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まだ「好き」は言わない

 

「さて……始めよっか、飯田!」
「うむ。準備運動も万端。いいだろう」
「じゃ、いつも通り先に外周3周した方が勝ちね! 今日こそ決着つけるよー!」
「ああ、今までずっと引き分けだからな。今日こそは……!」

お互い気合を入れ、スタートの合図と共に一気にかけだす。
飯田がエンジンを使って安定したスピードを出す一方で、千翔は瞬間移動≠フ個性を行使し、座標を指定しながら一定の距離を翔けていた。
一瞬でいなくなった二人を、寮の自室の窓から覗いていた瀬呂は「まぁたやってんのね」と口に出す。
ハイツアライアンスでの生活が始まってからというものの、千翔と飯田の競争はすっかり日常に溶け込んでいた。

その証拠に、たまたま二人を見かけたときには早すぎて聞こえていないとは思いつつも、A組のほとんどが「頑張れー」や「決着つくといいなー!」と言った声をかけていた。


「あーやだやだ。余裕のない男はかっこ悪いねー。ま、俺のことなんですけどねー」

そんな独り言をいいながら、瀬呂は心を落ち着けるべく、アロマを焚いてハンモックに横になる。
目を閉じて深呼吸をするといい匂いだな、と気分が上がるも、すぐに千翔の明るい顔が脳裏を過った。


『あ、私この匂い好きかも! 瀬呂ってなんか妙にいい匂いするなって思ってたんだけど、こーいうの興味あったからなんだね』

部屋王対決で部屋に入るや否や、千翔は一人匂いに目をつけていた。あの時は「おまえね、そーいうこと軽々しく言わないの」と言ってしまったが、いい匂いと言われて大分ドキドキしたのを覚えている。おまえそんなこと思ってたの、と割と衝撃だったのだ。
相手が千翔じゃなければからかったりも出来ただろうが、この育ってしまった恋心がそうさせてはくれなかったのだった。


(なんで千翔なのかねぇ……)

狭間千翔は確かに可愛くはある。明るく元気で、クラスでもムードメーカー的存在だ。かなりマイペースな性格で口癖なんかは「とりまやってみよ」という計画性の欠片もないものだけど、そのどんな時でも「だいじょぶだいじょぶ! なんとかなるなる!」という精神には大分助けられたとも思うのだ。


(いい女って感じじゃないけど、ほっとけないんだよなぁ……)

なんとかならないこともなんとかなると言ってしまうから。大丈夫じゃなくても大丈夫だと言ってしまうやつだから。自分が前に出ることを躊躇わないやつだから。
だからほっとけないんだと瀬呂は結論付ける。それが恋になってしまったのは、まぁ、そりゃ吊り橋効果とか色々あるよなぁと思うところではあるけれども。

きっかけなんてなんだっていいと瀬呂は思う。もしかしたら、敵の襲撃なんてなかったら千翔を好きにならなかったかもしれないけれど。他の誰かを好きになってたかもしれないし、誰も好きじゃなかったかもしれない。
けれど、今の自分は千翔が好きなのだから、その気持ちを温めていこうと瀬呂は思っていた。


「さてと、そろそろかねぇ……どーせまた、引き分けなんだろうけど」

また千翔の「今日こそはって思ったのにー!」と悔しがる声が思い起こされる。
戻ってくる二人のために「この優しい瀬呂くんが飲み物でも用意してやるかね」と瀬呂は共有スペースに向かった。
まぁ、これも……ハイツアライアンスでの暮らしが始まってから、よくある光景の一つであったのは……当たり前であった。











「――で、千翔さん。今日こそはと張り切ったわけですが、引き分けた理由は?」
「そーれはもう、必死になりすぎて座標を勘で固定してたからデスネー」
「それ、おまえバカなのに天才なんだよなぁ……」
「バカと天才は紙一重とは私のことを言うんだよ」
「誇るんじゃないよ」

ドヤ顔をする千翔に瀬呂が呆れた目を向けた。
千翔の瞬間移動≠ヘ座標を固定してそこに飛ぶものである。だが、何がどうしてそうできるのか、千翔は「ここに行きたい!」と思えばそこに飛べる天才的なセンスの持ち主だった。
相澤曰く、無意識に座標を弾き出しているのだろうとあたりをつけ、期末試験では数で圧倒できるエクトプラズムに当てられていた。追い詰められるとどんどん杜撰になっていく座標選びに、相澤から出された永遠の課題はちゃんと考えて座標を導き出すこと、常に計算できるようにすることであったが、夢中になるといつも千翔はこうだった。


「わかってるよ。ちゃんとしなくちゃいけないって。座標をちゃんと固定した方が距離も伸びるし、正確だし……それさえわかれば、見えない距離だって私は飛んでいけるもん」
「それはそれとして?」
「やっぱ勘でやった方が頭痛くなんなくて爽快って感じ?」
「それが本音っしょ」
「あ、バレた?」

あはは、と笑う千翔に瀬呂は「バレバレだよ」と返す。
けれど、見えない距離だって飛んでいけると言った千翔の表情には、しっかりあの日の悔しさが滲んでいたように瀬呂は感じた。
級友の危機に指をくわえて待つしかできなかったこと。自分なら飛んでいける、みんなをすぐにここに集められると直談判していた姿を、瀬呂は知っている。
強くなりたいなーと呟いたその横顔を見るのは、二度目だった。


「ま、おまえも飯田もすごいよ。日々タイム縮んでんじゃん。やっぱライバルいるといいよなー」
「やっぱりそう思う!? 飯田に負けたくないって思ったら、いくらでもプルスウルトラできるんだよね。きっと飯田もそう思ってると思う!」
「おまえ変に自意識過剰だよな」
「え!? 飯田思ってないの!? 永遠のライバルなのに!?」
「飯田の気持ちは知らないけど、永遠のライバルってのは瀬呂くん初めて聞いたわ。そうだったのね」
「今決めた!」
「今かい」

永遠のライバル飯田の知らないところで結成されたわ、と瀬呂は苦笑する。本当に千翔は突拍子もない。瀬呂が「俺もライバル欲しいわー」と何気なく口にすると、千翔はきょとんとした顔をした。


「瀬呂はさ、あれじゃん? A組のサポートの鬼」
「サポートの鬼。え、俺鬼なの? 怖い? 瀬呂くん柔和で親しみやすいでしょ?」
「そーだけど! 鬼神のごときサポートじゃん?」
「すごいサポートが上手いって言いたいことは伝わったわ」

さてはおまえなんか鬼が出てくるゲームにはまったな、と言うと、千翔は何で分かったのと驚いていた。
それにおまえは分かりやすいからと言おうとして、瀬呂は一瞬口を噤んで違う言葉に言い換えた。


「ま、俺おまえのことよく見てるから」

だからまぁ、わかんじゃね。と続けると千翔は大きな目をぱちりとさせていた。
どうせ千翔に伝わるはずもないと分かっているし、分かってるからこそトモダチとしか見られていない今、その関係もまだ壊したくない中で、こんなことが言えたのだけれど。
けれど、続く千翔の返事は……瀬呂にとっては意外なものだった。


「じゃあ、私も瀬呂のことなら分かるかな? 私も結構見てると思うよ、瀬呂のこと」

瀬呂がサポート上手なのって、周りをよく見てるのもそうだけど、他人に合わせるのが上手いからだよね。空気? が読めるんだと思うとか、健康によく気を遣ってるよね、食べ物もそうだけど、持ち物からして健康グッズ多いし、と次々浮かんでくるそれに、千翔が指折り数える様子を最初は呆然として見ていた瀬呂も、最後の方はふさぎ込んでしまった。


「あれ、瀬呂……どうしたの? 具合悪い?」
「どちらかというと超元気……元気すぎるくらいだわ」
「そう?」
「そうそう」
「ならいいや」

そういうすぐ納得する素直なところはわりと好き、と瀬呂は心中でごちた。

きっと見てる理由も、その奥の気持ちも自分とは違うものだと瀬呂は思うけれど、今はそれで十分かなとも思うのだ。軽いノリで、軽い思いで言葉にするには、千翔の奥にある感情に触れすぎてしまったから。


(……「強くなりたい」のは、俺も一緒だしね……)

その好きを言葉にしたくなるまでは、このままでいようと思う。
だからそれまでは、静かに外堀を埋めて行こうと瀬呂は今日も、明日も、明後日も、せっせとこの朝のルーティーンを行うのだった。