんで知ってるの〜!!」

ぷにぷにと軽く氷華の両頬を引っ張る爆豪に、緑谷は本当かっちゃん白雪さんのこと何でも知ってるな、と感心すらした。轟も轟で「白雪、大変だな……」と気遣わし気に氷華を見ていた。
男の子の姿になっても氷華はどこまでも氷華で、爆豪ははっと笑った。


「あーでも? 今は氷華クンなんだっけなぁ?」
「ううっ……爆豪くんすぐ意地悪言う……!」
「おまえちょっと男っぽく振舞ってみろや。逆に言えばこんな経験滅多に出来ねぇぞ」
「ええっ……」

爆豪の無茶振りに戸惑う氷華に、爆豪は割と神妙な顔でいいか、と言い聞かせる。


「個性事故なんて、この超常社会珍しくねぇわけだ。いつまたどこかで似たようなケースに遭遇するかわからねぇ。それに、性別が変わるなんてそうそうねぇんだ。貴重な経験に変えるのも立派なヒーローへの一歩だぜ、氷華クンよぉ」
「貴重な……経験に……」

緑谷はそれ、かっちゃんが白雪さんの男の子ロールプレイを見たいだけじゃないの、と思ったが口に出さなかった。
轟は氷華と同じく「確かに爆豪の言うことも一理あるな」と真面目に考えていた。氷華はしばし考えると、結論が出たようで力強く頷いた。


「うんっ、いい機会だと思って、男の人になりきってみる!」
(あああっ、白雪さんなんて素直なんだっ)
「おー、やってみろや氷華クン」
「頑張る」

やる気に満ちた氷華は、午後のパトロールでその真価を発揮することになろうとは……このときはまだ誰も思わなかった。そう、あんなことになるなんて――。










季節は未だ冬。氷華のコンディションは絶好調だった。
エンデヴァーに言われた通り、僅かな異音も聞き逃さず、街の異変を敏感に感じ取り、氷華はそれが起こる前に行動する。
まだ誰も気づいていない、歩道の崩落。一瞬で氷を形成し人々を守った。


「皆さん、お怪我はありませんか」
「あっ、はいっ!」
「ありがとう!! えっと、君は――」
「ス……いえ、名乗るほどのものでは。それよりすみません、氷で足元が滑りやすくなっています。こちらに道を作りますので、皆さんそちらから避難をお願いします」
「はっ、はいっ」

氷で道を補強し、ルート案内をする氷華だったが、内心ドキバクだった。
思わず癖で「スティーリアですっ」と答えてしまうところだった。氷華はもうここら辺ではそのルックスも相まって大体の人に知られている。個性事故で男の子になっていると知れたら、質問攻めにあうのは間違いなかった。
そして出来れば氷華自身もこの経験を糧にすれど、公式記録には残したくなかった。

無事に避難を終えて、警察や事後処理部隊が到着すると、氷華は引継ぎを済ませて次のパトロールへと向かおうとし、囲まれた。


(え……!?)
「あ、あのっ! インターン生の方ですか!?」
「あ……ああ、まぁ……そうですね」
「やっぱり! 強個性でしたし、指示も的確で! すごく安心出来ました! ありがとうございますっ」
「それならよかった。皆さんがご無事で何よりです」

にこっと笑うとキャーっと黄色い悲鳴が上がる。氷華は涼しい顔をしながらも、内心はいよいよ滝汗だった。
爆豪に言われて男の子っぽく振舞おうと思っているが、長い女性歴に加え、氷華は生粋のお嬢様である。爆豪のような言動がぱっと出来ようはずもなく、必死に女の子っぽい口調にならないようにするのが精いっぱいだった。
だが、その中世的な言動が受けたのか、すっかり氷華は貴公子のような扱いを受けてしまうのであった。


「あのっ、応援してますっ! 名前を――」
「名乗るほどのものでは。すみません、まだどこかで困っている方がいると思うので。これにて失礼します」
「あっ……!」

またしても無理やり氷華は名乗ることを避けた。
いつものように吹雪を応用し、飛び立つ直前、女の子の顔が悲しそうに歪んだのを見て、氷華は咄嗟に口に出していた。


「応援してくれてありがとう。今度はきっと……名乗れると思います」

それは、今度会うときは元に戻っているだろうからという思いから出た言葉だったが、ここにいる人間は違うように解釈した。


『今度は、名乗る価値があると思えるくらい、成長して帰ってくるので待っていてください』

そう、これは――稀代の美少年が巻き起こした、わずか半日の出来事。
多くの女性のハートを奪い、ここら一帯のヒーロー事務所にインターン生に彼はいないかと問い合わせが相次いだ、ヒーロー社会始まって以来の、前代未聞の「お尋ね」であった。









『SNSで話題沸騰の氷の貴公子≠ノついて取り上げていきたいと思います! えー、現在分かっている情報としましては、某日に静岡県の――』
「今日も言われてんなぁ、氷華クン。こっちでも人気者なこって」
「茶化さないで、爆豪くん……自分でもまさかこんな風になるだなんて……」
「バーニン達死んでたもんなァ」
「うっ……」

連日流れる性別反転した自分の姿に、氷華はすっかり消沈していた。
問い合わせの対象には、もちろんエンデヴァー事務所も含まれており、電話対応に忙しかった上、中には直接事務所を周って尋ねてくる猛者もいたほどだ。
差し入れを届けたいといった声も多く、バーニンが「あああっ! 何この電話の数! 災害派遣時よりずっと忙しい!!」と爆発し、すっかりもとに戻った氷華が申し訳なさげに顔を出すと「スティーリア! ちょっとこっち来な!」と言って恐る恐る寄ってきた氷華を思いっきり抱きしめ、撫でまわし「あー……効くわぁ。バニラの匂いするわ……」と猫吸いもとい、氷華吸いを行ってなんとか精神を保っていたのだった。

けれどこれは、意外な終止符を打たれたことによって風化されることになる。


『氷雪系の個性、どこかのインターン生というのを踏まえ、おまけにこの美貌……同じく氷の個性を持つ、NO.4にして氷結ヒーロー、グレイズとの関連が騒がれていることもあり、我々はグレイズに突撃インタビューをすることに成功しました。それがこちらです』
「え!? お父様にまで!?」
「……まぁ、似てるっちゃ似てるわな」

氷華の顔の作りや雰囲気は母方の祖母似だが、その色と美しさは間違いなくグレイズのものを受け継いでいる。雰囲気は違えど、親族だと疑われてもおかしくはなかった。
父にまで迷惑をかけてしまったと慌てる氷華とは逆に、爆豪はあの人がまともな返答するとは思えねぇなと微妙な顔でテレビを見ていた。


『ずばりグレイズ、噂の氷の貴公子≠ニ何らかの関係はございますか!?』
『氷の貴公子……そうだな。あるといえばある』
『それはどういった!?』

おそらくテレビの前の多くの者が子唾をのんで見守っただろう。
氷華はもうはらはらしてそれどころではなく、爆豪はやはり何とも言えない顔をしていた。
誰も彼もが、グレイズの次の言葉を待っていた。


『氷の貴公子≠ヘ私の代名詞だ』
「……へ?」

氷華と同じように大体の人間がぽかんとしていた。爆豪はやっぱりあんたはそうだよな、と言わんばかりにはっと笑った。
いつものクールなすまし顔のまま、グレイズは真面目な様子で続ける。


『新たに氷の貴公子≠ェ現れたのならば、私はどうなるのだろう。いわば先輩であるが、世代が違えど同じ代名詞を語るのは適切ではないと私は思うのだが……そうだな、そもそも私の年齢からして、貴公子と呼ばれていた今までがおかしいのかもしれない。私はもう39だ』
『え!? 39!!? アラフォーなんですか!?』
『? ああ。なんら不思議なことはないだろう。私には高校生の娘もいる』
『スティーリアちゃん! 存じておりますとも!! 親子そろって顔が良い!!』
『母親のおかげだ』

グレイズアラフォーの衝撃に、風向きが一気に変わった。
SNSの方でも「グレイズアラフォー」「スティーリア」「体育祭」といったワードが並んでいた。体育祭の時もちらっと映ったグレイズと、発覚した娘の氷華のビジュアルに同じようにSNSが騒然としたのだった。

もう氷の貴公子≠探ろうなんて流れではなかった。SNSでは雄英時代のグレイズの写真まで出回って、知る人ぞ知る存在であった、2学年上の母と一緒にいる写真も流れだした。
完全にグレイズの話題性に持っていかれ、情報が少なすぎる氷の貴公子の正体などより、生きる氷の貴公子たるグレイズの方がよっぽど現実的であったのだった。


「相変わらずあの人天然だな」
「そうかなぁ……?」
「間違いなくおまえの父親だわ」
「そうだねぇ」

ようやく落ち着きをみせそうな氷華クン騒動に、爆豪はまぁ、これでよかったわと息をつく。
ぽんぽんとお疲れの意味を込めて頭を叩けば、爆豪からのアクションに氷華は雪の結晶が煌めく瞳を輝かせ「爆豪くーんっ!」と抱き着いてきた。
それを「おうおう」と適当に相手していると、ふと思う。


(……何で誰もこいつだって思わねぇンだ? こんな似てんのによ)

氷華の瞳は反転しても輝いていた。瞳の中にキラキラと舞い散る結晶は何も変わらない。爆豪を見る目も何も変わらない。雑魚観察眼がと内心で立てた親指を下にする。

そう――爆豪は気づいてない。
そんなにキラキラした氷華の瞳を見るのは、自分だけなのだと。
そんなにも近くで見れるのは、今やグレイズを除き、自分だけなのだと。

そう、爆豪は……どこまでも、自分に恋する氷華しか、知らない。
爆豪だけが知っている。氷華のその、瞳の美しさを。